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春、だから(落選作品)短編童話

モッソリ モッソリ

 冷たく柔らかな雪が舞い降りる、寒い寒い冬のことです。

 雪に負けないくらい白くて、柔らかなウサギが北の森にやってきました。

肌を刺すような北風とは、正反対のウサギに、みんな夢中になりました。

 どんな動物とも仲良くなれるウサギは、いつもお話の中心にいました。

 フフフフ アハハ

 ウサギはどんな時も、春の太陽の様に微笑んでいるのでした。ウサギはその笑顔を、絶やしませんでした。

 だから誰もウサギの笑った顔以外、見たことがありませんでした。

 みんな口をそろえて、こう言いました。

「冬と一緒にやってきた春」

 ウサギは自分自身のことを、積極的に話すことがなかったので、春のようなウサギという印象が、より濃くなっていきました。

 シクメソ メソシク

笑いが絶えない時間を、一緒に過ごしているだけで、動物たちは満足しているのでした。

 ウサギは家に帰ると、独り泣くことがありました。

 たくさん泣いた翌日でも、鏡に向かって最上級の笑顔を振りまくと、みんなが集まる森の広場へ、全身を弾ませて行くのでした。

 家では独りきりのウサギは、みんなと一緒に遊んだり、お話したりすることで、心に浮かぶガラスの船の安定を保っていました。

 プワワン フンワリ

 春の足音が少しずつ大きくなったころ、まるで稲穂が秋風に揺れるかのような尻尾をもったキツネが、この森にやってきました。

 キツネからは、本当に秋のような匂いがするのでした。

 キツネは、ウサギがこの森に来て初めて、心を奪われる相手になりました。

 キツネもまた、春風のようなウサギに興味を持ちました。

 2匹はどこに行くのも一緒でした。

 キツネは行動を一緒にすればするほど、ウサギの魅力を知りました。

 いつしかキツネは、ウサギのことを特別な存在に思い、ウサギの色々な面を知りたくなりました。

 住んでいるところはどこなのか。

 家族は何人いるのか。

 一人の時も、みんなに見向ける笑顔でいるのか。

 ずっと笑っているけれど、怒ったり怒鳴ったりすることは、今までにあったのか。

 聞きたいことが山ほどあって、キツネはウサギのことを考えると、白紙のノートが積み上がっていくのでした。

 ワッサンフワン ワッサンフワン

 積み上がったノートが雪崩になりかけても、ウサギを想うと、キツネの尻尾はご機嫌に揺れるのでした。

 ノートの中身が、少しずつと黒くなっていく度、ウサギのことを知れた気がしました。

 キツネは確信を持っていました。

 ウサギのことをもっと知れば、自分の寂しい心に花が咲き、その分だけ仲良くなれることを。

 キツネは森中の誰よりも、ウサギの傍にいていたので、ウサギについて色々知ることができました。

 ドッキンポワン ドッキンポワン

 キツネは心にある、一本の太い木が紅く染まっていくのを感じました。

 季節が少しずつ移ろいでいくにつれ、ウサギについて、こんなことを知ることができました。

春と秋が好きで、キノコは嫌いなこと。ここに来る前に両親と妹の4匹で、西の森に住んでいたこと、料理が得意なこと。

 ただウサギが自分自身のことを語る度に、キツネを遠ざけている、そんな気もするのでした。

 ズッキン チクチク

 キツネの心の木は、ウサギのよそよそしくなっていく態度に、少しずつ音もなく葉を落としていきました。

 キツネはいつも真正面から、ウサギと会話をしていました。だからウサギの様子に、とても敏感になっていました。

 キツネは嫌われたくないと思い、ことあるごとに、こう伝えるのでした。

「ウサギくんのこと、大好きだよ」

 ウサギは、ぎこちなく応えるのでした。

「僕もキツネくんのこと、好きだよ」

 グラングラン プカプカ

 ウサギは興味を持ってくれて、自分を好きだと言ってくれるキツネのことが、本当に好きでした。

