【論文読解(紹介)】Roger Kamien、1993年、モーツァルトとベートーヴェンの作品における伴奏と旋律の拍節パターンの衝突:予備的研究

原題 Conflicting metrical patterns in accompaniment and melody in works by Mozart and Beethoven: A preliminary study

この論文では、伴奏とメロディーが異なったハイパーミーターを示唆しているように思われる例をいくつか挙げて議論を行っています。しかしこの論文は、こうした現象を理解するための新たな枠組みを与えるようなものではないと思われます。ですからここではKamienが挙げている例を紹介することを主要な目的としましょう。




事例その0:メンデルスゾーン、交響曲第3番「スコットランド」の第1楽章終結部

Kamienはまず、シェンカーがメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」の第1楽章の例を挙げて、MeterとRhythmの間の衝突の問題を論じていたことを引用しています。(Free Composition, p.123f)

次のURLの6分26秒、楽譜のEセクションからが、シェンカーの指摘した部分です。 https://www.youtube.com/watch?v=PoHooMaTZcU&t=382s

当該箇所をピアノ2手版で分かりやすく示した動画を作成しました。

シェンカーは上に挙げたような譜例を示し、次のように述べていました。

上声部のリズムは、下声部と異なった拍節的構成の一部をなしているように思われる。まるで互いに対立し合う2つの拍節的構成であるかのようだ。このような鋭いコントラストを単独の拍節構造の中に持ち込むためには統合のための特別な力が必要となる。

The rhythm of the upper voice seems to be part of a metric scheme different from that of the bass. It is as if two metric schemes were operating against one another. To bring such sharp contrasts into balance within a single meter requires special powers of synthesis (…)

Free Composition, p.124

Kamienは引用していませんが、上記の引用箇所の少し前を読むと、シェンカーがアップビート(アウフタクト)を目印にしてメロディー側の強小節を判定していることが分かります。つまり、この例では、m.181で伴奏がすでに強小節を開始しているように思われるのに、メロディーはその同じm.181にアップビートを持っているので、m.182から強小節が開始するように感じられるのです。

シャクターとロススタインがこれより前に同様な問題を論じているとのことです:Schachter (1987, pp.29-36, pp.53-59) と Rothstein (1989, pp.199-213)。Rothstein (1995)(*) はベートーヴェンの作品における下拍の衝突を論じています。Ratner (1980)、Burkhart (1987)、Schachter (1991)がモーツァルトのドン・ジョヴァンニにおいてこの手法が異常な頻度で現れる例を挙げています。
(*)Kamienは1993年と書いているが、これはRothsteinが論文の初期バージョンをKamienに見せた年のようだ。実際にRothsteinの論文が発表されたのは1995年です。

Kamienは次のような図を示してこの手法を要約しています。

この論文でKamienは、この種のリズム的手法が、重要な作曲上の資源として使用されているということを、モーツァルトとベートーヴェンからの4つの事例で見ていこうとしている。



事例その1:ベートーヴェン、ピアノと管楽のための五重奏曲作品16第1楽章

Kamienの示した例3は提示部冒頭からです。次のURLの動画の3:04からの箇所になります。https://youtu.be/hp2OeRdWh_g?t=184

次の動画に例3の問題となる箇所をピアノ2手用のヴァージョンで示しました。

m.31で拍節的な衝突が生じています。つまり、伴奏はm.31からハイパーミーターを開始しているように感じられるのに、メロディーはm.31に2つの4分音符からなるアウフタクト(アップビート)を持っており、m.32からハイパーミーターを開始するように感じられるということです。この衝突は、mm.39–40で、メロディー側の拍節構造に合わせる形で解決されます。

この衝突は再現部では現れません。次に似たような形が現れるのはコーダなのですが、そこではこの衝突が解消されています(例3b)。

Kamienの示した例3bの箇所はコーダの最初からであり、次のURLの動画の11:54からに当たります。https://youtu.be/hp2OeRdWh_g?t=714

