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【第7回】もやっとする…

執筆:副島 賢和(昭和大学大学院保健医療学研究科准教授、昭和大学附属病院内学級担当)

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 「先生、ちょっと聞いてくれる?」
入院をしている高校生の男の子と話をしていました。
 「修学旅行のことなんだけどね…」
 今年の夏、通っている高校の修学旅行があるのですが、あまり気が乗らないとのことでした。中学生のときに行った修学旅行よりも極端に近い場所になったと話を聞かせてくれました。
 「もやっとするんだよね」
 彼はその話を、そう締めくくりました。
 なるほどなあと思いました。
 彼が私に伝えたかったメッセージを考えました。彼にとって、修学旅行の場所が近くなってしまったことは、単に距離の問題ではないのでしょう。
 今までにできていたことができなくなることは、病気を抱えて生きる子どもたちにとって、とても苦しいことです。少しずつ成長していると思っていた、成長を感じていたことが、病気のために後戻りしてしまうことは、本当に苦しいことです。
 自分でもわかっているのです。
 「病気だから、仕方がないんだよ」
 そう言います。自分に言い聞かせています。病気になったのは自分だから…誰のせいにもできない…そんな経験を何度もしている子どもたちです。こんな状況も前向きにとらえられるよう、自分の物語をつくっていきます。
 今回のことは、自分の意思ではなく、学校として決まったことだと。
 (でも、自分はもっとできるのに、やれるのに。ただ、この学校を選んだのは自分自身。わかっている。わかっているんだよ。だから「もやっと」するんだよ)
 そんな気持ちが伝わってきました。

 「微妙…」
 これも子どもたちがよく使う言葉です。
 自分の気持ちがうまく言葉にできないときに、この言葉を使うことが多いように思います。
 身体の調子を尋ねたときや、今の気持ちを聞いたときに、エネルギーのない子どもたちはよくそう答えます。ちょっと暗い表情をしながら。
 入院をしている子どもたちのいうことをできるだけ聞いてあげたい。叶えてあげたい。周囲の人はそう思います。だから、ベッドの上の子どもたちは、よく質問されます。
 考えるということも、とてもエネルギーがいる作業です。選ぶ、決めるということも、エネルギーがないときにはじょうずにできなくなってしまいます。
 なんて答えてよいかわからなくて、口ごもると、「言わなきゃわからないでしょう」と言われます。黙っていると、「これでいいですね」と言われます。
 でも、人の感情や体調は刻一刻と変化をするものです。
 とくに、身体や心の調子がすぐれないときは、とても短い時間で変わっていくようです。
 「あなたさっき、そう言ったでしょう」
 (そう言ったけど、確かにさっきはそうだったんだから)
 「あなたが望んだから、できるかぎりそうなるようにしたのに…」
 「自分で言ったことの責任を取りなさい」
 (じゃあ、それでいい…)
 そんな心の声が聞こえてくるようです。
 子どもたちの「もやっと」をスッキリさせられるような答えをもっているわけではありませんが、せめてその「もやっと」「微妙」の向こうにある心の声に、ゆったりと付き合う時間はつくり出したいと思うのです。

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著者プロフィール:昭和大学大学院保健医療学研究科准教授、昭和大学附属病院内学級担当。1966年、福岡県生まれ。 89年、都留文科大学卒業。 同年、東京都公立小学校教員として採用され、 以後25年間、都内公立小学校学級担任として勤務。99年、東京都の派遣研修で、在職のまま東京学芸大学大学院にて心理学を学ぶ。2006〜13年、 品川区立清水台小学校さいかち学級(昭和大学病院内)担任。 14年4月より現職。 学校心理士スーパーバイザー。 ホスピタル・クラウン。北海道・横浜こどもホスピスプロジェクト応援アンバサダー。TSURUMIこどもホスピスアドバイザー。 東京こどもホスピスプロジェクトアドバイザー。日本育療学会理事。 NPO法人Your School理事。 NPO法人元気プログラム作成委員会理事。 09年、ドラマ『赤鼻のセンセイ』(日本テレビ)のモチーフとなる。 11年、『プロフェッショナル仕事の流儀』(NHK総合)に出演。 20年、NPO法人Your School によるYouTubeチャンネル「あかはなそえじ・風のたより」に出演。https://www.youtube.com/watch?v=ndP0lIrhg8k
近著:『あのね,ほんとうはね 言葉の向こうの子どもの気持ち

※本記事は、へるす出版・月刊誌『小児看護』の連載記事を一部加筆・修正し、再掲したものです

★2022年11月号 特集:子どもの緩和ケア;どこにいてもどんなときも子どもらしい生活を支えるために
2022年10月号 特集:麻酔下で手術や検査・処置を受ける子どもの看護;部署や職種を越えた切れ目のないケア
2022年9月号 特集:18トリソミーの子どもと家族の「生きる」をチームで支える

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