 しかしキツネとの距離が近づいた分、心の船は荒々しく揺れ、平衡感覚を失いそうになり、ガラスが軋む音がするのでした。

 船に一緒に乗って欲しいときさえあるのに、ウサギがそう願えば願うほど、船は荒れ狂い、ウサギの心をかき乱しました。

 ウサギは心にガラスの船が浮かんでいることを、キツネには悟られたくありませんでした。

 もしキツネが知った時、どんな反応をするのか考えただけで、ブルブルと震え上げる思いでした。

 グッスン オロオロ

 ウサギは家に帰ってから、独り泣くことが増えました。その度に、海の水位が高くなり、船が沈みかけるのでした。

 ビクビク ザワザワ

 ウサギもキツネも、お互いのことを思うと、春と冬の風が同時に吹きこみ、心をかき乱れる思いになりました。

 キツネはウサギの気持ちが、日に日に遠のいているような気がして、家の中をグルグルと動きまわっていました。

 毎日朝になると、ウサギもキツネもそっと、湧き上がる気持ちを隠し、一緒に行動を共にするのでした。

 ズキズキドキドキ ズキズキドキドキ

 キツネは心の木が、枯れていく気配を感じました。

「このままじゃダメだ」

 キツネは思いました。

「もっとちゃんと、ウサギくんと向かい合わなくてはいいけない。それに遠ざかるウサギくんのことを怖がっていては、本当の友だちにはなれない」

 地面の一点を見つめて、キツネはポツリと呟きました。

 ウサギはキツネが言ったことを、聞きなおそうとしました。

 ウサギがキツネを覗き込むと、キツネの目は、いつもより力強くパッチリとしていました。

 目を見たとたん、ウサギはキツネから距離を取り、ゴクリと唾を飲みこみました。

 キツネは顔を上げると、ウサギに尋ねました。

「ウサギくんはいつも笑っているけれど、どんな時でも笑っているの。ぼくはたまに泣くことがあって、そんな時ウサギくんは黙って隣にいてくれるよね」

 ピックンジリジリ ビクビクジリジリ

 ウサギは応えず、後ろに下がりました。

「ぼくが風邪をひいたとき、ウサギくんはぼくの家まで、様子を見に来てくれたよね。でもぼくは、ウサギくんの家を知らない」

 ウサギはまた一歩、後退りしました。

「ぼくはウサギくんのこと、もっと知りたい。でもウサギくんは教えてくれない。最近は、心の距離さえ感じる」

 ウサギの心は荒々しくなり、ついにガラスの船に、ヒビが入りました。

 ピキピキ ザッブン

 ウサギは船を守るのに必死で、心にもないことを叫んでいました。

「キツネくんはいつも、ぼくの心に土足で入ってくる。ぼくがどこに住んでいて、どんな生活をしているか、何で教えなきゃいけないんだ」

 大声を出した後、ウサギはハッとしてキツネを見つめました。すぐに目をそらすと、わき目もふらず、その場を後にしました。

 カラカラ パラパラ

 キツネは口を大きく開けたまま、立っていました。

 キツネの心の木から、まだ若い葉たちが、次から次へ、何も言わず離れていきました。

 キツネは自分に言い聞かせるように、言いました。

「いつも様子が少しおかしい時だって、翌日になれば、いつも笑顔で手を振って近づいてきてくれた。だから明日になったら、ウサギくんはやって来るに違いない」

 翌朝キツネは、いつもよりうんと早く広場に行きました。

家にいるのが、落ち着かなかったのです。

 キツネはウサギがいつもやって来る方を、じっと見つめました。何分、何時間と。

 結局その日、ウサギがやってくることは、ありませんでした。

 キツネは毎朝決まった時間へ、広場に行った。そうして、じっとウサギが来るのを待ちました。

 ウサギが来なくなってから、1週間が過ぎました。

 広場の活気は、小さくなり、みんなウサギのことを、心配していました。

 キツネ以外の動物たちはその時初めて、自分たちがウサギについて何も知らないことに気が付きました。

 ズキズキ シクシク

 ウサギはいつも困ったことがあると、大きな耳を傾けて話を聴いてくれました。しかしウサギの困りごとを聴いたことのあるものは、いませんでした。気づいた時、心が張り裂けそうになり、涙を流すものまでいました。

