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【創作小説】永遠の終末(62)

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(62)

   2日後、翔龍は心に強く引っかかるものがあった。交通事故に遭って入院していた時にみた夢だ。単なる夢とは思えなくて、それを確かめたくて東京に行った。

 薄れた夢の記憶を辿って、御茶ノ水の駅に降り立った。

医歯系の大学を横切り、江戸時代に隆盛を誇った学問所の前を通り過ぎて、比較的大きな交差点を渡ったところに、それはあるはずだ。

東京は、大きなビルが乱立している。ビル全体が1つの会社というものもあるが、たいていは様々な規模のテナントが雑居している。翔龍が探しているのは、そんなビルとビルの間にちょこんと佇んでいる2階建ての小さな建物だ。

あったとしても、もう売り払ったかも知れないな――と思いながら、交差点の角に立って通りを見渡した。

すると、

――あった。

喫茶店「ゆしま」が。

 期待と不安の思いが入り乱れていた。入口に立つと、ガラスのドアがスーと開いた。何かに導かれるように店内に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませー」

 若い女店員の声が響いた。

 夢では、こんな子は居なかった。湯島という地区に「ゆしま」という名前の喫茶店があっても不思議ではないと思った瞬間だった。

 ――やっぱり夢でしかなかったか。この店を訪れるのは、これが最初で最後だ。

 翔龍は、コーヒーを注文した。

 店主は、注文があって初めてコーヒー豆を挽き、紙フィルターを使ってドロップ方式でコーヒーをいれていた。

店内いっぱいにコーヒーの香りが漂う。

 運ばれたコーヒーを初めてブラックで飲んでみた。

 本物のコーヒーは、いつも広島の喫茶「スワン」で飲んで経験していたが、ここのコーヒーは、さらにその上を行くこだわりの味がした。

思わず、「美味しい!」という言葉が翔龍の口から跳び出た。

「それは、良かった」と、カウンターの奥で嬉しそうな声がした。

 声のする方に目をやると、そこに夢の中で見た人が居た。

――おじさん。

 翔龍の心が驚愕した。夢の中で随分お世話になった人だ。何とも表現できない涙が流れてきた。涙が止まらなかった。

 その様子を遠くから見つめていたおばさんらしき女性が、「あの人、前にどこかで会ったような気がするねえ」とおじさんに向かって言っていた。

「へえ、ママ、あの人を知ってるの?」と店員が訊ねる声も聞こえて来た。

――お子さんだ。……もしかして、ボクの変わり?
 
翔龍は、幸せな気持ちに包まれた。

ずっと居たいという気持ちを振り払って、翔龍は、店を出た。

 いつの間にか夜になっていた。

薄暗い歩道を進んだ。

秋の日は、つるべ落としだ。

夢だけを頼りに「占い師」を探して歩いた。

立ち並ぶビルの合間、大きな交差点、粋な名前の坂道。街灯の明かりのお蔭で殆ど迷うことなくある神社の境内の暗闇に怪しげに燈る看板『占いの社』を見つけた。

 小さなテントの真ん中に机を置いて、リクライニングチェアに深々と腰を掛けて、温かそうな毛皮のコートに身を包み、頭と顔は黒いベールで覆った女占い師がそこに居た。

 女占い師の前に立つと、「お待ちしていました」という意味の言葉で翔龍を迎えた。

――来るのが分かっていたとしたら、大したもんだ。

「どうぞ」

 女占い師は、机の前に置いてあるパイプ椅子を指差した。

「どうも」

翔龍がゆっくりと腰を下ろすと、女占い師は、「今日は、何か?」と訊ねた。

「今、結婚したい女性が居て迷っています」

「あら、おめでたい話ですね。でも、どうして迷っているのでしょう?」

「その女性の名前は、吉本理奈と言います。でも、占い師さんのあなたは、ボクが結婚する相手の名前は『真知子』だと言いました。だから、迷っています」

 女占い師は、頭を傾げた。

「はて、私は、あなたにそのようなことを言った覚えはありませんが」

「すみません。夢の中での話です。数か月前に交通事故に遭って、病院に入院していた時に見た夢なんですが……」

「夢で?」

女占い師は、夢という言葉に拘った。

「私は、夢の中で何と言ったのですか?」

「あなたが結婚する人の名前は、『真知子』ですと」

「じゃあ、そうなのでしょう」

「……そんなにあっさり認められてもね。……何かいい加減だな」

 その言葉に、女占い師は、むっとしたようだ。ベールの間から見えている目が急に細くなった。

暗闇にロウソクの明かりが揺れて、机上のガラスの球体が鈍く光った。

「お客様が望まれるのなら、星座占い、六星占術、手相・人相占い等何でもします。でも、私は、お客様の『デジャブ(既視感)』『予感』『正夢』『未経験の夢』から、お客様の未来を占うことを主な生業としています。ですから、あなたが夢で見たことは真実だと、私には分かります」

