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大自然を駆ける

湖のほとりで流木に腰を下ろし、風に吹かれながら波打ち際を見つめる妙齢の女が一人。

女は思う、「うわあ〜一日中こうしていたい〜煙草1カートン吸いてえよ〜〜〜〜」

女とは今日の私のことである。持病の気管支喘息さえなければ、煙草を1カートン吸えるのに。

仕方がないので足元に転がる石を取り、湖へ投げる。また投げる。そして投げる。

はたから見てどのように映っただろうか。女が一人、真剣な表情で意味もなく石を水面へ投げている。こいつ彼氏か旦那と別れたんかな、と思われても仕方がない光景である。

しかし実際はその逆で、なんなら恋人に車で連れてきてもらった。

なぜ一人でいるかというと単純に私は波打ち際、そして彼は木登りが好きなので、それぞれ湖のほとりで単独行動をおっぱじめたからである。私が無言で石を投げている間、彼は思う存分気に入った木を登っていただろう。

彼は田舎にある小さな山をひとつ管理している。

木を切り展望台やベンチ、工具棚を作り、既に小学生たちの憩いの場として山の名前が出るようになったとか。ゆくゆくは男子高校生が「秘密の場所があるんだ」と言って女子を誘う場所になればいいとかなんとか供述している。

今日はその山にも連れていってもらった。

新しくブランコを作成したらしく、私に見せたいのだという。木にロープを吊るして作るタイプのブランコ。「教えておじいさん」と叫んでいいタイプのブランコである。そのブランコがあると聞いてバイブスが上がらない人間がこの世にいると考えただけで、そりゃ世界で戦争や貧困は無くならないよと思う。

ベンチや展望台がある広場を抜けて、細い山道を歩き出す彼。

案内されている間、あまりにも山道が細く奥へとぐんぐん進んでいくものだから、彼は彼でなく妖怪か何かがうまく彼の姿に化けて「ブランコがある」と言って山奥に誘い出しシンプルに私を食うつもりでいるのかと思った。

妖怪に捉えられたか食われたかした恋人の安否を考えていたところ、木々の向こう側に白いロープが2本と真新しい木材が見えた。本当にブランコに案内されたのである。

めでたく私は大きな木の枝にぶらさげられ急斜面に設置されたブランコにまたがった。途中で枝が折れたら、落ちてどっか打ったらどうしようといったことが頭をよぎったが、幼き日の数々の冒険を思い起こせばどうってことなかった。

そして私は木々の間を抜け、風になった。

一応恋人に保険証の場所を教えてから。

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