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【創作小説】永遠の終末(49)
(49)
一条産婦人科殺人事件に関する捜査報告書の作成を終えて一息つく暇もなく、立て続けに起きた2
件のコンビニ強盗事件が担当として回って来た。
防犯カメラからの映像をマスコミが取り上げてニュースにしたら、すぐに犯人に関する情報が数多く寄せられた。
捜査に追われ、悶々とした日々を送っているうちに、日曜日がやって来た。
翔龍は、約束通り、吉本理奈と喫茶「スワン」で午前11時に会った。
翔龍の推薦するAランチを注文した。理奈の瞳は、期待に輝いていた。あまりに嬉しそうな表情をするので、「何か、口に合わなかったら申し訳ないです」と前置きをしなければならなかった。
理奈は、「フフッ」とまた嬉しそうに笑った。
Aランチは、ライス、白身魚のフライ、野菜サラダ、ポタージュスープという内容だ。メインディッシュの白身魚のフライにタルタルソースを絡めて食べるのが最高に美味しい――と思っているのは翔龍だけで、気が利いた男だったら、デートする場所はミシュランの星が付いたレストランにするだろう。
――これは、デートじゃないし。
そう言えば、この人は、独身なのだろうか? 齢は?
まさか、人妻が男の誘いにのこのこ付いて来るはずがない。思い切って訊ねてみた。
「吉本さんは、独身ですか?」
「はい。松永さんは?」
「僕も独身です」
「しっかりなさっているので、もう結婚しておられるのかと思いました」
「結婚してたら、こうして女性を誘ったりしませんよ」
「そうですね。安心しました」
とか話をしている間に、Aランチが運ばれてきた。
「いただきます」
まず、ナイフとフォークを水で濡らし、フォークの背にライスを乗せて食べる。次に白身魚にナイフとフォークを持って行く。そこで、チラッと理奈に視線を移した。
理奈は、箸派だった。ナイフとフォークをテーブルの上に置き、箸で白身魚を口に運んだところだった。最初に出た言葉が、「美味しい!」だった。
良かったと翔龍は、安心した。
ほほ食べ終わった時点で、「私、やっぱり教えて欲しいです。……純一さん、本当に殺人を?」と、理奈は訊ねた。
「申し訳ないけど、捜査段階の情報を教えるわけにはいかないんです」
「気になって……」
「居ても立っても居られない?」
「はい」
「ううん。……どうしよう」
「……」
理奈は、心配でたまらない気持を抑え切れない様子だった。翔龍は、自分に言い聞かせた。この人は、軽々しく他人に喋る人間ではないと。
「ボクは、独り言をいう癖があって困ってるんです。聞いたとしても吉本さんの胸の内に留めておいてください」
「あっ! はい。分かりました」
翔龍は、食べ終わった食器等を1か所に整理しながら、呟いた。
「このまま行けば、起訴されるかも知れません。でも、ボクは、……確信は無いのですが、個人的には、彼は白かも知れないと思い始めています。理由はありません。無責任なようで……申し訳ないのですが」
理奈は、ゆっくりと軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
翔龍もOKですという意で軽く手を挙げた。
「そうだ」と先程とは打って変わって、明るい声で理奈は言った。
「同人誌を持って来ました。時間があればで結構ですから、読んでいただけます?」
「ああ、……そうだった。読ませて下さい」
理奈は、ショルダーバッグからA4版の冊子を取り出して、「これです」と翔龍の前に置いた。
表題は「かがやき」だった。「子どもたちの未来が輝いていますようにという願いを込めて」付けられたと理奈は説明した。
翔龍は、大事なものを手に取るように、冊子を手にして中を開いた。
目次は、2ページに渡っていて、多くの題目が並んでいた。5つ目に理奈の作品「ボクのしっぱい」を見つけた。
「これは、連続物ですか?」
「いえ。読切りです」
翔龍は、店員さんを呼んだ。
「コーヒーでも飲みませんか?」
「いえ、私は、このお水で結構です」
「分かりました」
翔龍は、店員にコーヒーを注文して、足を組み、冊子を開いた。
1ページ目を読み終わる頃、店員がコーヒーを運んできて、翔龍の前に1つ、理奈の前にも1つ置いた。
「私は、頼んでいないのに」
「飲む飲まないは、吉本さんの自由です」
「飲まなかったら、もったいないじゃないですか」
「僕は、小さい頃、貧しくて……」
