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「短編小説」破滅の雨音

2×××年――。 人類は滅亡の危機に瀕していた。
荒廃する環境、そして人の心……。
しかしそんな中にも、誇りや希望を失わない者達がいた。

文字数:約8000。読書時間目安:14分弱。



1 危機


 
 何年も前から人が住めなくなった集落の跡地――。

 その地面を打つ雨音が、微かに聞こえ始めた。

 まずいっ!

 リオナ・ツキオカは息を呑む。空を見上げ、赤茶けた雲がそこまで迫っているのを確認した。彼女のセミロングの黒髪が、湿り気を帯びた風に揺れる。

 少し離れた場所で瓦礫の陰に隠れている相棒、リョウ・シゲモリも気づいたようだ。息を呑んでいる。

 目が合った。どちらともなく頷くと、素早く走り出す。

 ボウガンの矢がいくつも放たれ、2人の体をかすめていく。

 破滅思想を持つテロリスト達だった。おそらく10人以上いる。

 「ちっ! うっとうしい奴らだ」

 そう叫ぶと、リョウが腰のベルトを素早く抜き取り、鞭のように翻す。

 彼を狙って飛んできた矢がたたき落とされた。

 リオナは地面を転がって矢を避けると、立ち上がりざまジャケットから細身のナイフを3本とり出し放つ。

 敵3人が胸に刺さったナイフに手をやりながら倒れた。

 この時代、環境汚染やエネルギーの枯渇問題等があり、リオナ達のような警察官といえども銃は持てなくなっていた。それぞれが、自前の武器を用意している。

 サバイバルナイフやチェーンを手に襲いかかってくるテロリスト達。

 リオナはそれらをかいくぐると「やあっ!」とかけ声とともに飛び上がり、左の男に飛び後ろ回し蹴り。着地と同時に身を屈めながら回転し、右の男の膝を蹴り破壊する。

 あっという間に、大柄な男2人を倒してのけた。

 華奢で小柄、花のように可憐な女性であるリオナを甘く見ていたのだろう、離れた場所の敵達が唖然として見ている。

 視線を巡らせると、リョウもベルトを鞭のように使い3人を次々倒していた。

 「リョウ、急いでっ!」

 叫ぶリオナ。雲がすぐそばまで来ていた。そこから『破滅の雨』が降りそそいでいる。




 2人揃って同じ方向に走る。テロリスト達が気を取り直して追ってきた。
  
 雨を凌げる所は?

