![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/85008282/rectangle_large_type_2_d0d98cef7db8284fb7eae0a7bd54266b.jpg?width=1200)
【創作小説】永遠の終末(63)
(63)
翔龍は、決意した。
吉本理奈と別れることを。
真知子を泣かせることも、悲しませることもできない。なぜなら、自分は、真知子と結婚すると決まっているのだから――。
翔龍は、理奈に「明日の正午に、スワンで会いましょう」とメールをした。
2人で最後の食事をして、気持ちよく別れる。
――それで、いい。
理奈は遅れずにやって来た。
いつもの席にいつものように座り、翔龍は、まず、「『一気に』という言葉をよく覚えていましたね」と話し始めた。
「私、記憶力はいいんです」と理奈は笑顔で答えた。
「松永さんが、『一気に』と言ったとき、私は、一瞬で死ぬんだと思いました。本当にそう思ったんです。でも、すぐに、力を爆発させろの意味だと感じて、しゃがみました」
「とてもいいタイミングでした」
翔龍は、心の底から褒めた。
「でも、その前に、私のことを、『彼女でも何でもない。傷付こうが死のうが、オレには関係ない』と叫びましたよね。あれは松永さんの本心なのでしょうか?」
理奈は、悲しそうな顔をして翔龍を見た。
「本心……なわけないでしょう」
「ウソです」
「ウソじゃありません」
「だったらどうして、あの日、食事に誘ってくださらなかったんですか?」
「……」
「やっぱり、私が嫌いなんですね? それならそうとはっきり言ってください」
「嫌いだと思ったことは1度もありません。でも、理奈さんの好みの男は、背が高くて、ハンサムで、優しくて、高収入で、……でしたよね? 僕には当てはまらない条件ばかりです」
理奈は、黙っていた。言ったことを後悔しているようにも見えた。
翔龍もしばらくの沈黙の後、「何か食べたい物はありますか?」と訊ねた。
「……Aランチが」
翔龍は、ぐっと奥歯を噛みしめた。そうでもしないと涙がこぼれそうだった。
けれども、――やっぱり泣いた。
2人して、泣きながらAランチを食べた。
食後は、決まってホットコーヒーだ。
美味しいコーヒーを飲むときは、笑顔に変わっていた。
コーヒーを飲み終わった時に、楽しい歓談の時も終わる。
理奈に別れを告げた後のことを想像するだけで、耳の奥で低周波の耳鳴りがした。理奈のいない世界は、霞がかかっているように思えた。それでも、真知子との幸せな生活を追い求めなければならないのだ。
翔龍は、下腹に力を入れた。
「今日で、理奈さんと会うのを最後にしようと思っています」
そう言おうとしたら、それより先に、理奈が小さな声で言った。
「私は、あなたと2人でしか歩めない道を歩みたい」と。
――なんで、この期に及んでそんなことを言うんだ。
翔龍は、固く誓った決意が挫けそうになって――別れ話をした後で、また缶チューハイを買い込んで、心が壊れるまで飲んでいる自分の姿が脳裏に浮かんだ。
おそらく、理奈も同じくらい、いや、自分以上に苦しむかも知れないと思った。
「どうして、黙っているんですか?」
理奈が訊ねた。そして、「やっぱり嫌なんですね。そうなんですね」と言って、さらに悲しい顔をした。
理奈の悲しい顔を見ると、愛おしさが倍増した。
――オレは、……オレは、……やっぱり理奈さんと別れることは出来ない。
翔龍は、意を決した。女占い師の予言に背くことになる。
――違う人生で、いい。
「いえ、嬉しくて言葉が出ないだけです」と言った。
途端に理奈の悲しそうな顔が、嬉しそうな顔に変わった。理奈の嬉しそうな顔を見ると、翔龍も嬉しくなった。
それから、理奈は嬉し涙を流しながら、「あの、……これからは、本名で名前を呼んでください」と言った。
「ええっ? 『吉本理奈』という名前は、本名ではないんですか?」
「私も作家の端くれです。ペンネームくらいは持ってます」
「ペンネーム? ……すると、本名は?」
「香坂真知子です」
――探していたのは、この人だった。
すっかり気持ちが落ち着いてから、「あなたは、東京に行ったことがありますか?」と真知子に訊ねた。
「2度ですけど、行ったことがあります。1度は、高校の修学旅行で。2度目は、有名な児童文学作家の記念講演を聞きに」と真知子は答えた。
「2度目の時、クリスマスイブに、湯島の辺りを歩きませんでしたか?」
「あら、どうして知ってるんですか? 神田神社から湯島方面を観光しました。鯛焼きを食べなら歩きました」
「途中で、1人の若者が転んだのを助けてあげたことはありませんか?」
「そんな細かいことは覚えていません。でも、そんな人には出会っていないと思います」
――そこのところは、ちょっと違うわけか。
#小説 #恋愛 #創作 #ライトノベル #ラノベ #泣ける話 #感動
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?