「ボクの『デジャブ(既視感)』や『夢』に意味があるんですか?」

 翔龍は、身を乗り出して訊ねた。

 女占い師は、ゆっくり頷いて、「あります」と言った。

「どんな?」と翔龍は訊ねた。

「脳は、全く経験していないことを夢に見ることは出来ません」

「それはどこかで聞いたことがあるような……」

「そうですか。……あなたは、宇宙の始まりを知っていますか?」と突然に、女占い師の口から『宇宙』という言葉が飛び出した。

 思いがけない問い掛けに、返答に一瞬躊躇したが、自分は答えを知っているという自惚れが顔を覗かせてつい自慢げに答えた。

「ビッグバンですよね?」

「では、宇宙の終わりは?」

「物理の先生は、宇宙は、いずれ全ての物質が動かなくなる『熱的死』を迎えると教えてくれました」

「じゃあ、ビッグバンの前の状態は?」

「それは、……分かりません。先生は、教えてくれませんでした」

「物理の先生が教えた『熱的死』のように、宇宙に終わりがあるとしたら、『ビッグバンの前の状態』はどのようにして造られたかを説明できないのです。終わりがあるものに、どうやって始まりを造ることが出来るのでしょう。想像できますか?」

「ボクには全く分かりません。今まで考えたことがありませんから。けれども、夢の中であなたは言いました。『今度出会ったら、詳しく教えてあげる』と。……多分、そうでしたよね?」

「私は、約束をしたのですね? では、教えてあげます。つまり、『終わりがあるものには、始まりは無い』のです。結果、『宇宙は、無限サイクル』で同じことを繰り返しているとの理論に落ち着かざるを得ません。宇宙がどれほど複雑怪奇な現象で満たされていようと、物事の本質は同じで、運動の法則やエネルギー保存の法則が理解できれば、自ずと辿り着く結論です」

「……今まで考えたことがなかったので、すぐには納得ができませんが……。これから、時間をかけて考えてみます」

 女占い師は、さらに丁寧に説明を続けた。

「その理論からすると、あなたの体、特に脳の部分を造っている原子や電子はいつも同じ物質ということになります。その物質が強い後悔や深い悲しみ等に強く刺激されることがあったら、無量大数年の永い時間を経ても、同じ状況になったときに反応しようとするのです。それが、デジャブ『既視感』であったり、『夢』であったりするわけです。私が占う夢は、必ずどこかで体験した夢なのです」

「なるほど、……だから、ボクと結婚する女性が分かるというわけか」

 翔龍は、自分に言い聞かせるように呟いた。

「そういうことです」

「でも、それは、ちょっとおかしいのでは?」と翔龍は疑問を呈した。

「どこがおかしいのですか?」

「あなたは、宇宙は永遠に同じことを繰り返すと言った。でも、実際には『デジャブ(既視感)』によって、ボクの人生が変わったんですよね?」

 ベールの間から見える女占い師の目が笑った。

「そこは何も問題はありません」

「大きな問題ですよ」

「あなた自身は、人生が変わったことにさえ気付くことはありませんから」

「それは、そうですが……。でも、……変わるんですよね?」

「確実に変わります」

「信じます。最後に一つだけ教えてください」

「何ですか?」

「宇宙が無限に同じことを繰り返すのなら、『同じ人生は、二度とイヤだ』と思っている人には、辛いでしょうね?」

「そうでしょうか? まあ、たいていの人は、同じ人生を繰り返しています。変えたいと思わない人が同じ人生を繰り返すのは自然の理です。でも、イヤだと思っている人は、幾度か巡り巡ってくるチャンスを生かすべきだと私は思います」

「どうやって?」

「一子相伝なのでどうすれば変わるのか、その方法をお教えすることはできません。でも、あなたは実際に人生を変えた特別な人間ですから1つだけお教えてあげます。いつの時点の、どこを変えるか、明確なビジョンを持っておくことです」

「それだけで?」

「重要な要素です。あなたがいい例です。適切な言葉ではありませんが、あの時は惨めでしたよ」

「えっ? どんな?」

 翔龍の顔に教えて欲しいという表情がありありと浮かんだ。

「私も夢を見ました。寒い冬の夜に、あなたが、そこのベンチに寝転がって……」

「はあ」

「思わず、『こんな所で死なないでね』と声を掛けてしまいました。あなたは、覚えていないでしょうね?」

 ――夢の中だけど、覚えてるよ。

だが、これで、もやもやしていた疑問が全て解決した。

 遥かなる過去において、翔龍は真知子と夫婦だったのだろう。

もしかして、明智光秀が織田信長を本能寺で殺した理由も、様々な源義経伝説が残っているのもこの辺りに秘密があるのかも知れないと翔龍は思った。

翔龍が厚く感謝の意を表して女占い師と別れる際に、彼女が「無量大数年の後、またお会いしましょう」と言った。

疑うことなく、「そうですね。楽しみにしています」という言葉が口から出た。

不思議なのだけれど、いつか必ず、その日が来るという気がしていた。
 


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