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生活を手放さない

 都会でベランダ菜園をしたり、陶芸にはまったり、「暮しの手帖」や「天然生活」を愛読したり、地方移住を夢見たり…するのは、いつか豊かな自然に囲まれてのんびりと暮らしたいという願望があるから。

 つまり「自然」に近づきたいのです。でも根っからの文系で若くないから体力もなく、ワイルドな生活はムリだとわかっている。

 じゃ、どうしたらいいのか。ずっと迷走しています。

 そんな中、一冊の本が小さな示唆を与えてくれました。

 鞍田崇『民藝のインティマシー:「いとおしさ」をデザインする』(明治大学出版社、2015年)

 「民藝」は前から気になる存在で、自分自身、焼き物を習ったり、あちこちの窯元を訪ねたりしてきました。

 とくに河井寛次郎を尊敬しています。様々な本を読むと、人柄もやさしかったみたい。そして、彼が残したことばは本当に深くて、大切にしたいことばに満ちています。例えば、

 「新しい自分が見たいのだ──仕事する」

 自分で自分を縛ることなく、次に自分の中から、どんな新しいものが生まれてくるのか、ワクワクする姿勢で仕事をしてきたようです。これが人を動かす原動力だと言っています。

 一番、有名なことばは、

 「暮しが仕事 仕事が暮し」

 これはただ単に好きなことを仕事にしているということじゃありません。もっと倫理的なものも含んでいました。つまり、美しい仕事、正しい仕事は、美しい暮らし、正しい暮らしから生まれてくるということです。

 美しく暮らすということを核にして、つねに、自分はどう生きるかということと向き合っていたのでしょう。

 京都に行くと必ず寄る場所があります。

 それは河井の旧居である「河井寛次郎記念館」です。

 河井寬次郎記念館 公式ホームページ (kanjiro.jp)

 さて、話は、さきほどの『民藝のインティマシー』という本に戻ります。

 いまふたたび民藝が注目されていますが、この本で強調されていることは、民藝の中に現代性や将来性が感じ取られているのではないかということです。

 民藝の作品は美しいから収集し、自分の暮らしを豊かにしたいという気持ちは決して悪いことではありません。でもちょっと違うように思います。

 「自然」に近づきたいという儚い私自身の夢とも関わるのですが、民藝、あるいは民藝の思想とどう付き合っていくべきなのか、ずっとモヤモヤしていました。

 その最大の問題は「社会との関係」です。

 そもそも民藝運動が起きた背景には、日本において資本主義システムが社会をおおい始めたということがあります。人々の暮らしから「ものづくり」が一つ一つ消え始めていたということです。お金で商品を買うという、今では当たり前の暮らしが広がっていった時代です。

 だから、当時の民藝運動は「生産」を取り戻す、人とモノの関係を親しいものにするという意図があったのでしょう。

 では、いま民藝から、どんな手がかりが得られるでしょう。

 それは、もはや「自然にかえろう」ではないでしょう。すでに自然は遠いところにあるし、異常気象でいうかたちで人間に災害をもたらすことが多くなりました。

 民藝の使命を現代において引き継ぐポイントは「自分の暮らしを創造すること」だと鞍田さんは言います。

 その上で、「人間性を取り戻す」「人間性の回復」こそが、いまを生きる私たちが取り組まなければいけないことだということでしょう。

 私が小さい頃、近所にはさまざまな仕事をしている大人たちがいました。
衣食住の「衣」で思い出すのは「かけはぎ」屋さん(衣服の修繕)です。登下校の際、曇りガラスの窓からミシンを踏む女性の姿が見えました。

 「ものをつくる」「ものを直す」ことがいかに遠くなったかです。

 私はなぜ民藝に興味をもち、陶芸を習うのか…。もちろん、陶芸は趣味ですし、よく作るのは実用品ではなく、一輪挿し(これは雑草を生けることで自然に親しむためです…)。

 民藝の現代的意義を考える際、大切なことは「陶芸」や「生活工芸」をアートとしてではなく、デザインとして考えるということでしょうか。失われつつある人間性の回復に貢献するモノをつくることかなと(そういえば、日本民芸館の現館長は無印良品のデザインで有名なプロダクトデザイナーの深沢直人さんですね)。

 これまでの議論を自分ごととして考えたら…。

 私が現在やっていることは「自然をおもう」段階。でも方向は間違っていないと思います。「ものづくり」「自分の暮らしを創造する」ということを可能な範囲でやるしかないですね。

 私の知らないところで、すでに衣食住に関わるところで「ものづくり」や「もの直し」を実践されている人はたくさんいると思います。いろいろ知りたいと思います。

 「生活を手放さない」ために。


 

 

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