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1枚の企画書からはじまった、知的障害のある人たちの“音”の企画展「ROUTINE RECORDS」クリエイター対談

知的障害のある人は、何度も繰り返しの行動をすることがある。その「音」に着目し、社会へ届ける実験的な音楽レーベル「ROUTINE RECORDS」。2022年10月、ヘラルボニーによる新たな福祉実験が金沢21世紀美術館のデザインギャラリーに放たれました。

構想からおよそ2年をかけて実現したこのプロジェクト。担当したへラルボニー アカウント部門プランナーの大門倫子さんと、発案者でありこの福祉実験のクリエイティブを一手に担った株式会社HARKEN代表の木本梨絵さんに、「ROUTINE RECORDS」へのこだわりやプロセス、そしてへラルボニーのクリエイティブが目指すべき未来について、お話を伺いました。

「いつかできたらいいね」が実現へ

(左)HARKEN代表・木本梨絵、(右)ヘラルボニー・大門倫子

ーまずは、自己紹介からお願いします。

木本:ブランディングの会社「HARKEN」の代表・木本梨絵です。「ROUTINE RECORDS」のクリエイティブディレクターとして、企画の骨子の立案から、デザインフォーマットの設計、関わるクリエイターの方々のアサインなど、全体の統括をさせていただきました。

大門:ヘラルボニーのアカウント部門のプランナーの大門倫子(おおかど のりこ)です。私は2022年に新卒で入社してすぐに「ROUTINE RECORDS」のキックオフからこのプロジェクトに参加することになりました。木本さんともそのタイミングではじめてお会いしました。

「lab.5 ROUTINE RECORDS」展示風景[撮影:中川暁文/画像提供:金沢21世紀美術館]

ー「ROUTINE RECORDS」とはどんなプロジェクトなのでしょうか。

大門:知的障害のある人たちの日常の”音”にフォーカスした企画展です。

電車の中で、独り言のように同じ言葉をずっと呟いているような方を見たことはありませんか?知的障害のある人のなかには、同じ行動を何度も繰り返す=ルーティンを持つ方が多くいらっしゃるんです。ご本人にとっては、“心地良い行動”であっても、、一歩外へ出た途端に、怖い、不気味といった奇異な目で見られることも少なくありません。

「lab.5 ROUTINE RECORDS」展示風景[撮影:中川暁文/画像提供:金沢21世紀美術館]

そこで、ルーティンを持つ方々を「ルーティナー」と称して、彼らの行動習慣にまつわるさまざまな音を録音し、音源に変えて楽曲を制作しました。その楽曲を中心に、ヘッドフォンでその音を視聴できるコーナーや、自由に音をリミックスできるDJブースなどを設置した体験型の展示を行いました。

第一弾としてお披露目したのが金沢21世紀美術館です。発案者は、木本さんだと代表の松田から聞いています。

木本:ヘラルボニーさんとは、私が独立して会社を興す前の会社員の頃から繋がりがあって、自主企画の提案をしたことがあったんです。4年前くらいですかね。「ROUTINE RECORDS」という名前と、それに付随するイメージを集めた1枚の提案書を作りました。

提案にいくと、代表の松田崇弥さんが「いつかできたらいいね」とすごく喜んでくれて。それから「できることになりました」と連絡をいただいたんです。「いつか」で終わる企画って、実はとても多いんです。だからこそ、連絡をいただいた時は本当に嬉しかったし、こんな前例のない企画を実現しようと動くへラルボニーはすごいなと思ったんです。

ー木本さんは、どういったきっかけでこの企画を思いついたのでしょうか。

木本:障害とひとことで言っても人それぞれ違う特性がありますよね。そのユニークさがプラスに働くような引力を持った企画をやりたいとずっと考えていて。それで、いろんな企画を提案したんです。そのうちの一つが「ROUTINE RECORDS」でした。

実は、ヘラルボニーに出会うより前、九州の「菖蒲学園」という福祉施設にプライベートで訪れたことがあるんです。ちょうど音楽発表会の前日で、リハーサルをやっていて、入居者がみんなステージに立って歌っていたんですけど、リハーサルなのに本気なんですよね。全力で楽しそうに歌っている姿を見て、思わず「今日発表会なんですか?」って聞いてしまったくらい。その姿勢、クリエイティブなものをクリエイティブだとか考えずに、一切手を抜かずにただただ邁進している姿。そこにリスペクトを抱かざるを得なかった。

言葉にできない感情が溢れてきました。クリエイティブを仕事にしている自分にとっては、センセーショナルな出来事でした。

あらゆる競合他社と同じ土俵でも「かっこいいもの」

ーデザインのフォーマットを設計する上でどのようなことを考えましたか?