次の動画はさきほど同様、ピアノ2手版で問題となる箇所を示したものです。

Kamienは、この事例から何か重要な情報を引き出そうとはしていないようです。



Kamienは、不協和音の解決になぞらえて、m.36からの伴奏とメロディーの「衝突」が、m.336からのコーダでは「解決」されている、と指摘していますが、良くない呼び方であると思います。それは、この論文で挙げられるような「衝突」はかなり多く見られるのに、それが「解決」される事例はほとんど存在しないことから、この「衝突」という現象が「解決」を要するような性質を持っていないと考えられるからです。しかしクーパーとマイヤーがこの種の不一致を不協和と呼んだために、このような現象を解決を要する性質を持つという先入観を持って研究する研究者が非常に多いようです。

多くの理論家に共通する問題点として、類似した事例を多く集めることをせずに、少ない事例を、しかも特に典型的でもない若干解釈が難しいような例を挙げて、その事例のみから断定的な結論を下す、ということが非常に多いことが挙げられます。しかも、それぞれの理論家が別々の例を挙げて互いに解釈をぶつけ合うことをしないのです。確かに作曲家の個人様式や作品の得意性などを明らかにしようとするならば特殊な事例が重要になるのですが、理論的な議論ではむしろ一般性が重要になります。ですから非常に簡単な事例を数多く集めることが最も重要なのです。

Kamienはベートーヴェンの作品16を例に挙げていますが、これはピアノとオーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットという編成の楽曲であり、例として挙げるのにふさわしくない曲でしょう。理論的な議論をするならば、できるだけ誰にとっても楽譜が読みやすく、また簡単に演奏して確認できるような楽曲を例に選ぶべきであろうと思います。



事例その2: モーツァルト、ピアノソナタK.333第2楽章

Kamienはこの曲で、16分音符の伴奏が始まる時に、同じリズムモティーフがメロディーに現れることに注目します。次の譜例に示すような形が、m.8の他に、m.21, m.29, m.43に現れます。ところがそれらは同じリズムに思えるのに、それぞれ解釈のされ方に微妙な違いが生じます。


m.8は、8番目の小節ですから普通のペリオーデならばハイパーミーターの最後の小節となるはずです。Kamienはm.8が「強く」なる理由に、mm.6–7のヘミオラを挙げています。アメリカの理論家の多くはアクセントの存在と強拍の位置を同一視する傾向があります。しかしヘミオラの後が常に強拍になるわけではないのですから、ここで理由として挙げるのは、その場しのぎの理由付けに過ぎません。


m.21にも似た形が見えます。Kamienはm.21の終わりの8分音符の連続を通常のアナクルーシスとみなして、m.22からハイパーミーターが開始すると解釈しています。しかし、m.21からハイパーミーターが開始する解釈もありうると思いますがいかがでしょう?そう解釈するとmm.21–28が4+4の8小節となり終結部のスカート構造とよく似た構造になります。


mm.29-30は明らかに終結部のスカート構造です。

Kamienはm.29からm.31を、8番目の小節であるm.29の拡大されたものとして理解しています。しかしこれはリズムを軽視したシェンカー理論的な理解でしょう。m.29とm.30がよく似た形を繰り返しているのに拍節的な関係が存在しないなどということは考えられません。


m.43は、始まり方がm.8とよく似ています。Kamienはm.43から伴奏のハイパーミーターが始まるが、メロディーのハイパーミーターはm.44から始まると解釈しています。ハイパーミーターは4小節で終わるので、Kamienの解釈では、伴奏のm.47が新たな強小節とみなされています。しかしmm.48–49は終結部のスカート構造に似た構造ではないでしょうか?



アメリカのハイパーミーターの考え方は、4つ組が1つの単位で、4の次には自動的に新しい強小節が来るものとされます。しかし私には、それほど特別のイベントの発生していないm.47が新しいハイパーミーターの先頭とみなされるとは到底思えません。16分音符による伴奏の開始をハイパーミーターの開始の合図として重視するならば、m.48で伴奏の形が変わったこともハイパーミーターの開始の合図として重視されるべきなのではないでしょうか?



