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アジアのテクノロジー先進国、シンガポールに学ぶ ~虎視眈々と未来を見据える、恐るべきテクノロジー戦略国家~

  メディアを賑わすウクライナ・ロシア戦争や米中の地政学的対立がある裏側で、一際威光を放っている東南アジアの新興国がある。その国の名は、シンガポール。先端テクノロジー調査専門家から熱烈な脚光を浴び、多くの中国・韓国企業がこぞって来訪している。「シンガポール企業や教育機関と提携してビジネス開発するのは我々だ」と各国がしのぎを削り、真剣な眼差しで商談が行われている。静かだが、確実に世界での存在感を増している東南アジアの虎である。その光景は、高度経済成長期の日本の姿を遥かに凌駕する。

  シンガポールは、マレー半島の先端に位置する1965年に誕生した若い国家。国家の歴史はまだ50数年しかない。人口550万人(福岡県と同じくらい)で面積は733.1 km 2(熊本県とほぼ同じ)の小さな国だ。中華系やマレー系、インド系を中心としたアジアの人種の坩堝である。仏教、キリスト教、イスラム教、道教、ヒンドゥー教など宗教・文化もバラエティに富んでおり、調和と共存のもとに人々が暮らしている。

 現在のシンガポールは国際貿易と経済のグローバル化によって、非常に進んだ先進国となっており、世界で2番目に高い一人当たりのGDP(PPP)per Capitaを誇っている。経済開発を国是としたアジアで最も注目すべき国家だ。ちなみに日本は44位に留まっている。

GDP(PPP)per Capita:
購買力平均(物価)で換算した一人当たりのGDPで、単純な「一人当たりのGDP」より、実際の人々の生活レベル、経済状況を正確に反映していると言われる。

  シンガポールは、元来、天然資源や食糧調達が常に不足した状態で、自国のみで賄うことができない。生まれながらにして、外から物資を調達し、世界と戦いながら、強く生き抜かなければならない宿命にある国だ。しかし優れたリーダーシップのもと、海外からの人材招聘と人材開発を行った。アジアの中央に位置する地政学的優位性をベースに、たった50年の間に輸出志向の工業化からさらに進み、金融、海運、空輸のハブを築き、目覚ましい経済成長に成功した。今では人々に最高の教育、ヘルスケア、安心安全を届け、クリーンな政治が行われる国に成長している。
 
 初代首相リー・クワンユーや、その息子で現首相のリー・シェンロンの歩みを辿れば、その素晴らしい指導力と国家政策、実績から多くを学ぶことができる。特に科学技術政策は重要視されている。金融セクターはもとより、スタートアップ支援やライフ・バイオサイエンス、また大学での研究や人材育成の奨学制度の拡充を推進しているそうだ。しかしながら、その根底を支える最先端の取り組みやテクノロジー事情については、ネット記事やメディアを通じた情報だけでは、本質に辿り着くことは難しい。直接現地に赴き、国家を支える支柱的役割の実業家たちからダイレクトに話を伺い、体験して得た情報に勝るものはない。
 
  今回、コロナ禍によって中断していた海外視察を復活させ、2年ぶりにシンガポールを訪れた。①教育、②ソフトウェア開発、③サイバーセキュリティの3つについての新たな気づきを共有したい。
 
①    人材を増強する戦略的教育システムが国の経済を発展させる
 
  街を見渡せば、至る所に「NTUC Learning Hub」という広告が目に入る。街角には職業訓練の機会を提供するブスがある。これをスポンサーするのが最大手スーパーマーケットチェーン企業NTUC FairPriceだ。NTUC Learning Hubは労働力の変革を促し、人々に生涯学習の機会を提供することを目的としたシンガポール最大の継続教育センターである。既に21,000以上の組織を支援し、500以上のコースで240万回以上のトレーニングを提供している。

NTUC Learning Hubの広告や職業訓練の機会を提供するブースは街の至る所で間に入る

  一般的に教育訓練と聞けば、日本ではハローワークが浮かぶ。あるいは職を得るために何か手に技術をつけるといったイメージが多数を占めるであろう。しかし、ここシンガポールではその姿勢が全く異なる。シンガポールで暮らす殆どの人は、日々の生活必需品をFairPriceの実店舗やオンラインストアで手に入れる。会員サイトにアクセスすると、「あなたの収入を増やし、より豊かな暮らしを目指そう」「会社は、私に新しいツール活用のトレーニング機会を提供し、仕事の生産性が飛躍的に向上した」などの広告やメッセージが常に視覚に入る状態だ。彼らは、人材こそが富国の源泉であり、未来であることを正確に理解している。日本のような貧しい人のためのセーフティネットではない。個人個人がさらに豊かになることを訴え、それを実現する具体的な機会を政府の支援によって提供しているのだ。しかも良心的な料金で。

  このFairPrice、サイエンスパークの一等地の近くに巨大な教育センターを建築して運営されている。ここには外国籍の人間には見学が許されない教育機関がある。単に数ある既存の教育プログラムを提供しているだけではない。政府が決定した次世代に必要な人材を育てるためのプログラムが迅速に用意提供されるのだ。