木本:まずは「とにかく、かっこよくしましょう」と話していました。福祉としてでなく、クリエイティブとして、あらゆる競合他社と同じ土俵に乗って、その上でより良いものでなければならない。とにかくかっこいいヘラルボニーを21世紀美術館で見せるということに振り切りました。ソリッドでも伝わる。”説明的”でなくとも、体験を通して"わかる"。

そういうへラルボニーの実績を作りたかった。空間デザイン、グラフィックデザイン、楽曲すべてにおいて。
楽曲も、アーティストのKan Sanoさんに担当していただき「Pマママ」という、とても素晴らしい曲が生まれました。Kan Sanoさん含め、スタッフそれぞれに私からお声がけして。想いに共感する精鋭たちが集まってくれました。

大門:突き抜けたクリエイティブをいざ実現させるための過程は、簡単なものではありませんでした。公共機関である美術館という場所において、分かりやすさ・見やすさも重要であるというのが大前提にあるので「これは文字が見にくいんじゃないか?」といったやりとりを何度も繰り返しました。

美術館の担当の方には「尖って見せたいんです。とにかくかっこよくしないといけないんです」と、何度もお伝えし試行錯誤して決めていきました。木本さんの姿勢を受けて、クリエイティブに妥協しない意識を私たちへラルボニーのメンバーも、一人一人強く感じるように変わっていきました。

クリエイティブ・アートの力を通じて、普段、福祉に関わりない人を巻き込んでいくことが「ROUTINE RECORDS」にはできる。障害と関係ない人にかっこよさを提示していくことにこだわってよかったと感じています。

“一見意味のないこと”にも意味があるかもしれない

ー障害のある人たちと、フラットな関係でプロジェクトを進めるために意識したことはありますか?

大門:ルーティナーから音を収集するために、木本さんと共に、21世紀美術館のある金沢市にある特別支援学校や全国各地のさまざまな福祉施設へ足を運び、普段の様子の撮影や繰り返しの日常音を録音して集めていきました。合わせて13人のルーティナーの音源を収集することができました。

金沢市内の特別支援学校での撮影の様子。

木本:みんな録音しているってことをわかってくれるんですよね。ペンで書く習慣を持つ人は、ずっと「キュッキュッ」って書いているんですけど、「OK!」と言うと「やっと終わった〜」みたいな様子に変わったり。

企画を理解しているわけではないかもしれないけれど、いま自分が注目されていて、何かに使われるようだからここはやらねば!みたいな。逆に嫌な人は逃げてゆく。ルーティナーたちの意志を尊重するということを大切にしました。

大門:木本さんのおっしゃる「尊重する」ってヘラルボニーでもとても大切にしている考え方で。ルーティナーたちの行動を、推測のみで決めつけないと決めていました。

“一見意味のないこと”と思われるようなルーティンの行動も、本人にとっては何か大切な意味を持つことかもしれないんですよね。例えば、会話を通じてその理由を聞けなかったとしても、それを勝手に推測して断定することは相手に対して失礼じゃないかなと思うんです。

ルーティン音の紹介文も担当させていただいたのですが、そうした点はとても意識して作りました。また、紹介文や撮影した映像については、すべてルーティナーの在籍する福祉施設やご家族への事前確認も行い、認識に齟齬のないように丁寧に進めることを大切にしていました。

木本:それから、今回の企画って、例えばクリエイターの音を集めるという座組みでもできるんです。ライターのタイピング音、カメラのカシャって音、書家の筆の音。それを集めても遠慮せずに素材として使えますよね。でも、障害を持っている方の音になると、なぜか気を遣うことがある。クリエイターとして、フラットに素材として割り切った使い方をすることこそ、相手へのリスペクトを持てるのではないかと思っています。

人の心の変化が透けて見えたガラスのギャラリー

ー大門さんは、このプロジェクトの反響・反応をどのように見ていましたか?