事例その3:ベートーヴェン、ピアノソナタ第17番作品31の2「テンペスト」第2楽章


ベートーヴェンのピアノソナタ「テンペスト」の第2楽章からは2箇所が例として挙げられています。

m.1の低い和音と、m.2のメロディーの開始について、m.1全体をアウフタクトとする解釈もありそうに思えますが、次に挙げるように、ベートーヴェンのスケッチでは、mm.1–2をまとめて6/8拍子の1つの小節に書き入れています。また、m.8からm.9に入る時の様子から、さかのぼってm.1が強小節でなくてはならないと判断するのもありでしょう。

続いて問題になるのはm.17から始まる新しい伴奏形と、遅れて始まるメロディーです。

m.16までは、4小節ずつの規則的なハイパーミーターが想定されます。ですから、m.17は伴奏も新しく始まるので明らかに新しいハイパーミーターの開始の地点と言えるでしょう。しかしメロディーだけに注意して聴いてみると、異なった位置にハイパーミーターを感じることになります。



事例その4:ベートーヴェン、ピアノソナタ第23番「熱情」作品57第1楽章


熱情ソナタの1楽章の第2主題はm.35で伴奏から始まり、メロディーが遅れて入ってきます。次の動画をご覧ください。

m.35を序奏と理解する人もおられるでしょう。Kamienはm.35をハイパーミーターの1つ目の小節であると判断できる理由をいくつか挙げています。その中でKamienが一番重視しているのは、m.39で伴奏がオクターブ上に移ってm.35を繰り返し、そしてこのm.39の先頭からクレッシェンドを開始している点です。確かにm.39から再び始まる印象がはっきり感じられます。

Kamienはさらに独自の主張を行っています。m39以降が、mm.35–38の繰り返しとなるだろう、ということは誰でも予想できるとは思うのですが、実際には途中で終わってしまって完全に繰り返さないように思えます。しかしKamienの主張では、mm.39–50の12小節全体が、mm.35–38に対応する部分だと言うのです。彼の主張はもはやリズムの問題を離れてしまっています。シェンカー理論に関わる理論家はしばしばこのような議論を持ち込みますが、ここでは深入りしないことにしましょう。

なお、m.41以降では旋律と伴奏のハイパーミーターにおけるズレは解消している。


次の動画は展開部での同様の事例です(m.109)。

先程の動画で見たm.35からの進行が、m.109以降では細かく繰り返して引き伸ばされていることが分かると思います。ですから、mm.35–38の4小節に当たる部分は、mm.109–112と、mm.113–116の2つの4小節に増幅しています。

m.119は、m.111や、m.115にある4度下降を行いますが、m.120以降も4度下降を繰り返すことで、たしかにmm.109–112とmm.113–116で成して来た4小節のパターンを完結させないことになり、3小節目や4小節目の「機能」を引き伸ばしているように思えます。しかしやっぱり旋律と拍節の対立とは関係ない話題であるので、深入りすべきではないでしょう。


最後はコーダです。

この形を見ればさらに、m.239がハイパーミーターの強小節であるとはっきり分かると思います。そしてメロディーはやはりm.240に強小節があるように感じられます。この形を繰り返した後、m.243からは新しいハイパーミーターが始まります。これは3小節ずつを2回出して和音の連打へと進みます。和音の連打も3小節ずつに区切ることができます。Kamienの示した譜例(動画で移っている画像)では4=1と書いてありますが、これはハイパーミーターの4小節目に、次のハイパーミーターの1小節目がワリコミを行っている箇所を指しています。このワリコミのために、3小節のハイパーミーターが形成されるわけです。



結局の所Kamienは、冒頭でシェンカーが示した例と似たような事例をたくさん挙げてくれてはいるのですが、そこに何か一般的な理解を与えてくれるような議論は行っていないようです。Kamien本人もこの論文を「予備的研究」としています。

Kamienが提起しているような構造は、私が別の記事で説明したウラを取る形やウラシャのパターンとして説明できるように思います。


Schachter, Carl. 1987. Rhythm and Linear Analysis: Aspects of Meter. The Music Form 6, pt. 1: 1-59.

Rothstein, William. 1989. Phrase Rhythm in Tonal Music. New York: Schirmer
Books.

Rothstein, William. 1993, Beethoven mit und ohne Kunstgespräng: Metrical Ambiguity Reconsidered. Paper presented at the conference Beethoven in Vienna: 1792-1803, the University of Connecticut.


カテゴリー:音楽理論

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