  政府には、未来だけを考えるチームが存在するそうだ。そのチームの役割は、今後シンガポールが向かうべき未来、強化すべき経済、具体的なビジョンを考え抜くことらしい。考えられた世界観や経済を具現化・強靭化する為に必要な人材のスキルや組織ケイパビリティを特定し、政府は具体的な教育プログラムを大学などの教育機関やラーニングハブに設置するよう指導・落とし込むといった流れだ。そのプログラムを経て育った高い専門性を持つ認証された人材群が、国家戦略の取り組みへ投入されるなど連動した人財マネジメントシステムが用意されている。

  ここで少し立ち止まって、考えてみよう。もし、シンガポールを構成する人口の殆どを会員に持つFairPriceが、人の職業からスキルや能力(ケイパビリティ)をデータベース化して、可視化していたなら? 外国人が視察・訓練を受けられないシンガポールの教育機関が、確実に人材確保のために高度人材の教育・確保が着実に進行していたなら? この教育機関を支えるFairPriceと政府が、これら全てを国家のケイパビリティとして、あるべき姿からのGapを明確に理解し、確実に改善をしていたなら? シンガポールは組織的人材マネジメントシステムの実装では、間違いなく世界トップクラスの成功体験を持つ国家となる。科学技術分野の発展と共に国家全体のデジタルトランスフォーメーションを確実に実行力する能力を保有国となり、今後世界のリーディングカントリーとして台頭する国家となると考える。シンガポールの取り組み姿勢からは学ぶべきことは非常に多い。本当の意味での「戦略とは何か?」について改めて考えさせられる。これが富国強兵ならぬ、富国強人材ではなかろうか。

  日本のあいまいな企業企画案に対して必要な実行力や専門性などを明確に評価せず、適当に人をアサインしてみるといったプリミティブな方法がいかに幼稚であるか反省すべきである。
  現在シンガポールの大学では、実業家経験が豊富な専門家を教授に投与し、生きたケーススタディと共にマネジメント教育が行われているのが特徴である。日本での実情と比べると圧倒的に多く、実業(企業)・インキュベーション・アカデミアの3軸に対する経験のバランスとれた人材で、かつ優れた経歴を持った教員が豊富といった特徴が見られた。

  ②    ソフトウェア開発の内製化転換
 
シンガポールは、1990年前後まで日本を始め外国企業の技術・人材に依存した形で科学技術及びインフラの整備を推進してきた。しかし、自国での技術体制・オペレーション力の重要性に気づいた為、それ以降30年にわたり国内で調達できるように取り組んでいる。2、3年前までは、政府機関のソフトウェア開発にも日本企業の日立やNTTを始め外国企業が支援していたが、今はピタッと止まっており、彼らが出入りする姿は見られないそうだ。前述のように教育が進んだ結果、現在は政府単体でも5000人以上の専属エンジニアを内製確保して開発にあたっているらしい。ソフトウェアエンジニアリングのレイヤーにおいては、技術依存から脱却して一歩先のフェーズを歩んでいるのである。

プロセスデザインやアーキテクチャに関しては、世界水準であるのは間違いない。アート視点でのUIデザイン力については、今回確認することはできなかったが、利用可能なサイトやアプリからの考察では、中東欧ハイテック企業のデザイン力がまだ一歩抜きに出ていると感じた。継続的に観察したい。

③    「知らない・聞いていない」ではトップの首が飛ぶ、金融サイバーセキュリティのガバナンス&コンプライアンス
 
  シンガポールの金融庁にあたる「Monetary Authority of Singapore」は、サイバーセキュリティに関するガイドラインを全て公開している。顧客に影響のあるシステムが年間で停止しても許容されるのはたった4時間としてSLA(サービス水準合意)定義されているなど(計画通知されているものは除く)、幾つも厳しいレギュレーションが存在する。

  その中でもとりわけ目を引くのが、経営責任に対する言及である。先日訪れたSMU(シンガポールマネジメント大学)の教授から教えて頂いたのは、金融業の経営陣が通知書(notice)に戦々恐々としていることだ。例えば、サイバーセキュリティリスクマネジメントに関して、セキュリティハイジーン(資産管理などOSのパッチの最新化など)の管理一つとっても、適切に運用されているかどうかの最終責任をCISO(最高情報セキュリティ責任者)が持つ。日本では、ヘルプデスクやインフラ担当、または委託際の第三者がやっていて、当の責任者はどれだけ運用ができているかを把握してないことが多い。もし事故があったとしても、知らなかった、聞いていなかった、委託先のミス、などのように言い訳で逃げられることが多い。

  シンガポールの金融セクターでは、こうはいかない。知らない・聞いていないは、管理できていないのと同じとみなされ、一発アウトになる。場合によっては即刻クビだ。それほどシビアにサイバーセキュリティの重要性について考えているのだ。日本ではここまで経営責任に言及された政府指令などはない。この姿勢の違いが成熟度の違いやサイバーセキュリティに対する姿勢・緊張感に現れているのではないだろうか。セキュリティは日進月歩だ。一夜にして成熟度が上がる分野ではない。サイバー攻撃によって倒産する企業も出始めているこの時代、オペレーションや現場の技術教育も重要だが、それ以上に経営陣または次世代のリーダーへの教育が重要だ。セキュリティに対し真剣に取り組めるマネジメント教育とそれを律するための政府の姿勢や制度化が極めて重要な時代なのである。

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