大門:半年間で8万人が来場してくださったんです。ガラス張りの展示会場だったので、人の考えや認識が目の前で変わってゆく瞬間を何度も目撃できたことは衝撃的でした。心を手で掴んで揺さぶられるような、強い実感の伴う体験を何度もしました。

「lab.5 ROUTINE RECORDS」展示風景[撮影:木奥惠三/画像提供:金沢21世紀美術館]
「lab.5 ROUTINE RECORDS」展示風景[撮影:木奥惠三/画像提供:金沢21世紀美術館]

ーどんな時にそう感じたのでしょうか。

大門:トークイベントの時、とある方が「私には障害のある子供がいて、毎日うるさいなと感じてしまう部分もあったけれど、このプロジェクトで楽曲を聴いて、素敵な音楽に囲まれていたのかもって思いました」と話してくれたんです。その瞬間、会場の空気が一変したし、私も本当に嬉しく思いました。

他にも、きっと別の目的で美術館に来たであろう女子高生たちが、「ROUTINE RECORDS」の展示を見て、写真を撮っていたり。透明なギャラリーの中で、そういう人の心の動きが全てが可視化されていたというか。普段はアートの先にいる人ってなかなか見えないので、そこを想像しながら仕事をするんですけど、このプロジェクトでは、たくさんの反応を目の当たりにすることができて、仕事に対する考え方も変わった気がします。

木本:私もトークショーの時、その場にいたんですけど、泣いちゃって。

大門:めちゃくちゃ泣いてましたよね(笑)

木本:号泣しちゃいましたね…(笑)。普段の仕事ではそんなこと滅多にないのに。感情が思いっきり揺さぶられて。そこが面白いというか、へラルボニーの特別なところですよね。

ー木本さんの感情が揺さぶられるポイントは、どういうところにあるのでしょうか?

木本:企画書を書いた時から思い描いていたシーンがあったんです。「ROUTINE RECORDS」を聴いた人が、帰り道に障害者の人に出会って、前だったら「うるさい、怖い」って思ってたけれど、「あっ、あの人、音楽を奏でるルーティナーだ」って感じる。

そういう変化があったら最高だよねって思い描いていて。トークショーでそういう言葉を聞けたことが嬉しくて。数としてはわずかかもしれないけれど、8万人の中に意識の変化が起きた人がいた。それもきっとたくさん。社会が少し変わったと感じられた。そのことが本当に嬉しいんですよね。

これからも拡張し続ける「ROUTINE RECORDS」

ー木本さんは、これからへラルボニーと一緒にどんなことをやりたいですか?

木本:まずは「ROUTINE RECORDS」が続くことを願っています。始めることは簡単で、続けることは難しい。これは続けたら世界が変わるぞって本気で思えるプロジェクトだから、大切にしたいですね。

あとは、少し話が大きくなるのですが、物語性が大事な時代で、へラルボニーは物語を持っているブランドだからこそ、そこに甘えないってことが大事だなと思っています。物語がなくても、聴きたい音楽、買いたい服、見たいアートがあって、後々文脈を知るっていう。物語を知らずとも勝負できるような、純粋なクリエイティブが音楽でもグラフィックでも求められてくんだろうなと思います。

ー「ROUTINE RECORDS」の次回も、物語なきヘラルボニーも、楽しみにしています。

大門:次のタイミングをずっと狙っています。世界に出ていけるプロジェクトだと思っているので。

木本:WEBに音源を格納してフリーダウンロードして、みんな音楽を作れるようにするのもすぐできるし、世界中の福祉施設やご家族からルーティンの音が集まってくるみたいなこともWEB上でできたらいいですよね。いろんなDJや音楽家たちが実は音源を使っているとか。フリー音源化して、あらゆる最先端の音楽の中に隠れルーティンが潜んでいるみたいな。ぜひやりたいですね。

大門:本当にやりたいです。木本さん、私のロールモデルなんです。人事の面談でもそう答えました。これからもぜひよろしくお願いします。

木本:え!嬉しいです。こんな告白タイムが!(笑)こちらこそよろしくお願いします。

聞き手、執筆:長島太陽/撮影:橋本美花/編集:小野静香


「ROUTINE RECORDS」特設サイト

STAFF CREDIT
ROUTINE RECORDS
企画:松田崇弥 玉木穂香 宮本英実 大門倫子(ヘラルボニー)
アートディレクター:木本梨絵(HARKEN)
アシスタント:坂本理子(HARKEN)
スチール / ムービー:yansuKIM(YOIN inc.)
グラフィック / デザイン:八木幣二郎
空間設計 / デザイン:西尾健史(DAYS.)
Webエンジニア:齊藤匡佑
音楽ブース監修:DJ 1,2

“ROUTINER”たちによる、独創的なビートの数々はこちらから試聴できます


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