 焦るリオナ。

 建物はあるが、みな屋根が壊れている。

 ようやくテロリスト達も、赤茶けた雲が迫っていることに気づいたようだ。

 「ひっ! 破滅の雨だっ!」

 「逃げろっ!」

 慌てふためいているが、遅すぎた。彼らの上から雲と同じ色の雨が降り注ぐ。

 「うわぁぁっ!」

 叫び逃げ惑う。しかし、雨の範囲は徐々に広がり彼らの行き場はなくなった。

 「リオナ、あっちだっ!」

 雨がすぐ後ろまで迫った頃、リョウが叫びリオナの腕を掴んだ。力強く引っ張る。

 見ると小屋のような物があった。斜めに傾いでいるが、屋根は健在だ。鉄筋らしい。あれなら凌げる。

 リオナは頷くと、リョウに続いて走る足を早めた。

 風が強まり雲の移動速度が増す。雨音がザーッという激しいものになり、2人を呑み込もうとする。

 小屋の扉に飛びつくリョウ。だが、鍵がかかっていて開かない。

 雨の飛沫が感じられるほどになった。

 「くそっ!」と舌打ちすると、リョウは扉に体をぶつけていく。リオナより二まわりは大柄で体格の良い彼の体当たりにより、扉は激しく開かれた。

 室内へ飛び込む2人。リオナは壊れかかった扉を素早く閉める。

 その瞬間、建物の屋根を雨が激しく打つ音が響く。

 リョウがリオナの肩を抱いた。彼女は彼にしっかりとしがみつく。

 窓があった。2人して歩み寄り、外を見る。

 汚染物質を多量に含んで赤茶けた毒の雨を浴び、テロリスト達がバタバタと倒れ始めた。おそらく数分で死に絶えるだろう。

 この小屋がなければ、あるいは、たどり着くのが遅れていたら、私達もああなっていた……。

 目を伏せるリオナ。そんな彼女を、リョウが優しく抱きしめた。




2 科学者アレン


 10分くらい経っただろうか。赤茶けた雨はやんだ。

 一息つくと、リオナはリョウから体を離す。彼は微笑みながら、彼女の頭を軽くなでた。

 2人はヨコハマ・シティ・ポリスに所属する刑事だ。そして、仕事上の相棒というだけでなく、今、一緒に暮らしている。3ヶ月前にリョウから告白され、リオナはそれを受けたのだ。お互いを尊敬し合うとともに、深く愛し合ってもいた。

 小屋から2人して出る。雲は去ったが、空はそれよりある程度薄いものの、やはり赤茶けている。この時代、青い空も海も見ることはできない。リオナが生まれる前から、どちらも薄汚れた色だった。

 大型のトレーラーが近づいてきた。2人の前で停まると、運転していた男が手を振り笑いかけてくる。

 「助かったよ。さすが、強いねぇ、君達」

 どこか楽しそうでもある。アレンという名のその若者は、天才的科学者として名が通っていた。男性としては小柄で、しかも童顔のために子供のようにさえ見えるが、リオナやリョウと同年代、二十代半ばくらいだろう。

 乱れてボサボサの銀髪をかきながらを降りてくると、2人をまぶしそうに見るアレン。

 「逞しくて頼りがいのあるリョウ、美しいだけでなく強さもあわせ持つリオナ、2人とも強い正義感を持って終末の世界で任務を全うしようとしている。お似合いのカップルだよ」

 えっ!?

 アレンに言われ、目を見開いて驚くリオナとリョウ。2人の関係など、彼にはもちろん話していない。つい先日知り合ったばかりなのだ。

 「ここまでの2人の会話、態度、仕草とかから、容易に想像がつくよ。僕の頭脳は科学的な分野だけだけじゃなくて、そういう洞察力も優れているんだよ?」

 得意げにウインクすると、アレンは「さあ」と2人を促す。

 肩を竦め苦笑しながら、リョウは運転席に乗り込んだ。リオナが助手席へと続く。

 「ドライブの続きだ」

 気軽そうに言いながら後ろの席に乗るアレンを見て、リオナは溜息をついた。




 2×××年――。

 環境汚染が取り返しのつかない状況になった、と人類が受け入れたのは10年前だった。その時点で科学者達が計算した正確な人類の寿命、つまり人間が生きていられなくなる状態になるまでの期間は、21年と3ヶ月弱。

 ということは、今から約10年後には地球上から人類は消える――。

 だが、人間達も手をこまねいているわけではなかった。

 ノア計画が実行されたのだ。

 地球を飛び出し宇宙ステーションで冷凍睡眠《コールド・スリープ》し、2000年後の、環境汚染が治まり再び人類が住めるような状態になった頃戻ってくる――そういう計画だった。

 しかし、すべての人々が参加したわけではない。受け入れられる人数に制限もあるし、そのような計画を好まない者もいた。

 2000年は長く、無事に戻ってこられるという確証はない。戻ってこられたとしても、その地球には現在の文明、技術は皆無。0から構築していかなければならない。困難が待ち受けていることは明らかだ。それよりも、たとえあと10年程度だとしても、この地球で今の生を全うしたいと考える者は多い。

 その中には、環境汚染を少しずつでも解消していき、人類が生き残ることができる期間を延ばしていこうと努力する者達もいた。それを進めていけば、滅亡を防ぎ、細々とであっても人類の歴史を継続させることもできるかもしれない、という希望にかていける。

