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【創作小説】永遠の終末(51)
(51)
久美は、空を見上げた。西の方から真っ黒な雨雲が近づいていた。
目的の家は、電車通りから2つ入った区画にある一戸建て住宅だった。大通りを外れるとこのような高級住宅が立ち並んでいることを翔龍は初めて知った。
立派な門ぺいに囲まれ、見上げるほど大きな洋風の2階建ての家だった。
――母さんに、こんな家を建ててあげたかった。
中学時代に初めて実現に向かって抱いた夢の1つを思い出した。10年以上も前だが、つい昨日のように思い出されて感傷的になった。
豪邸に入り、広いリビングに通されてソファに腰かけた。すぐに家政婦がお茶を運んで来た。
大きなテーブルの向かいに、母親と小学生の男の子、保育園児の女の子が座った。2人とも既に普段着に着替えていた。刑事が訪問した目的を母親から聞かされているのだろう、視線は落ち着かなかった。
「名前は、何と言うのかな?」
できるだけ優しい声で翔龍は訊ねた。
「僕は、大輔。妹は、美波」
「お兄ちゃんは、小学校何年生?」
「2年生です」
受け答えもしっかりしているが、鼻水が出ていないことも不思議な気がした。自分は幼い時から小学校の中学年まで、青っ洟を当たり前のように垂らしていたからだ。
同じ人間としてこの世に生を受けて生まれても、生まれた場所によってこうも違いが出る。至極当たり前のことが、この時は不思議に感じた。
「お母さんと産婦人科医院に行ったときのことを正直に教えてくれないかな。何を言っても、絶対に叱らないよ。病院の廊下でどんな遊びをしたのか、教えてほしいだけなんだ」
兄は、心細い視線を母親に送った。
「本当のことを話していいのよ。誰も叱ったりしないから」
こくんと頷いてから、口を開いた。
「おばちゃんがご飯を食べてて、ママもおばちゃんとお話ばかりして、ちっとも楽しくなかったから、美波と廊下で追いかけっこをして遊んだよ」
「おお、そうか。楽しかったかい?」
「うん、楽しかった」
「どんなところが楽しかったかな?」
「階段の横に誰も居ない部屋があったでしょ? ベッドやテーブルがあって、隠れていたら、美波が探せなくて、泣きべそをかいていたとこ。……入ったら、いけなかった?」
「いや、いいよ。そしたら、追いかけっこというよりかくれんぼになったんだね?」
「そうだね。美波も、その隣の部屋に入って、上手に隠れてね、なかなか探せなかったときは腹が立って、僕は、もっと見つからないところに隠れてやるって……」
そこまで話して急に話が途切れてしまった。そこのところは決して言いたくないところで、翔龍たちには最も聞きたいところだった。
「どこに隠れたかな?」
子どもながらに物事の軽重が理解できるのだろう。兄は、母親の腕を取った。
「大ちゃん? 本当にいいんだって、隠さなくって」
「本当? 叱られない?」
「うん、叱られないよ。そうですよね? 刑事さん」
「叱らないよね。島村刑事」
「なんで私に振るんですか? 私が叱るわけないじゃないですか」
男より女の声の方が子どもに与える印象が優しい。兄は、安心したのだろう、続きを話し始めた。
「廊下のところにあったドアの鍵を開けて、外に出て、ドアを閉めて隠れたの」
「ふうん、外はどんな感じだった?」
「鉄の階段があって、下の方に車が停まっていたよ。……あ!」
何かを思い出したらしく、急に怯えた表情に変わって、母親の腕をつかんでいた手に力を込めた。
「階段のところで、何かを見たんだ」
「……男の人が立っていて、ボクを見てた」
「どんな人?」
「黒い眼鏡を掛けた人。車の横に立っていて、僕の方を見てた。だから、怖くなってすぐに中に入ったんだ」
翔龍と久美は同時に顔を見合わせた。
駐車場に黒い眼鏡を掛けて男が立っていた。2人とも、多分、その男が犯人だと思った。
「他に何か覚えていることはないかな? どんな服を着ていた?」
「僕、睨まれているような気がして……、怖くて、見てない……」
兄は、母親の腕に顔を埋めた。
「兄ちゃん、真っ青な顔をしてたよ。ドアを開けたと思ったら、そのまままっすぐに走って来たもんね」と妹の美波がぽつんと言った。
――やはり、思った通りだ。
翔龍は、「ありがとう。よく話をしてくれたね」と感謝して席を立った。
母親に見送られて玄関のドアを開けると、外は雨が降っていた。
「やれやれ、困ったな」
すかさず、母親が「傘をお貸ししましょう」と1本の傘を差し出した。
すると、久美が門ぺいの向こうに続く道を指差して、「あそこ」と言った。
翔龍が、その方向に目をやると、相合傘のカップルが仲良く並んで歩いているのが見えた。
「有り得ん」
呆れた声を発した後、後ろ姿であったが女性の服に気を取られた。
背格好も然りだが、何より見覚えのある制服から、あの女性は吉本理奈に違いないと思われた。
「あれは……」
翔龍は、言葉に詰まった。
理奈がどこの誰とデートしようと勝手なのだが、嫉妬に似た感情が心の底に芽生えていた。
「どうかしました?」
「いや、何でもない。……タクシーで次に行こう」
「経費で落とすんですね?」
「ボクの少ない小遣いから出すんだ」
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