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【#2000字のドラマ】金木犀と線香花火



 人間は運命や奇跡という言葉が好きだ。現実に起きた自分にとって都合のいい出来事を全て運命と奇跡にするのだ。そして僕もまたそういう人間だった。

 八月が終わり、空が少し高くなった気がする九月の初旬。もう夏も終わってしまったのかと言わんばかりのこの世界の雰囲気。アブラゼミが最期の力を振り絞り命の音を鳴らしている。

「翔、もう夏も終わりだな。」

 片手にガリガリ君という夏を持ちながら海斗は言った。

「まだセミが鳴いてるから、ギリギリ夏だよ。」

 夏の定義も秋の定義も知らない。僕らが夏だと思ったら夏は終わらない。そんな気がした。

「おい翔、この匂いなんだっけ、この秋の花の匂い。」

 「ん?おお、これは金木犀だ!ちょっとどこからこの香りがしているのかたどろうよ。俺金木犀の香り好きなんだよね。」

 「別にいいけど、金木犀の匂いをたどりたがる高校生なんてお前やっぱ変わってるな。」

 部活が終わってへとへとな足取りの帰路の中、どこからか金木犀の甘い香りがした。金木犀は秋を代表する香木だ。小さなオレンジ色の花からは強い甘い香りがする。花の姿は見えないのに香りがしてくるくらい、その香りは強い。花言葉には「謙虚」「謙遜」「気高い人」「陶酔」「初恋」がある。

 金木犀の香りに誘われて、僕と海斗はその花の在処を探した。近づくにつれ、その香りが強くなってきて、すぐにその場所は分かった。何故ならそこには先客がいたからだ。一人のショートカットヘアの制服姿の女子高生がカメラのファインダー越しに金木犀を覗いている。

 「私、金木犀の香り苦手なんだよね。」

 彼女は開口一番にシャッターを切りながらそう言った。

 「でもこの香りに誘われて、たどって来ちゃうんだよね。私、香りに目がないからさ。悔しいなぁ。」

 「私、香織っていいます。永山香織。よろしく。」

 「嫌いなのに何で写真撮ってるの?」

 「翔、まったくお前ってやつは。名前が香織だからに決まってるだろ。」
 
 「ははは。そのとおり。香りのするものと一緒に写真を撮るのが私の人生の使命なんだ。」

 香織は言い慣れたテッパンのジョークなはずなのに恥ずかしそうに笑った。恥ずかしがるまでがセットのようだった。

 これが僕と香織の初めての出逢いだった。この出逢いは運命だったし、奇跡的な出逢いだったと思う。僕は金木犀の香りが嫌いな香織に恋をした。人生で初めて人を好きになったのだった。


「ねえ、翔くん、海斗くん、線香花火ってなんで綺麗だと思う?」

 季節が一周した夏の終わり、ヒグラシが残暑を抑える納涼の音を奏でる中、パチパチと火花を散らしながら暗闇に咲く線香花火をじっと見つめて香織は言った。大学受験や就職活動を控えた僕ら、卒業後はみんなバラバラになる。こうやって三人が揃って遊ぶのは最後かもしれないと思うと胸がきゅうっと締め付けられるほど寂しかった。


「なんでだろう、花火はどれも綺麗だけど何故か線香花火は特段綺麗に見えるよね」

 そう曖昧な答えを口にしてしまった瞬間、その火の玉は落ちた。

「もう落ちちゃった。線香花火がもっと長くついてたらさあ、そんなに綺麗じゃなくなるのかなあ。」

 香織は寂しそうに火の消えた線香花火の棒だけを持ちながら言った。

 「そんなことないよ。綺麗なものは永遠に綺麗だよ。きっとそこに存在する限りは。」

 僕は自信がなかったが、願望も込めた反論をした。

 儚いからこそ美しいのかもしれない。そしてそういったものはたくさんある。春の桜だとか、セミの一生だとか、高校3年間の青春だとか、10代の恋だとか。

「こうなったら線香花火の二刀流だ〜」

「なにそれいいなっ!俺も〜!」

 香織は今度は無邪気な子どもみたいに線香花火を両手に持って火をつけた。海斗もそれに続く。
 この香織と海斗との時間は永遠に続いて欲しい。儚さなんていらない。ずっと美しい時間であって欲しい。

「おい!俺のは一本しかないじゃんかよ。」

「翔は一本だけだから儚くて私たちのより綺麗かもよ〜」 

「おっしゃ、線香花火レースしよう。一番最初に落ちた人が負け。罰ゲームは好きな人発表な。」

 海斗が唐突で強引なレーススタートの合図を鳴らした。フライングした二刀流の二人対一本の線香花火の僕という構図。 

 運命には逆らえない。先にその火の玉が落ちたのは僕だった。

 「翔くんの負け〜。」

 「さあ、翔、言えよ。俺にはもうわかってんだよ。」

 海斗に僕の香織に対する気持ちを伝えたことなど一度もない。 全てを知っている顔で海斗はそう言った。

 「香織、あのさ、、、」

 海斗と香織が手に持つ儚い線香花火はいつもより長めにパチパチと音を立てて暗闇に咲いた。それはこの世界で一番美しいものに思えた。 

 僕らの夏は永遠に終わらない。やっぱりそんな気がした。

 そして僕はまた運命の前で無力になり、奇跡に期待した。 



#2000字のドラマ

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