 それでもみんな、待つことしか、しませんでした。

 キツネはついに、ウサギに会いに行く決心をしました。

 会いたくて、しかたなかったのです。

 みんなにウサギのことを聴きましたが、だれ1匹として、キツネより詳しいものは、いません。もちろん、そんな様子だからウサギの家を知る術もありませんでした。

「ウサギくんがやって来る方へ、とにかく行くだけ行ってみよう」

 キツネは言うなり、なんの当てもないまま、ウサギの家を探しに向かいました。

 トボトコ トボトコ

 西の方角にある家々を探し回りましたが、ウサギが住んでいる様子はありません。

 一軒、一軒訪ねては、ウサギの家のことを聴きましたが、みんな首を横に振るばかりでした。

 太陽が沈みかけ、森は闇に包まれ始めました。

キツネはそれでも、歩みを止めず歩き回りました。 

さまよい始めて数時間が経ち、すっかり夜になりました。

いつもの夜より明るいなと、思っていたらキツネは、森を抜けていました。

だだっ広い丘が、目の前にあります。

ため息をつき、やっと見つけた一本の木の根に、腰を掛けました。

ホォホォ ホホホ

がさりと木の上から音が聞こえてきました。

見上げると、1匹のミミズクがこちらを見ていました。

「おや、こんなところに珍しくお客さんかな」

 首を長く伸ばしながら、ミミズクが言いました。

 キツネは最後の希望にかけ、ミミズクに尋ねました。

「この辺に家はないですか。真っ白いウサギくんが住んでいると思うのだけれど」

 ミミズクは、首をかしげて言いました。

「家はここから1キロほど先に、一軒ポツンと建っているが、住んでいるのはウサギだったかのう。わしの記憶では、この闇夜のように、真っ黒な泣き虫オオカミが住んでいた気がするがの」

