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シネマでナウシカ歌舞伎(後編)を見た!

(以下の記事にはコミック版ナウシカのネタバレと、ナウシカ歌舞伎のネタバレを含みます。またコミック版ナウシカを読んでいることを前提に書いていますので、未読の方はぜひコミック版ナウシカ全7巻を一読されることをお勧めしますm(_ _)m)

新作歌舞伎になったナウシカ(それもコミック版が原作!)を見てみたいとはずっと思っていたが、実際に劇場まで見に行くことが叶わない状況なので、それがシネマ歌舞伎として近くの映画館で上映されると知り、これは「行かねば!」と思ってはいた。いたのではあるが、前編は気がついたら終わってしまっていた。

後編が公開されたと知って、自分への誕生日プレゼントとして見に行くことにした。

   良かった!
   コミック版ナウシカのファンなら後編だけでも見るべき!

歌舞伎の伝統的な表現(例えば一般の民衆は江戸の町人・農民風の衣装そのまま)が、ちょっと見てておかしいときもあるけれど、物語が核心に迫ってくるに従ってそんなことはどうでも良くなった。

ナウシカ、クシャナ、ユパ、トルメキアの3人の皇子あたりは幾分洋風よりの扮装だが、クロトワ、道化、アスベル、ミラレパ、ナムリス、ヴ王らは、純和風かほぼ和風、伝統的な歌舞伎衣装と思われた。

特に最後の方で目覚めた巨神兵「オーマ」とシュワの墓所の主が紅白の獅子の舞、いわゆる連獅子で表現され、赤のオーマと白の主がおのおのの長い毛を豪快に振り回して戦いの緊迫するさまを表していたのが、伝統をうまく使った表現でとても納得がいった。

ほかにも花道を行く時に、舞台から花道に入ると一呼吸おいてセリフがあったり決めの見せ場があったりという、歌舞伎のお約束のような演技がちょくちょく入り、歌舞伎初心者にもとてもわかり易い表現がされていたと思う。歌舞伎を初めて見る人、歌舞伎の入門編としてもおすすめだろう。

7巻にも及ぶ宮崎駿原作のコミック版ナウシカを最後まで歌舞伎で表現するのに、前後編を通しではなく、別々に上演したのも良い判断であった。さすがに映画で8時間は厳しいものがあるだろう。

そのため、後編の最初には道化による前篇のあらすじが口上として述べられ、これが緞帳に描かれた象徴的なイラストを紹介しながらのビジュアルな説明に加え、道化役の中村種之助氏のコミカルな演技もまたすばらしいものであった。そしてこの道化が終盤には重要な枠割を担うことになる。コミック版を読んだ人はぜひとも期待してほしい。

二時間ほどしたところで15分の休憩が有り、客席の照明がつきスクリーンにも残り時間が表示されるので、安心してトイレに行ける。このところ二時間を超える映画はトイレが気になって仕方がないのでこれは助かった。

そこまでの前半でおおーっ!と心を動かされたのは、クシャナが迫りくる虫の大群を前に、母親を陥れたと憎んできた第3皇子があっけなく船ごと虫の大群に殺戮されるのを見て茫然自失となり、瀕死のクロトワを抱えながら思わず子守唄を口ずさむシーン!コミック版でもどんな子守唄かは描かれていないのだが、ここにあの旋律を持ってくるのか!これは予想外であったが大正解で、この歌舞伎の不思議な和洋ミックスした雰囲気にもピッタリ合っていた。

間違いなく、この場面が前半のクライマックスだった。

他にも見せ場、決め台詞のオンパレードで、歌舞伎と言えば名場面集になるのは当然と言えば当然なのだろうが、印象的だったのは、王蟲とともに屍となろうと決めたナウシカの心情を表す尾上菊之助の舞い、クシャナに「トルメキアの女が何を言うか!」と激昂するケチャと「そなたの言うとおりだ」と言葉を失うクシャナの場面、やはりクシャナを打とうとするドルク兵たちを止めるために身代わりとなってその場を押し止めるユパ殿!(個人的には、コミックでも一二を争うほどの感動的なユパのセリフ「マニの民よ、僧正殿より預かりし生命、たしかにお返し申す」もぜひとも聞きたかった!)。

そして、庭園の主(ヒドラ)との対話をかなりの時間をかけて演じてくれたのが、その後のナウシカの決心を後押しする内容だけに、重要場面と位置づけていたのが、さすがわかっていらっしゃると感心した。

シュワの墓所に秘匿された、人類を再生するための知識と計画を邪悪なものとして拒否するナウシカ。ここへ至るまでに、憎悪を忘れられず憎しみを乗り越えられない人々、それを乗り越えようとするナウシカに影響された人たち、墓所に隠された人類の秘密の計画の真理に迫るナウシカとヴ王、これらが同時進行のようにめまぐるしく場面が切り替わりながら進んでいく。

終幕に近づくにつれて、コミックの終盤に迫ったような緊迫感が凝縮されて、3次元の物語を体感している気分になってくる。いつしか歌舞伎を、映画を見ていることも忘れてしまっていた。

筋書きはコミックにかなり忠実に構築されているので、演出以外に新しいものはない。しかし、人類の秘密を知り、墓所の禍々しき計画を拒否し、消えゆく定めの自分たちの生命の輝きを肯定するナウシカの言葉に深くうなずいている自分がいた。

「私達は血を吐きつつ
 繰り返し繰り返し
 その朝を超えて飛ぶ鳥だ!」

(コミック7巻 p.198)

物語の最後のセリフ、コミックでは誰の言葉かわからないが、歌舞伎ではナウシカが発するこのセリフで終演となる。

「生きねば…………」

この余韻が、歌舞伎独特の高揚感と物語の緊迫感と相まって、他には体験できない、類のない作品を届けてくれたことに感動した。この物語を歌舞伎で上演しようと思いたった尾上菊之助氏および、それを実現するために幾多の困難を乗り越えてきた関係者各位に最大級の敬意を表したい。

配役:
ナウシカ:尾上 菊之助
クシャナ:中村 七之助
ユパ:尾上 松也
セルム/墓の主の精:中村 歌昇
ミラルパ/ナムリス:坂東 巳之助
アスベル/オーマの精:尾上 右近
道化:中村 種之助
ケチャ:中村 米吉
第三皇子/神官:中村 吉之丞
上人:嵐 橘三郎
クロトワ:片岡 亀蔵
チャルカ:中村 錦之助
ヴ王:中村 歌六
声の出演:中村 吉右衛門

https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/715/より)


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