見出し画像

正しい夜明け/樹海の車窓から-2 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

「でな、会いに来てもらえねぇならこっちから会いに行くしかねえのヨ、もち物理的には無理よ? だったら電線伝って家まで会いに行けばいいワケ! こないだナンバガだって演ったっしょ、無観客で」

ホワイトボードに絶妙にクラッシュした文字で書かれた「インターネット配信ライブの意義とは?」との文字列を背景に、折り畳みテーブルにマックを置いて「インターネット配信ライブの意義とは?」をややしゃがれ気味のシブい声で我々に滔々と説く色男。180センチ近い長身はいわゆるモデル体型と言うやつで、ボタンの辺りに花柄の刺繍の施された不可思議なデザインの革ジャンを丸の内OLの如きスタイルで肩に軽く羽織り、肘上よりも肘下の方が長く見える腕を優雅な所作で組んで小首を傾げ、「ライブハウス開いてなかったらスタジオでやれば良いし、コンピュータ一台ありゃインカメで幾らでもやれんのヨ。良い時代になったよなァ」と続ける。首を動かす仕草と同時に、まったくどんなシャンプー使ってんのかと疑問に思う程ツヤのある肩までの黒髪が、水墨画のように見事なウェーブを描いた。
紙のように白い肌に神の如く高い鼻、その辺のお化粧美人が裸足で逃げ出すやたら赤い唇と二重瞼。サイドに白い線の入った――おそらくおれが着たら高校の体操着になってしまう――黒のストレッチパンツに包まれた夢のように長い脚を無意識なのか意識的なのかクロスさせたモデルポーズで、色男はニンマリと口角を引き上げる。

「と言うワケで、お前等もやれ。開催日は今月末日、目標視聴者数は1000だ。いいな?」

“空即是色色即是空”と白抜きの筆文字で書かれた黒いTシャツの胸を張って腰に手を当て言い放つこの色男。実は、我々HAUSNAILSが所属するインディーレコードレーベル「偏光レコード」の代表取締役社長である。

設立よりもうすぐ二年が経過する駆け出しのレコードレーベル、偏光レコード。未だ所属アーティスト二組の弱小レーベルではあるが、その稼ぎ頭である言わばウチらの先輩に当たるバンドは、若手のライブバンドやライブキッズからしてみれば知らぬものなどいない、泣く子も黙る“現世最強のロックンロールバンド”である。その名も、ザ・キャットテイル。
ちょっと可愛らしい名前をしているが侮るなかれ。今年で結成二十周年、ファースト・シングル『コピーテープじゃ終われない』リリースから数えて活動開始十五周年を迎えた中堅ヴィジュアル系バンドだ。ボーカルのジル猫実(ねこみ)、ドラム紺野ヒロミ、ベース九条ジュン、ツインギターの春原佳久(すのはらよしひさ)とギャツビー石川からなる五人組で、歌謡曲とクラシックをベースにしたコテコテのロックンロールがウリ。ワンマンツアーが決定すれば各地秒速でソールドアウト、長年活動の拠点としている下北沢では二年に一度、主催サーキットイベント「SHIMOKITA CROSSING」を開催している。揃いの黒いスーツとメンバーいち浮世離れしたイケメンフロントマン・ジル猫実の白手袋がトレードマークで、猫実によるキメ台詞「天上天下唯我独尊、俺達は“現世最強のロックンロールバンド”ザ・キャットテイルだよろしくな」はおれ達のような若手バンドマンの間では有名すぎる程有名。誰もが物真似してみた経験があるはずだ。
ライブでは猫実が手袋の中指の端っこをくわえて外す“手袋プレイ”のコーナーが必ずあり、そこで前列の女子達が何人か卒倒するのも名物。アニメタイアップや企業コラボ等インディーズながらメジャーレベルの仕事も数々やってのける、弟分からしてみたらデカすぎるたんこb……もとい、アニキの背中、と言う感じの存在である。

初めてレーベルの事務所に赴きパイセンに顔見せをした際、音楽の趣味から女のコの好みまで見事なまでにバラッバラなおれ達にしては珍しく、四人揃って全く同じ感想を抱いたものだ。
「(……ジル猫実、実在するんだなあ…………)」

そんな、泣く子も黙るロックンロールバンドであるザ・キャットテイル。実は今おれ達の目の前で仁王立ちしている所属レーベル社長が、そのカリスマボーカル、ジル猫実三十五歳そのひとなのだ。


ジル社長は腰に手を当てたポーズのまま「そうだ、投げ銭も募ろう」とひらめき顔で続けると、嫌になる程整った顔面をイヤラシく歪めてほくそ笑む。「目標は、一万円。達成出来なかったらウチの店でバイトな」
因みに社長はマネジメント事業以外に台湾スイーツカフェを経営している。何故台湾で何故スイーツなのかはヤツの趣味なのでよう知らんが、今までのライブハウスでの公演でも十人も客を集められた試しがなかった底辺ロックバンドにとってはとんでもなく残酷な無茶ぶりだ。フッちゃんや九野ちゃん、キヨスミが「鬼!」「鬼畜!!!」「守銭奴!!!!!!」「エロ男爵!!!!!!!!!」とがなりたてて抗議するのをプライベートにつき白手袋を纏っていない大きな手で制した社長は、「だから、」とテーブルの上のマックを示す。
「先達の雄姿を観て学べっての! 先週開催されたてホヤホヤの、現世最強のロックンロールバンドの配信ライブ映像がここにあるのさ」

と言うわけで、我々HAUSNAILS一同は現在、事務所の大先輩であるザ・キャットテイルが先週動画配信サイトのライブ配信機能を活用して行った、インターネット配信ライブのアーカイブを半ば強制的に鑑賞させられているのであった。
普段のライブパフォーマンスと遜色ないぐらいに本気で鳴らされるモノホンのロックサウンド、そしてバッチリカメラ目線でドラムロールをバックに展開される手袋プレイに歓声を上げて見入るよく躾けられた弟分三人に対し、おれはひっそりと画面から目を反らす。別に、その小さな画面の中で繰り広げられる、もぬけの殻のライブハウスでのアツいパフォーマンスに文句があったわけでは断じてない(と、今後の偏光レコード所属アーティストとしての自分の立場のために一応注釈を付けておこう)。

実は、その時のおれは足元からじわじわと這い上がる、忘れかけていたあるひとつの懸念の気配に人知れず怯えていたのだった。

「ん? 組長だけノリが悪ィな、腹でも痛い?」
地獄のような目つきの悪さを理由に中学時代に同級生より賜った物騒すぎる渾名でおれに呼びかけるジル社長。名探偵コナンの元太くんを気遣う阿笠博士のような語彙だが、暗転した画面に移り込んだ己のツラのあまりのシケっぽさに思わず納得する。こりゃ腹が痛えや。
いたたまれなくなって思わず笑ってごまかすと、隣に座っていたキヨスミがキャンピングチェアーをガタガタ言わせながら近づいてきた。おれの耳元に唇を近づけ、ライブハウスじゃオンナ殺しの武器になる高めのハスキーボイスでボソリと囁く。
「組長はさ、がっかりしてんじゃないの? 新曲作んなくても良くなると思ったのに~ってサ」

おれは彼奴の悪魔の囁きに、心底震えあがった。何故なら、図星ド真ん中だったからだ。


2018年設立、架空のインディーズレコードレーベル「偏光レコード」です。サポート頂けましたら弊社所属アーティストの活動に活用致します。一緒に明日を夢見るミュージシャンの未来をつくりましょう!