 また外れかと思いつつ、キツネはその家がとても気になりました。

 キツネは教えてもらった家に向かうため、立ち上がって歩みを進めました。

 30分ほど歩いた先に、小さな影が浮かび上がりました。キツネは目を細めて、見つめました。

 シクリ クリクリ

 そこには家がポツンと建っていた。家の方から、風に乗り何かが聞こえて来ます。

 耳を立てて、ピクピクさせました。

「だれかの泣き声だ」

 キツネは慌てて駆け足で、家に近づきました。泣く声がキツネには、ウサギの叫び声に聞こえたからです。

 キツネは家のちょっと手前で走るのを止め、ゆっくりそっと、家に近づきました。

 窓の外から中を覗いたけれど、電気が点いておらず、目をよく凝らさないと見えません。

 キツネは窓に張り付いて、慎重に見渡しました。

 奥の方に小刻みに揺れている、かたまりを見つけました。

 トントン トトトン

 キツネは直感的に、

「ウサギくんだ」

と思いました。

 扉に近づきノックをしました。

 ノックの音に驚いたのか、泣く声が止まりました。

 キツネはツバを飲みこんで、尋ねました。

「そこにいるのは、ウサギくんだよね」

 返事はありません。長い沈黙が続きました。

 キツネくんはしびれを切らせ、扉をそっと開けました。

「ウサギくん、ぼくだよ。キツネだよ」

 奥のかたまりが、こもった声で言いました。

「ぼくはオオカミだ」

 こもって聞こえにくいけれど、その声は何千、何万回と聞いた、ウサギの声でした。

 キツネは忍び足で、近づきました。

 ブルブル ブルルン

 震える布団の横に、なんのためらいもなくキツネは腰かけました。

「ぼくはオオカミだぞ。怖いだろ、今すぐ出て行け」

 震えた声がキツネを、いかくしました。

 キツネは春の陽気が訪れたような声で、語りかけました。

「きみがオオカミくんだとしても、声はぼくの知っている、ウサギくんの声だ」

 布団はシンとしてしまいました。

 キツネはそっと、布団ごと中に入っている動物ごと抱きしめました。

 キツネの温もりが、布団越しに伝わって来て、雪解けの水のような涙が、布団にくるまっているものから、流れ出ました。

 キツネにも布団越しから、温かさが伝わっていた。お日様のような匂いがしました。

 キツネは急に、ホッとしました。その瞬間、何時間もさまよい続けたキツネに、強い眠気がおそってきた。

 そのままキツネは、スヤスヤと寝入ってしまいました。

 キョロキョロ スー

 気持良さそうな寝息が、布団を通して聞こえてきました。

 布団からそっと出た顔は、オオカミでした。 

 オオカミはキツネを起こさないように、そっと布団から抜け出しました。

 そしてキツネの疲れ切った顔を、微笑みながら見つめました。

 オオカミはくるまっていた布団を、キツネに優しくかけました。

 温かな朝日を受け、キツネは覚めました。

 ハッとして隣を見たが、そこにはウサギもオオカミもいませんでした。

 外から春の風の匂いがしてきました。

 ついに春が来たのです。

 春風に乗って、陽気な歌声が聞こえてきました。

「ウサギくんの声だ」

 キツネは嬉しくて、外に飛び出しました。

 家の周りを囲むように、花がまばらに咲いていました。

 その上で腹ばいになって唄っていたのは、ウサギでなくオオカミでした。

 キツネはその姿を見ても、怖くありません。

「オオカミくん、きみがやっぱりウサギくんだったんだね」

 オオカミに近づいて言いました。

 起き上がってオオカミが言いました。

「ごめんね、ずっとだましていて。キツネくんが、ぼくのことを知ってくれる度、ぼくの尻尾は揺れた。でも心にある弱虫な船がいつも、本当のぼくを知られたら嫌われるって、揺れてはぼくを、苦しくさせていたんだ」

 ポリポリ フサフサ

 頭をかいて、地面に敷いていた暖かそうな、真っ白な毛布を、オオカミはキツネに差し出しました。

 良く見るとそれは、ウサギの着ぐるみでした。

「よく笑うウサギくんでも、よく泣くオオカミくんでも、ぼくはきみが大好きだよ」

 キツネくんは言って着ぐるみごと、ギュッとオオカミを抱きしめました。

 オオカミは足をもじもじさせ、言いました。

「本当の姿はオオカミだけれど、ウサギもぼくの一部なんだ。ぼくはキツネくんにウサギくんと呼ばれると、温かな気持ちになるんだ。だから、これからもウサギくんって呼んでくれるかい」

 キツネは抱いていた腕をそっと離すと、オオカミの目を見つめました。

「ぼくはきみがウサギくんだったから、好きだったわけじゃないよ。きみがきみだったから、大好きだったんだ。でもきみが望むのなら、喜んで何回だって『ウサギくん』って呼ぶよ」

 キツネはそう言ったあと、オオカミが持っているウサギに目をやりました。

「またウサギの着ぐるみをきるのかい」

 オオカミは首を横に振りました。

「オオカミでも、ぼくはぼくだから。きみが好きになってくれたぼくだから、もう隠すことはやめる。それに春が訪れて、着るには少し暑すぎる。キツネくんの好きな、誕生の春だから、ぼくは新しく生まれ変わるんだ」

 そう言ってオオカミは着ぐるみを、春の風がいっぱい当たる物干しに、かけました。

 2匹にはウサギの着ぐるみが、笑っているように見えました。 

 2匹はしばらく黙って、新しくやってきた季節の匂いをかいでいました。

 新しい季節は、そんな2匹を優しく撫でてくれた気がしました。

 キツネはオオカミを横目で、じっと見て、大袈裟な声で、オオカミに言いました。

「ところで、ウサギくん。ウサギくんもぼくがぼくだから、好きになってくれたんだよね」

 オオカミは首をかしげて、頷いて言いました。

「もちろんだとも。キツネくんいったいどうしたの」

 ジ ジジジ

 キツネは背中に手をやると、何やらもぞもぞしました。

そして、こう言いました。

「じゃあ、ぼくも一つ。春、だから」

 キツネの着ぐるみをゆっくり、脱ぎました。

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