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【短編】就活で嘘はつけない

この間人事部で新卒採用の仕事が回ってきてさ、初めての新卒採用だったから緊張してさ、どうすれば人事として正解なんだろうと一晩中考えた。その結果、就活生の側から見て良い面接官になるのが1番だって結論に至ったんだ。

 おれが就活生だった頃を思い返してみると、

「いかに人事に恵まれていなかったか」という負の記憶に溢れていた。

俺は新卒のころ面接で落ちに落ちまくっていた。しかし、勘違いしないでほしい。俺はそこそこ、いやかなりできる奴だったんだ。

にも関わらず、俺よりできない浅い奴らばかりが採用されていたんだ。悔しかったよ。就活生の本当の実力を見抜ける奴が人事だったなら、俺のような不幸な奴が生まれなかったろうに。

だから俺はそんなダメ人事にならないよう気を入れていわゆる就活生の本質ってやつを見抜こうと思って臨んだんだ。


それでいよいよ迎えた面接当日。


「では次の方どうぞ。」

それでドアの向こうから

「失礼します。」

ってきりっとした声が聞こえてきて第一印象は「お、きっちりしてそうな人だ。」ってところだった。


ガラッとドアが開いたら細身でピッチリとしたスーツに身を包んだ青年がいたんだ。


(ああ〜…。)

思わず声が漏れそうになる。


彼は学生時代からインターンに度々参加し、経験を積んできた。その道の成功者の本を隈無く読み、しかもただ鵜呑みにするのではなく問題点を見つけ出し改善点を提示するなど、問題解決能力の高さを示した。


恐らく同年代の学生とは1段上の階段を登っているであろう。彼の実力は疑いようもなく、さらに将来性の高さ、誠実な態度諸々を鑑みて俺は彼を不合格にした。


「次の方どうぞ。」


「はい!失礼しますっ!!」

活発な体育会系といった印象を受ける挨拶に胸を踊らせてそのドアが開くのを心待ちにしていたんだ。


ガラっ!


一目見てハイブランドのスーツだとわかった。スーツの上から分かるほどに筋骨隆々な肉体に男の俺でも思わず目を奪われてしまった。

自信に満ち溢れているのが表情を見ただけで伝わってくる。


(はぁ〜…。)

もしかしたら聞こえてしまったかもという具合の大きく息を吐いた。


彼は中高大と部活動に勤しみ、大学にもその推薦で入学していた。明るい性格からか、どこに行っても彼は友人に囲まれていたという。

今の時代、仕事の実力よりコミュニケーションだと豪語する専門家もいるぐらいで、彼のような人材こそがこの先の社会で最も必要とされることは明らかであった。情に厚い性格、人と人を繋ぐ役目の希少価値諸々を総合的に考えて俺は彼を不合格にした。



「次の方どうぞ〜。」


「……」


「……どうぞ〜。」


「私はココだ」

「!?」


面接官の席のすぐそば、紫に光る魔法陣からそれは現れた。

顔はヤギで、下半身は馬、二足歩行の2mはある禍々しい存在が嘲笑うかの如く低く唸っている。


「な、なんだお前は!!」

「私は悩める人間の魂を喰らって生きてきた上位存在。悪魔として生を受けてからその使命を果たすため実に856の魂をこの身に宿してきた。」


「な、なにが目的だ!?」


「グゲゲゲ……。私は見ての通りヤギと馬の悪魔だ。だが下級悪魔で終わる私ではない。もっと上位の存在となるためにお前たちには踏み台になってもらう。まずは上位の悪魔と行動を共にし、如何に人間を堕落へと導けるのかを徹底的に分析するつもりだ。そして上から搾取するだけでなく、私自身も上位の悪魔への上納を欠かさず行い、下級悪魔としての責務を全うするつもりだ。」


「それで、お前はこの会社にどんな問題点があると思っているんだ!!」


「グゲゲゲ……。お前たちは本音で対話をしていない。人間どもに取り入ろうと自らを人の形に押し込める余り、つい人間的であろうとする。だが我々の本質は悪魔である。ならば、悪魔同士の対話に人間性を持ち込むべきでは無いのではないか?外面を気にするのは客観性の裏返しであるが、内面の成長が滞っては意味が無い。だから私はより悪魔的に振る舞い、周りを巻き込んで、全員が本音を出しやすくなる環境を作っていきたいと思っている。」


彼の言葉を聞いて、面接官ではなく、1悪魔として感銘を受け、涙が零れた。そうだ。俺はあの時も自分を取り繕って、如何に人間と協調できるかを主張した。


だが、それは悪魔であることからの逃げである。俺は知らず知らずに目を逸らし続けていたのだ。その点、彼は現実と向き合い、賢い世渡りに逃げる同胞を尻目に、必死に戦ってきたのだ。彼こそが私たちのあるべき姿である。それを思い出させてくれた。


(ありがとう。)

初めて人としてではなく、悪魔として心からそう思えた。

俺は上に掛け合い、彼を即日採用した。


しかし、やはり嘘というのは分かるものだな。全身から滲み出す雰囲気というかなんというか……。いや取り繕うのはもうよそう。


「見た目で大体わかる」

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