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交換日記喫茶店#3選択

 カツカツと革靴を鳴らすスーツ姿のサラリーマン。ランドセルを担いで駆けてゆく小学生。手を繋いで互いの愛を感じ合う大学生のカップル。
 昨日も今日も明日も1日のはじめを告げる朝日が綺麗に思えない。
 社会のどこにも属さない僕は、社会の全てが敵に見えた。

 大学受験に落ちた。それは初めての挫折だった。中学までは成績優秀だった自分。高校受験はすんなりと上手くいった。どこかに慢心があったのだろう。当然のように国立の大学に進学するものだと思ってた。しかし、現実は違った。高校に入学し、部活に苦闘している間に、雲行きはあやしくなっていた。気付けば国立大学に進学する希望はゼロに等しかった。

 絶望の中、僕は浪人を決めた。両親には迷惑もお金もかけている。父は国立大学を大学院まで進学し、卒業した。息子も立派な大学に行かせたいと思っているのだろう。息子の浪人には前向きだった。授業料の高い予備校に通わせてくれた。自分の住む県にはない大手予備校だったので、単身、仙台の寮に入寮して通った。

 予備校浪人生活は勉強漬けだった。当然といえば当然だ。勉強するために、大学に進学するために行くのだから。最初は順調に思えた。基礎力はつき、ある程度の点数は伸びた。しかし、途中から点数の伸びが止まった。思うように結果が出ない。そんな歯痒い毎日を過ごした。

 迎えたセンター試験。神様のせいにしたくはない。自分の実力不足。行きたかった大学には二次試験で逆転することはほぼ不可能な点数だった。
 あの日ほど父に泣きながら電話をした夜はない。

 ぎりぎり国立大学を受験できる点数だった。なんとか逆転で進学できるかもしれない。僕はその大学を受験した。

 結果は合格だった。救われる気持ちだった。努力は報われなかったか、報われたか、それは簡単に答えることはできない。結果を出して、その努力を、自分を肯定することしか僕らはできない。だから自分を肯定するために努力するしかないんだ。

 合格したが、僕は道を迷ってしまった。受かった国立大学と自分がやりたい勉強ができる私立大学、どちらに行くべきか、迷ってしまったのだ。

 どちらに進学するべきか決められないまま1週間が経つ。やっと受験から解放された僕は気晴らしに近所を散歩することにした。一年ぶりにゆったりと故郷を散策する。

 ふと、見慣れない喫茶店が目に入った。あれ?こんな喫茶店あったかな。お店の看板には『喫茶ダイアリー』と書いてある。
 すると、そろりそろりと明るい茶色の縞模様の茶トラの猫がお店からこちらに歩いてくる。茶トラの猫は僕の前で甘えた声を出して、その場でごろーんとお腹を出して寝転んだ。
 
 「こんな俺に、甘えてくるお前が愛おしいよ。よしよし。」

 しばらく社会に属していなかった僕は久しぶりに自分が必要とされてる気がして嬉しくて、茶トラの猫をめいいっぱい撫でた。

 しばらく撫でてと甘えた猫は立ち上がって、こっちおいでって言わんばかりに、みゃあぁっと鳴いて喫茶ダイアリーへ歩き出した。

 カランコロン。

「こんにちは」

「いらっしゃいませ。パルに懐かれたようですね。よかったら、こちらのテーブル席へお座り下さい」

目の前には30代手前だろうか、スラっとしたお兄さんが立っている。どうやらここのマスターらしい。さっきの茶トラの猫はパルという名前みたいだ。
 店内は少し薄暗く、沢山の本棚が並んでいる。カウンター席とテーブル席が1つだけある。カウンターには僕よりは間違いなく歳上だが若い女性がコーヒーを飲んでいる。

「パルくんに誘われて入っちゃいました」

 僕はよそ行き用の満面のつくり笑いを浮かべてテーブル席に座った。

 テーブル席には一冊の古びれた書物が置いてある。

「これなんですか?」

「交換日記というべきでしょうか。お客さんが悩み事を書いていくんです。そして次に座ったお客さんがその悩み事に対するアンサーを書いてあげるんです。是非答えて上げてください。そして、何か悩み事がありましたら書いてみて下さい」

 マスターは僕の心の内を見透かしているのではないか、ちょうど悩んでいることがある。日記を開いた。

『私は高校3年生の受験生です。合格するか不安です』

 日記はここで終わっていた。この答えを僕が書くの?僕が書けることってなんだ。

『あなたなら大丈夫。でももしだめでも、あなたを否定しないで。』

 僕は嘘をついた。結果でしか自分を肯定できる術を知らない。胸が痛かった。罪悪感を持ったまま、続けて筆をとる。

『国立大学と自分がやりたい勉強ができる私立大学、どちらに進学しようか迷っています。高い授業料を払い浪人させてくれた親のことまで考えると選択が苦しいです』

 今度は本音だった。父はきっと国立大学に進学して欲しいと思っているのだろう。育ててくれた、お金を払ってくれた親を思うと、胸が苦しかった。

 悩みを日記に書き、クリームソーダを1つ頼んでその日はお店を後にした。


 翌日、すぐに日記の答えを知りたくて喫茶ダイアリーへ開店と同時に入店した。

「いらっしゃいませ。随分と早いですね。どうぞ」

「こんにちは、どうしても答えが知りたくて、、」

 僕は昨日書いたばかりだったので悩みの答えが書いてあることを期待してなかった。それでも早く知りたくて我慢できなかった。自分ひとりで抱えきることができなかった。

『間違いだと分かるのは正解を知っているから。答えがないのに、何で間違いだと思うの?』

 日記にはそう書いてある。たしかにそうだった。答えを知って、初めて僕らは間違いに気付く。この選択の答えはあるのか?そもそも答えって何だ?正解ってなんだ?将来のことなど僕らには分からない。どっちの道を選んでも死ぬまできっとそれは道の途中だ。間違った選択などないのだ。

 「マスターごめん!一旦帰るよ、次は何か頼むから!」

 僕は急いで店を出て、自宅へ向かった。


「父さん!俺、東京の私立の大学に行くよ。やっぱり、やりたい生物の勉強がここにあるから。行かせてください。お願いします!」

「、、、そうか。お前が決めたことだ。お前の選択はお前でしか決められない。ただ父さんはお前を応援する。それだけだ」


 父さんの息子がずっと重荷だった。父さんのように立派に生きれなかった。でも僕は父さんではない。僕は僕で、間違いはそこにはない。どんな人生を歩もうと僕はまだ途中だ。

 僕は泣きながら、努力をし続けようと父さんの背中を見ながら誓った。

 


 

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