 アレンもその一人だった。

 「僕は、君達は子供をつくるべきだと思うんだ」

 後部座席から熱心に訴えかけてくるアレン。

 「い、いや、あの……」思わず赤面しそうになるリオナ。「そういうことは、あまり強く主張するものじゃないと思いますが?」

 「君たち2人のような素晴らしい精神と肉体を持つ者同士のカップルなんて、滅多にいないんだから。できれば3人くらい……」

 「あと10年で人類が滅亡するとしたら、下手をすると生まれたとたんに人生が終わる。そんなの不幸だよ」

 運転しながらリョウが言った。




 「君達も、破滅思想なのかな?」

 「い、いや、そうじゃないけど……」

 アレンに言われて視線を交わすリオナとリョウ。

 地球に残っている者達は、おおむね3つに分かれていた。

 アレンもその1人だが、なんとかして滅亡を防ぎ、人類を存続させるために努力する者達。科学者や志のある政治家、官僚などが含まれていた。

 犯罪者やテロリストばかりになってしまうが、破滅思想を持ち、どうせ滅亡するなら好き勝手にやろうじゃないか、と欲望のままに行動する者達。

 そして、現在のところ一番多いのが、どちらにもならず、それまでの人間社会をただ維持している者達。

 リオナとリョウは警察官という仕事に誇りを持っていた。滅亡する直前まで人間らしく生きたいと思う人々に寄り添い、その力になりたいと考えている。大きな意味では3番目に含まれるだろう。

 「僕は、人間はこのとんでもない危機を迎えたからこそ、生き残っていくべきだと思っているんだ。終末危機に人間らしさを失わずに生き続けた者こそが、これからの地球にふさわしいと。そのために、環境汚染解消に全力を注いでいるんだ」

 熱弁するアレン。リオナもリョウも辟易しながらも、感心しつつもあった。

 彼のような科学者達が努力してくれているからこそ、今の環境でも人々が生き続けていられるという側面がある。通称『クリーナー』と呼ばれる汚染物質除去装置を開発し、各都市に点在させることで、この日本でも人が暮らすことができる地域が国土の10%程度は残っているのだ。

 「絶対にあと10年で滅亡なんかさせない。僕や、共鳴してくれる仲間達は、その意思を持って日々努力しているんだよ。一緒に危機を乗り越えて、人類存続を目指そうよ」

 「それは、できることならそうしたいけど……」

 口籠もるリオナ。




 「でしょ? そのためにも子供は必要なんだよ。環境問題がなんとかなったとしても、引き継いでくれる者がいなければ意味がないんだ。無茶を言っているんじゃない。本当に解決できる希望がなければ、僕だって勧めないよ。でも僕は信じているし自信がある。絶対に人類を存続させる、って」

 「そこまで言えるのは頼もしいし、そうであってほしいと思うよ」

 リョウがちらりとアレンを見ながら言った。

 「僕はこんな光景を夢見ているんだ」遠くの空を見ながらアレンが続ける。「ノア計画を終えて帰還してくる人達が2000年後の地球を踏みしめた時のことさ。その頃、これまでの生活様式とはがらりと変わっているだろうけど、存続できた人類が『おかえりなさい』と出迎えるのさ。それは、僕や君達の子孫だよ。どう? いいと思わないかい?」

 リオナもリョウもフッと息を漏らした。確かに素晴らしい夢だ。それが現実になってほしいと思う。

 しかし、窓の外は荒涼としていた。この環境汚染を、なんとかするのは難しい……。

 今、ヨコハマからオダワラ・シティまで、アレンが開発した薬剤と機器を輸送しているところだった。

 汚染の影響で脅威となっているものの一つ『破滅の雨』へ対処するためだ。

 近年頻繁に発生する、汚染物質を多量に含んだ雲。そこから降る赤茶けた雨は、すぐに洗い流さないと人を数分で死に至らしめる。

 それを即座に無効化する物――中和して普通の雨に変える薬剤が開発された。汚染物質の塊である赤茶けた雲は、通常よりも重いためかなり下に発生する。なので、専用の装置を使えば薬剤入りカプセルを撃ち込むことが可能だった。

 その装置が今、全国に配備されるところなのだが、ヨコハマからオダワラまで輸送する任を受けたのがリオナとリョウだった。そして、装置の開発者であり、今後オダワラの研究所に赴任するアレンのことも警護しながら移動している。

 破滅思想に傾倒するテロリスト達が横行していた。彼らはどこからか様々な情報を得る。この装置や、破滅を防ごうとする科学者であるアレンを狙う可能性が高い。先ほど襲ってきたのもそうだった。またいつ現れるかわからない。

