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【創作小説】永遠の終末(64):完

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(64)

      跋 章

3月下旬。

その年は、例年になく温かい春だった。

「翔龍、いつまで寝ているの? 早く起きなさい」

 絹代が、翔龍の肩を布団越しに揺すった。

「ううん、もう朝?」

「そうよ」

「……オレが、……刑事になった夢を見てたのに」

「あら、すごいじゃない!」

 話の内容には興味を持てるが、今はそれどころではない。

「夢の話は、今度ね」と優しく釘を刺しておいて、「バスに乗り遅れたら、大変だよ」と絹代は、さらに肩を大きく揺すった。

 江田島市とはいっても、沖野町の外見は、農村兼漁村の体だ。

バスを利用する人たちが便利さを追って自家用車に乗り換えると、バスは市営になり、便数もめっきり減った。

 次のバスは、昼前まで無い。

 頭脳が目覚めたら、置かれている状況のひっ迫性が分かる。

「今、何時?」

「7時過ぎよ。8時半のバスに間に合わなくなったら困るでしょ?」

 バスで江田島町の小用まで行き、そこから船で呉市に渡る。

 今春、めでたく現役で公立の呉大学に合格し、今日は、翔龍が下宿するアパートを探しに行く予定だった。

絹代が部屋から出て行くのと入れ替わりに、布団から起き上がり、「あー」と大きな伸びをした。

窓を開けて、少し冷たい外の空気を部屋の中に取り入れる。何か濁った空気が、きれいな空気と入れ替わるようで気持ちがいい。

 台所から、パンを焼くにおいが漂ってきた。それだけで、今日の朝食は、翔龍が好きな目玉焼きとウインナーソーセージ、レタス、ココア牛乳だと分かった。

 父親の鉄次が一緒に家に居た頃は、いつもお金が無く、朝食を食べられない日々の連続だった。翔龍が中学校に入学するときに、鉄次は、大家さんから借金して勝手に家を飛び出した。そのときは、絹代と2人で恨んで泣いたが、却って良かったのかも知れないと今では思っている。

あれから6年。翔龍は、絹代に立派に育ててもらった。鉄次のことを忘れたことはなかったが、心配したこともなかった。

 パジャマ姿のまま、2人掛けのテーブルに着いた。

「いただきまーす」

 こんがりと美味しそうに焼けた食パンにマーガリンを塗り、その上に目玉焼きとウインナーソーセージを乗せる。翔龍がこの上なく大好きで贅沢なメニューだ。

 大きく口に頬張った時、前に座っている絹代が苦しそうにお腹を押さえるのが見えた。

 目の前の食事にはなかなか手が行かない様子だ。眉間にしわを寄せ、肩を落とし、首を少し傾けて、辛そうにしている姿が痛々しい。

普通に、「どしたん?」と翔龍が訊ねる。

絹代は、「ちょっとね。胸焼けがして食欲がないの」と答えが、すぐ後に、「心配しなくてええんよ。いつものことだから」と続けた。

「ふうん」

 思い出せないけど、以前にも似たようなことがあった。

何気なく軽く捉えて、後で、大ごとになった。

 ――思い出した。

 さっきまで見ていた夢だ。

「刑事になった夢を見とったって言ったよね」

「うん」

「その中に、生きた母さんは1度も出てこなかった」

「何ねえ、その『生きた母さん』というのは、縁起でもない」

 絹代は、半分怒って、半分心配な表情をしていた。

「だろう? 母さん、早く病院に行って検査してもらった方がええよ」

「本当にいいんだって。しばらくじっとしとったら治まるけえ」

「イヤじゃ。心配でたまらん」

「夢の中と一緒にせんとってくれる?」

 ――ここで、譲ったら、夢の中と同じ悲しい目に遭いそうな気がする。

「父さんは、『オレはいつ死んでもいい。死んだ方がましな人間だ』が口癖だった。そのくせ体調が悪くなったらすぐに病院に行っとった。結局、大したことはありませんばっかりだった。そんな父さんもどうかと思うけど、母さんには少しくらい見習ってほしいよ」

「そんなにまで言うなら、……分かった。明日、行ってみるけえ」

「よかった――。オレもついて行く」

 次からは、幾度も展開していく翔龍の人生の中で絹代は生き続けることだろう。

 


     ―完―


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