「私もそうです。だから無駄遣いはしたくありません」
「僕は、自分だけが無いという状況が嫌なだけです」
そう言って、翔龍は、作品に目を落とした。
【あらすじ】
山間部に全校児童数が約50名の小さな小学校があった。
ある夏の日、全校で広島市内の遊園地に遠足に行った。5年生のボクと1年生の妹の芽衣も参加した。お小遣いは「学年×10」円だった。
貸し切りバスに揺られ、2時間かかって遊園地に着いた。
できるだけたくさんの乗り物に乗ろうと、児童たちは、大いに意気込んでいた。
ジェットコースターの料金が50円で、メリーゴーランドが20円、電気自動車が10円、その他には10円の木馬、おもちゃの自動車、ゲーム機などがあった。
6年生の中には、思い切ってジェットコースターに乗った児童もいた。けれども、1回の乗り物で小遣い全部を使い切るには勇気が要った。
ボクは、多くの種類に乗りたいと思った。まず10円で電気自動車に乗った。わずか3分間で広場をくるくると乗り回すだけだが、それがとても楽しかった。
次は何にしようかと考えながら歩いていたら、汗が出てきて、のども渇いてきた。水筒のお茶でも良かったのだけれど、ここまで来てただのお茶では面白くない。最高の贅沢がしたいし、今日は、何を買っても無駄遣いだと叱られることもない。
――ジュースにしよう。
自動販売機を探し、オレンジジュースを飲もうと、紙コップを受け皿に置いた。
その時、いつの間に来ていたのだろうか、妹の芽衣が、「お兄ちゃん、それ壊れとるよ」と言った。
「壊れとるって?」
「ちょっとしか出ないよ」
「そうなんじゃ。ありがとう」
ボクは、めったに飲めないジュースを諦めて、水筒のお茶を飲んだ。
それから、メリーゴーランドに乗り、2つのゲームをした。満足した1日だった。
帰りのバスの中で、後ろの席の芽衣を見た。疲れて眠っていた。
「そう言えば、芽衣は、10円で何をして遊んだんだろう?」
小さい学年は、小遣いも少なくて可哀想だったな。ジュース一杯で終わりじゃないか。
ああっ! あの時!
――ボクは、何てことをしたんだ。
可愛い妹の無邪気な寝顔を見ながら、ボクは後悔の気持ちで一杯になった。
―おわりー
全4ページ。5分で読み終わった。
「おもしろいですね。一気に読んでしまいました。これは、ノンフィクションですか?」
「ええ、まあ」
「このお兄ちゃんの気持ち、とてもよく分かります」
「でも、松永さんなら大丈夫です」
「どうして?」
理奈は、自分の目の前のコーヒーを指差した。
「買い被りです」
翔龍は、コーヒーを1口飲んで、また思い切って訊ねてみた。
「吉本さん、結婚はしないんですか?」
「いい人がいれば、……松永さんは?」
「危険と隣り合わせのこんな仕事をしてたら、なかなかその気には」
「奥さんが危ない目に遭うということですか?」
「それもあり得ますね。でも、ボク自身が危険な場面に遭遇することが多くて、この身に何かあったら家族が悲しみますから」
「怖い。……実際に危険なことがあったんですね?」
ついこの前の夏に起こった交通事故のことは言えなかったが、『包丁を持ったチンピラを相手にした事件』は抵抗なく口から出た。
「えー、簡単に言うんですね。私だったら、逃げちゃいます」
「原則的には、逃げられるんだったら、逃げるのが一番安全です。でも、そうでない場合、敵を目の前にして背を向けたら終わりですよ」
「だって……」
「ドッジボールは好きですか?」
「どちらかというと嫌い……かな」
「敵に背中を向けて逃げて、飛んでくるボールが見えないと怖くないですか?」
「怖いに決まってるじゃないですかー」
「気持ちが逃げたら、力と腰が抜けるんです。だから、怖くても飛んでくるボールから目を離さない。そうしているうちにボールから身をかわすことができるようになって、最終的にはボールを受け止めることができるようになります」
「つまり?」
「逃げ腰になったら、何もできないってことです。時と場合によっては、殺されるかも知れない。その時を感じたら、勇気と覚悟と決断が必要で、一気に力を爆発させなければいけません。例えば、突き飛ばす。突進するなどです。生きるか死ぬか、一瞬で勝負と運命が決まります」
「そんなことになったら、イヤだなあ、私。でも、いざとなったら……一気に、ですね?」
「そうです。でも、僕は、あなたがそんな場面に遭遇しないことを祈っています」
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