 リオナは険しい表情になり、窓の外を見据えた。




3 襲撃


 
 「あっちの方にまた見えるな」

 リョウが顔を顰めながら言う。

 リオナが彼と同じ方へ視線を向けると、赤茶けた雲が見えた。

 「迂回する?」

 リオナが訊くと、リョウは首を振った。

 「このまま突っ切ろう。このトレーラーなら雨に打たれても大丈夫だ。オダワラまではあと少しだけど、夜も近い」

 頷くリオナ。人が多く住む都市は離れて点在している。オダワラまでは荒野だ。夜になると危険度が増す。できれば明るいうちに到着したい。

 そのまましばらく進んだ時だった。突然トレーラーがガクンと激しく揺れた。

 「きゃっ!」

 「うわっ!」

 思わず叫ぶリオナとアレン。リョウは歯を食いしばるようにしてハンドルを操作し、車体を制御しようとしている。だが、タイヤは空回りするだけで、まったく進まなくなってしまった。

 落とし穴? 罠だわっ!

 リオナは息を呑み、視線を巡らせた。

 外から何者かの歓声が聞こえてきた。複数いる。破壊思想のテロリスト達だ。




 どうやら待ち構えられていたらしい。武装したトラックが3台見えた。そこに乱雑に乗る荒れた風貌の連中――20人近くいるだろうか?

 「奥の手を使うしかないな」

 リョウが言った。

 このトレーラーはカモフラージュも兼ねていた。荷台のコンテナには、ワンボックスタイプの車両が2台載せられている。そのうち一つに『破滅の雨』対策となる装置と薬剤が運び込まれていた。

 「俺達が最初の車で飛び出す。連中をひきつけて離れていくから、頃合いを見てオダワラまで突っ走ってくれ。ここからなら30分もかからないだろう。近くまで行けば、オダワラ・シティ・ポリスが出動してくれるはずだ」

 リョウがアレンに向けて言った。

 「破滅の雨が近づいている。十分気をつけて」

 アレンのその言葉にしっかり頷くリオナとリョウ。

 3人は後部座席を折りたたみ荷台へと進む。それぞれの車両に乗り込んだ。アレンが運転席に着いたことを確かめると、リョウがリモコンでコンテナのドアを開く。助手席のリオナに「行くぞ」と声をかけてきた。

 頷くリオナ。

 ワンボックスが勢いよく外へ飛び出した。




 荒涼とした地を激しいスピードで走る車両。

 案の定、テロリスト達のトラックが慌ててついてきた。トレーラーを足止めしたことで勝った気になっていたのだろう。必死な様が目に浮かぶ。

 リョウの運転テクニックは確かだった。ついてこようとしたトラックが一台、突き出た岩に乗り上げて横転する。乗っていた連中が皆地面に叩きつけられた。

 あと2台――。

 リオナは足下に目をやる。拳銃の代わりにボウガンを持ち込んである。

 「リョウ、しばらくの間、まっすぐ走ってくれる?」

 「何をする気だ、リオナ?」

 怪訝な顔になるリョウに、リオナはボウガンを手にしながら微笑む。

 「お、おい、無茶をするなよ」

 「私にとって、このくらい無茶のうちに入らないわよ」

 そう言ってウインクすると、彼女は助手席側の窓を開け、そこから身を乗り出しルーフの上に立つ。

 トラック2台が背後に迫っていた。見据えるリオナ。セミロングの髪が風になびくが、それ以外は微動だにしない。

 ボウガンを一台目の運転席に向け、発射した。

 ヒュンッ!

 風を切り飛んでいく矢。見事にトラックの窓を破壊し、運転手の胸に突き刺さった。

 トラックは激しく蛇行する。そしてもう一台とぶつかりそれぞれが横転した。何か可燃物があったのか、どちらの車両からも火の手が上がり、すぐに爆発した。

 テロリスト達は全滅だ。あっけないものだった。

 ふう、と息を漏らすリオナ。だが……。

 何度目かの爆発で、トラックから鉄板のような物が宙を飛んだ。こちらに向かってくる。




 「リョウ、あぶないっ!」

 しかし、リオナのその声と同時に激しい衝撃がきた。後部に鉄板が激突したのだ。

 車両はスピンし、リオナの体は宙を舞う。

 「きゃあぁぁっ!」

 叫ぶリオナ。なんとか受け身をとるものの、地面に落ちた衝撃は大きく、全身を襲う痛みで気を失いそうになる。

 リョウは……?

