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【創作小説】永遠の終末(50)

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(50)

先日、新たに担当した2つのコンビニ強盗に関する報告書の作成に着手している時、隣の席に座っていた久美から声を掛けられた。

「ちょっとお昼前に休憩しませんか?」

翔龍は、パソコンに向かってキーボードを叩きながら、「前回の休憩からまだ1時間も経ってないよ」と少々呆れた顔で答えた。

「聞いて欲しいことがあるんですって」

久美の方からこのような形で話し掛けられることは珍しい。

強い口調で言うからには、きっと大事なことだと思った翔龍は、「休憩室へ行こうか」と言った。

休憩室で飲むのは、決まってホットコーヒーだ。久美が2人分を紙コップに用意してくれた。

「岩佐純一がまだ起訴されていない理由を、松永刑事は何だと思ってです?」

「殺害動機じゃないかな」とまず言っておいて、次のように続けた。

「課長と主任が話しているのを小耳にはさんだんだが、岩佐純一の行動を次のように整理していた。真っ先に310号室に面会に行く。看護師さんが帰った後で三宅ひとみを殺害する。その後すぐに306号室で森脇祐子に面会する。生まれた赤ん坊の話をする。ご主人が来る直前に非常階段から逃走する。というものだった」

「行動を主な柱として推理したものですね」

「そうだ。午後6時前に310号室で目撃されているんだから、仕方がないと思うんだけど……。見つかるという危険を冒してまで殺害するだろうか。そう考えると、動機が怨恨なのかどうかが曖昧になる。犯罪を成立させる要件の中で、最も重要視されるものの1つが明確にされていない。それと、自白も得られていない。だから、未だに黒田刑事と池田刑事の2人が岩佐の取調べに躍起になってる」

「そのことで、私なりに推理してみたんです」

「大事なこと?」

「はい。とっても」

翔龍は、コーヒーを1口ゆっくり飲んで、「大事なことなら、頼りになる黒田刑事に聞いてもらった方がいいんじゃないか?」と言った。

 久美の目付きが急に厳しくなった。

「前に言ったこと、根に持ってるんですか?」

「その方がいいと、本気で思ってる」

「じゃあ、本気で聞いてください」

 久美独特のこの論理が理解できるようになったら、コンビ解消だなと翔龍は思った。

「三宅ひとみのマンションの防犯ビデオから、思いついたんですが……。事件の前夜にパソコンを持ち出すということは、犯人は、計画的に殺人を行っていると思うんです」

「キミもそう思うか? 実は、ボクも薄々そうではないかと思っていた」

「だったら、安心して話せます。そう考えると、2階の防犯カメラに姿が映るということは、計画性がないのと同じことだと思うんです。だから岩佐純一は犯人ではなく、三宅ひとみのマンションの防犯ビデオに映っていた身長が同じくらいの男が犯人だと思うんです」

「同じ考えだ」

「良かった」

久美は、本当に安心した様子だった。

「でも、そこから先に進めないんです。犯人は、どうやって建物内に入り込んで、どうやって出て行ったんでしょう?」

「うん。……1つだけ、思い当たることがないではないんだけどね」

「ややこしい表現ですね。……でも、何です? それは?」

「それを証明するためには……。行ってみたい所がある。付いて来る?」

「当然です」

翔龍は、久美と一緒に署を出た。

半分わくわくした顔をして久美は付いてきた。

「で、どこに行くんですか?」

「昼を過ぎている。まず、飯でも食おう」

「何を食べるんですか?」

「ファーストフードでなくて申し訳ないんだが」

「だから、何でもいいです」

 裏通りに入ると、この辺りでは結構有名らしいラーメン店があった。窓際の対面席に座り、翔龍は、豚骨ラーメンを、久美は醤油ラーメンを注文した。

 スープを味わいながら、堅めの細麺を口に運ぶ。やはり腰がある麺が食べ応えがある。

「訊いていいですか?」

「何を?」

「さっきの答えです」

「何だったっけ」

「どうしても、私には教えたくないんですね?」

「そんなことはない」

「じゃあ、今度はどこに行くんですか?」

「ああ、それね。島村刑事にもしっかり考えてもらわないといけないから、まとめてみるよ。誰にも見られずに医院内に入るとしたら、非常階段を使うしかない。だが、午後5時過ぎには、間違いなく鍵は閉まっていた。にも拘らず犯人はそこから侵入した。鍵を開けた人間が必ずいたはずだ。ボクは、それを確かめに行く」

「入院している人たちは、午後5時過ぎから半まで部屋の中にいて食事をしていました。その後は、食器を返却したり、お手洗いに行ったり、授乳に行ったりされてましたよね。……その中で、鍵を開けることが出来たのは誰? ……そもそも、そんな危険なことをする人なんているのかしら。……あっ、……いた」

久美は、難問のクイズが解けて嬉しそうな顔をした。まるで子どのように目が輝いていた。

美味しくラーメンを食べ終わって、久美は2人の子ども連れの女性に連絡を取った。

返事は、子どもが小学校から帰宅する午後4時頃にしてくれということだった。

「場所は?」

「十日町です」

「歩いて行けば、ちょうどいい時刻に着けそうだ」

まず電車通りまで出て、その通りに沿って北上することにした。

道すがら、「松永刑事、私、何か、見直してしまいそうです」と久美が言った。

「時々、意味が分からないことを言うね」

「実は、私、野登呂中学校の出身なんです。3年後輩に当たります」

「ええっ! 何だって!」

「私が、中学校に入る前、松永先輩に関しては、いろいろな噂が流れていました。チョイ悪で短気でよく喧嘩をしていた。父親は、ヤクザだった」

「ボクにもそれなりの事情があったんだよ。情状酌量が全くなされていないね。真実と嘘が混ざり合って、まるで英雄伝説ならぬ悪名伝説だ。でも、どうしてそんな噂が下級生にまで届くんだ?」

「噂ですから。人の耳から耳に伝わっていく過程で面白おかしく尾ビレや背ビレがくっ付いたんでしょう」

「はあー? ……それで、島村刑事は、噂を信じてたんだ。だから、ボクに信頼が持てなかった?」

「そうです。でも、今は違います。少しずつ見直しそうになっています」

「それは。有難いことで」

電車通りにまで出ると、道路に沿って比較的広い歩道が両側にある。人通りも少なくないので、横に並んで話しながらゆっくりと歩くというわけにはいかなかったが、途切れ途切れには会話ができた。

「岩佐純一は殺人犯ではないと思った方が良さそうですね?」

「そうだね」

「真犯人は、どんな人間なんでしょう?」

「さっぱり分からない」

「どうやって捜せばいいんですか?」

「三宅ひとみの交友関係から糸口を見つけるしかないだろうな」

「不思議ですね。男の姿が全く見えて来ないのは……」

「よほど、ずる賢い奴なんだろう。……急ごう。雨が降ってきそうだ」

 


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