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育休inシンガポール(第2子)

こちらの記事でまとめたように第1子の仕事復帰はとてもスムーズで順調だった。うまく行った理由は①夫と完全に手分けしてお迎え&お世話ができたこと②息子がねんトレできていて寝かしつけ不要+夜通し寝てくれたこと③息子が病気しにくい健康体であったこと④ピンチのときに頼れる家族が近くにいたこと。

①と②は努力でどうにかなることだと思うけど、③に関しては運次第という気がするし、④はどうしても色々な事情でそうはいかない人もいるはず。だから私たちはラッキーだった。

第1子のあと復帰して気づいたこと

うちの息子は病気が少なかった方だと思うけど、それでも風邪の流行る冬の間は保育園から電話がかかってくることが1ヶ月半に一度くらいのペースであった。仕事中に携帯が鳴り「保育園」と表示されると心臓が止まるあの気持ちは何とも言えない。

子供の具合が悪かったらもちろん仕事より子供が優先になる。上司も同僚も理解してくれるし、やらなくてはいけない仕事は後ほど家からキャッチアップするから誰にも責められることはない。でも、そういう時いつもやるせない気持ちになった。自分の思っていたやり方で仕事を進められないことがストレスだった。しかもコントールしきれない子供の体調が原因で。

2人目も欲しい+仕事ももっと頑張りたいと思った時、私はその環境では自分の思い描く幸せな働き方と家庭生活の両立はきっと叶わないと考えるようになった。

理想のワークライフバランスを求めて海外へ

まだ夫婦ともに30代前半だったし、仕事もやる気があって全力でやりたかったから、育児との両立を実現するためには「メイドさん文化のある国に引っ越してそこで働こう!」という結論になった。行き先は英語が使えて、安全で子育てがしやすそうなシンガポールがベストと考えた。

目指すのは、第2子が生まれたあとの私の仕事復帰を海外ですること。夫も私も世界中に支社のある大企業で勤めていたから、転職ではなくそれぞれの会社のネットワーク内でポジションを探そうとなった。

理想のプランは2人目を妊娠→日本で出産→育休中に引っ越し→シンガポールで復帰、の流れ。ものすごくラッキーなことに希望のタイミングで妊娠もできて、夫がシンガポールでのポジションを確保できて、いよいよ私たちの理想のプランの実行となった。

産後1ヶ月でシンガポールへ引っ越し

出産予定日の6週間前から産休に入り、引っ越しの準備を始めた。持ち家をどうするか(売る?賃貸?)、車を売る手続き、それぞれの会社への手続き等やることはたくさんあった。(しかもフランス人の夫は日本語レベルがベーシックなので私がリードしなきゃいけないことがたくさん)その間頻繁に妊婦健診に行ったりして、とっても忙しい産休だった。

2018年7月12日が出産予定日で、シンガポールへ引っ越し予定は8月10日。赤ちゃんが生後1ヶ月にならないくらいのタイミングでの引っ越し。私はもう少し落ち着いてから引っ越したかったが、夫の現地での仕事開始日をこれ以上後ろ倒すことができなかったため、みんなで一緒にえいやで引っ越そうと決めた。

赤ちゃんが生まれてからの怒涛の1ヶ月の記憶はほぼない笑 帝王切開で生まれたので長めの1週間の入院期間があり、それを経てやっと家に帰ったその瞬間から目まぐるしい引っ越しまでのラストスパートが始まった。

出生届や新生児のパスポート申請で区役所やパスポートセンターをまわった。マンションのテナントが見つかったから不動産会社と書類の手続きしたり、車を売るフォローアップも。それをすべて新生児と2歳になったばかりの上の子の世話をしながらやってたから我ながらよくやったと思う…

途中何度も「引っ越し間に合わないんじゃないか?!」と思ったがなんとか無事にシンガポールへ到着でき、異国の地での育休が始まった。

異国の地でのワンオペ育児スタート

着いてすぐ夫は新しい仕事が始まり、私は小さい子供2人の平日のワンオペ育児が始まった。サービスアパートメントでまずは暮らしていたから部屋の掃除とシーツの交換は必要ないけど、その他は全部私がやった。

それまで息子は日本で毎日10時間ほど保育園で預かってもらっていて、そこでお外遊び、工作、お歌や本の読み聞かせなど色んなアクティビティをしていたから、夫が不在の11時間をどう乗り切れるかとっても不安だった。体力の有り余っている2歳児1人だけのお世話も大変なのに、生後1ヶ月の赤ちゃんも一緒にいるから尚更…

とにかく体を動かして疲れさせようと思っても、赤道に近い常夏気候のシンガポールは日中のお外遊びは不可能。プールはあっても生後1ヶ月の赤ちゃんもいるから私が一緒に入ってあげられないからそれも無理。日中はとにかくサービスアパートメントの部屋で過ごすか、外の室内遊び場で過ごすしかできなかった。

2日目にして「この生活は続けられない」と思い現地に住む日本人のお友達に相談したらシンガポールの保育園は一時預かり/短期間でも気軽に預かってくれるよと教えてくれた。コミットする必要がないなら慎重に比較検討しなくてもいいので、早速3日目には紹介してもらった保育園を見学しにいき、その翌日の4日目には息子をそこで預けることになった。

生活の中心が保育園の送り迎え

その保育園は9時頃から閉園の17時まで(早いよ…)預かってくれるところだった。毎日30度以上の暑さの中、抱っこ紐には生後1ヶ月の赤ちゃん、ベビーカーには2歳の息子を乗せてバスに乗って送り迎えする生活が始まった。安定して毎日暑いし、南国だから歩けなくなるくらいのスコールも頻繁にあって送り迎えだけでも子供2人だと大変だった。

バスの待ち時間含め片道25分くらいするから、朝と夕方の2往復で合計2時間くらい送り迎えにかかるから、赤ちゃんのお世話、買い物、夕飯の準備、洗濯などをしていたらあっと言う間にお迎えの時間になった。その頃の2人目はほぼ1日中抱っこ紐の中で生きていた笑

住むマンションを決めたらその保育園は遠くなって通いづらくなったので、結局5週間ほどしか通わなかったけど、すぐ預かってくれて本当に助かった。今でもものすごく感謝している。

ちなみに、この時の保育園の料金は1日あたり80SGD=6500円くらい。1ヶ月13万円くらいの料金だった。割高だけど、ベジーシッターを依頼したら同じ時間数面倒見てもらって料金が倍になるから、その時のベストオプションだったと思っている。

育休の終わりと新しい日常

サービスアパートメントに5週間滞在したあとはマンションに引っ越した。改めて保育園見学をして、友達の口コミで近くの良い学校を見つけることができた。そこもまたバスの送り迎えをする必要があったけど、夜の7時まで開いていたからもう少し時間を確保できて助かった。

そのうち船便が到着し、家の中が落ち着き始めたら家族が早速フランスと日本から会いに来てくれたので、無事にワンオペ育児から少しの間解放された!シンガポールに引っ越してから約3ヶ月目にして、やっと赤ちゃんと新しい環境を楽しむ心の余裕が生まれた。

2人目の育休は計5ヶ月半だった。前半は必死過ぎて記憶があまりないけど、精神的•体力的にかなり鍛えられた時期で今となってはとても良い思い出。長くなったので仕事復帰後の話は次回の記事で。

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