 立ち上がり視線を向けると、ワンボックスは横転し、大破していた。

 目の前が揺らぎ、リオナは前のめりに倒れそうになる。

 それを支える逞しい腕――。

 リョウッ!?

 目の前に、額から流血しながらも笑う彼の顔があった。

 「タフさなら、俺の方が上だぜ?」

 リオナも笑みを返す。お互いに支え合った。だが、のんびりしている暇はない。

 車を失った2人は、歩いてオダワラへ向かわなければならない。方角を確かめる。

 その時、ポツリ、と雨音が聞こえてきた。

 えっ!?

 背筋が凍った。お互いの蒼白となった顔を見合わせる。

 赤茶けた雲がすぐそこまで迫ってきていた。破滅の雨が襲ってくる――。

 「どうやら、これまでのようね」

 リオナが言った。

 「そうらしいな。一緒に死ねるだけでも幸せなのかもしれない」

 リョウが頷く。

 強く、そして優しく、お互いを抱きしめ合う。

 愛してる、リオナ――。

 私も愛してる。リョウ、ありがとう――。

 最後にそっと唇を重ね合う2人。

 無情にも、破滅の雨音が響き始めた。




4 エピローグ


 
 雨が冷たい……。

 しかし、いっこうに体に変化はない。痛みも苦しさも感じない。

 あれ?

 違和感を覚え、2人そろって空を見上げる。

 雨は降っていたが、赤茶けてはいない。透明な、きれいな雨だった。

 これは……?

 ワンボックスカーが近づいてきて、2人の前に止まった。運転席には……。

 「アレンっ!」

 叫ぶようにその名を呼ぶリオナとリョウ。

 「よかった。まにあったね」いたずらっぽく笑うアレン。「使ったんだ、あれを」

 後方に目をやると、ワンボックスの後ろが開き、砲身が見えた。おそらく破滅の雨を中和する薬剤を発射したのだろう。

 「私達を助けるために使ったの?」

 「うん。たくさんあるから、一つくらい平気さ。気にしないで」

 「ありがとう」

 リオナとリョウが同時に言い、頭を下げた。




 「何言ってるの? それはこっちのセリフだよ。君達がいなければ、僕はここまで無事に来られなかった。それに、まだ君達の名前を、僕のミドルネームに入れたくなかったから」

 「ミドルネーム?」

 怪訝な顔になるリオナ。

 「そういえば、ずいぶん長いな、って思ったんだ」とリョウが内ポケットをまさぐる。携帯端末のモニターにアレンの名前を表示した。リオナも覗くようにして見る。

 『アレン』の後、長くミドルネームが続く。

 「それは、僕と一緒に研究したり協力してくれたりしたけど、途中で亡くなってしまった人達の名前なんだ。感謝の気持ちを込めて、ミドルネームにしている。君達の名も万が一のことがあったらそうしようと思ってた。でも、まだそれは早いよ」

 「アレン・シリル・・ジョン・フォンブラウン・アレナ・ウィル・ミツヤ。本名はアレン・ミツヤ、か……」

 呟くように言うリョウ。

 「彼らのためにも、僕はこの地球の環境を改善していく。絶対に、人類滅亡を防いでみせる。君達が命がけで警察官を全うしようとしているように、僕は科学者を全うすることを目指すんだ。科学は使い方を間違えると時に危機をもたらす。でも、正しく使えば人を幸せにできるはずだと信じている」

 アレンが力強く言う。その横顔を雨が濡らしていた。

 破滅の雨も、きれいな雨に変えられる。それなら、まだ希望はあるのかもしれない……。

 胸が熱くなってきた。リオナはそっとリョウの腕を握りしめ、目を閉じる。

 いつもと違い、雨音が心地よく感じられた。

                           Fin




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