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泉小太郎民話に登場する地名

 今回も小泉小太郎の民話に関する記事です。

 小泉小太郎の民話の中には、地名がいくつか登場するのですが、その地名は今でも残っています。
 お話のあらすじは以前の記事を参考にしていただいて、今回はその場所をみていこうと思います。

民話に登場する地名

 まずは、民話に登場する地名を地図にプロットしてみました。

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民話に登場する主な地名をプロットした (Google Mapに追記)

高梨
 白竜王がいたとする『高梨の千尋の池』は、現在の須坂市高梨だといわれています。須坂市は長野市の東側にあるので、この図には載っていません。
 この図で北東側に行った先にあります。

鉢伏山・中山
 小太郎が生まれたのは松本市中山ともいわれます。中山は鉢伏山の麓にあたり、和泉(いずみ)という地籍も残っていて、"泉"小太郎とのつながりを連想させます。

 中山の山麓の北西端に、弘法山古墳という桜の名所があります。その弘法山の麓には、泉小太郎の銅像があるのです。

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弘法山の泉小太郎像 (Wikipediaより)

 泉小太郎の像は、松本盆地一帯にいくつかあり、それぞれでちょっとずつ違うところも面白いです。

放光寺山
 小太郎が成長したという放光寺山は、今は城山と呼ばれており、麓には放光寺というお寺があります。
 このお寺は「松本日光」とも言われていて、小太郎の名前は『日光泉小太郎』ですので、こちらも関連ありげです。

熊倉・下田
 小太郎が母と巡り会った熊倉下田の奥宅入沢は、現在の安曇野市高家熊倉(たきべくまぐら)、下田は松本市島内下田にあたります。
 熊倉と下田は梓川を挟んで左岸と右岸にあり、渡し船が往来した場所です。熊倉には渡し船の碑もあり、昭和30年あたりまで渡し船がみられたそうです。

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2019年11月撮影 熊倉の渡し跡 右手奥に見えるのが奈良井川(犀川)

奥宅入沢
 奥宅入沢は松本市北部、梓川右岸のあたりと言われます。ここには、小太郎が犀竜に乗ったとされる犀乗沢という名前の川が梓川に注いでいます。

山清路
 犀竜と小太郎が山を割った山清路は、東筑摩郡生坂村(いくさかむら)にあります。
 梓川は明科を過ぎると狭隘な谷を蛇行しながら、長野市の方へ流れていきます。山清路は長野市と松本市の中間ぐらいに位置しており、紅葉の名所になっています。

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山清路 (ゼンリン いつもNAVI より)

 切り立った岩肌があり、犀竜が切り破ったという表現にふさわしい、風光明媚な場所です。
 民話では、ここの滝と、少し下流にある水内の橋下(みうちのはしのした / 信州新町久米路橋付近)の岩を破って湖の水を流したことになっています。

 本当にこの辺まで湖だったとすると、かなり大きい湖だったと考えないといけません。

有明
 その後、移り住んだ有明(十日市場の川合)は、現在の北安曇郡池田町、又は穂高有明だと思われます。
 池田町には川会神社(かはあいじんじゃ)があり、この神社は安曇族や泉小太郎民話とも濃厚なつながりを持つ神社です。

佛崎
 白竜王と犀竜が入ったといわれる佛崎の岩穴は、大町市の高瀬川を上ったところにあります。
 仏崎観音寺には小太郎がこもった洞窟もあるようです。


まとめと補足

 泉小太郎の民話に登場する地名を、地図にプロットするのと合わせて、その場所の概略を調べました。
 すると、この物語の舞台は、松本盆地の南から北まで、かなり広範囲に渡っていることが分かります。それも、どちらかというと東側山麓に多く見られます。

 また、泉小太郎の民話では、『主人公が〇〇をしたので△△という名がついた』という地名の由来の話というよりも、『主人公が△△という場所で〇〇をした』というように、元々名前のある場所で何かをした場合が多いように思えます。

 この物語の主題が、地名の由来説明ではなく他にある、という風に受け取れるのですが....

 それで気になるのが、松本盆地一帯が湖だったという湖水伝説です。

 お話と言ってしまえばそれまでですが、でも調べてみると少し面白いこともあります。
 次回は泉小太郎民話で語られる、湖水伝説を紹介します。

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