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へきちの本棚②(処方箋になる本)

第2回のへきちの本棚では「処方箋になる本」をテーマに松田洋和田渕正敏がそれぞれ6冊の書籍を選びレコメンド文を用意しました。会期中はそれをもとに参加者と対話しました。
下記にレコメンド文をアーカイブとして掲載します。

横道世之介
吉田修一

発行日_2009年9月20日
発行元_毎日新聞社
デザイン_原 路子
イラスト_南川史門

SNSなどを見ていると、ふと世の中が何者かになることを(振る舞うことを)強制しているかのように感じることがある。「何者でもない」ままでは自分に価値がないのか。その問いに「そんなことないよ」と言ってくれる本はたくさんあろう。 でも、「いやそんなことよりさ」と今この瞬間に引き戻してくれる本は、存外多くはないかもしれない。世之介のことをひとことで説明するのは難しい。 実直だが打算もあるし、人を裏切らないが見かけで判断する浅はかさもある。 大抵は呆れる行動を取るくせに、そこに正直な彼の姿を見てもしまう。 だが不思議とこの本を読むと、とにかく目の前のことを一生懸命に取り組もうという気持ちになるのだ。(松田選)

ウサ太夫
髙野F

発行日_2020年3月10日
発行元_扶桑社

ただ単に好きなものを挙げているだけではないか、と非難されたら否定できない。この本が発売される前は好きすぎて自分で本にまとめたくらいだ。 実は真似をして描いて勝手にセリフを言わせて楽しんだりもしている。読んでいるひとときは束の間現世のことを忘れてしまう。 そうしているとなんとなく「まぁ今日はもう寝るか」と横になってしまうのだ。これは決して「癒し」とか「前向きな気持ちに」とかいうものではなく、太夫’sの行動は至って真っ当な理性からくるものに思える。 この読後感は「(人間を含む)生き物ってそういうものでしょ」という達観なのかもしれない。(松田選)


ブックデザイナー 鈴木一誌の生活と意見
鈴木一誌

発行日_2017年7月23日
発行元_誠文堂新光社
装画_刘曾林(succulency)
製作_室賀清徳
編集_郡淳一郎
校正_前田年昭
図書設計・組版_長田年伸

会社員だったとき、ついぞ自分が所属している会社のことを「うちの会社」と言うことができなかった。 一方で、会社が長い年月をかけ培った信頼の上に立たせてもらっているに過ぎないことを自覚させられることが多かったのも事実だ。生きていると、望む望まない拘らずどこかに帰属してしまうため、ただの一つの個として立脚することは存外難しい。 鈴木一誌は、注意深く消費社会からゆっくりと距離を取り、大きな何かに飲み込まれることなく物事を見ている。 そのバランス感は、経済活動と共に発展してしまった日本のデザイン(だけではなく社会活動そのもの)が溢れ落としてしまったも
のではないだろうか。(松田選)


圏外編集者
語り 都築響一

発行日_2015年12月10日
発行元_朝日出版社
ブックデザイン_佐藤亜沙美
装画_大竹伸朗
本文写真_田中由紀子、都築響一
DTP_越海辰夫
校正_小島泰子
編集_平野麻美(朝日出版社第五編集部)

何かに興味を抱いたときの最初の気持ちをずっと持ち続けることは難しい。「 情熱」や「衝動」をガソリンに走り続けることはできないから、他の目的や手段を見つけたり仲間を作ったりして、なんとか走り続けている人が多いのではないか。 そこに納得できるのならいいが、もし何か違うと思うのならば、ぜひこの本を読んでほしい。 ただ、注意したいのはなにも「最初の情熱や感動がなによりも大事」という話ではない。 重要なのは「“何か違う”を見過ごさない」ということ、「一人でやる」ことのほうだ。 都築響一は絶対に主語を他者に明け渡さない。 自分が信じるものを、自分が信じるやり方でやる。 ロードサイド上等だ。(松田選)


Vinex Atlas
Joost Grootens

date_2018
publisher_010 Publishers
design Studio_Joost Grootens

オランダの国土計画のひとつ、「Vinex」地区のプログラムをまとめた本。 美しい地図と地勢図、ダイアグラムが数多く収録されている。 一方でJoost Grootensは、これらの地図は「美しさを楽しむもの」とは違うことを強調する。 雑誌アイデア349号のインタビューでは、自身をデザイナーとして扱う
ことすら躊躇いがあった旨話していた。 自分がやっていることは図の制作である、と。さらに、別の著書では、“I Swear I Use No Art At All”というタイトルもつけている(この言葉は、そのまま私の指針となっている)。 情報を起点としビジュアルを紡いでいくこと、地味で時間がかかってもそれを続けること。 焦りがあるときほど、時間がかかる方法で始めたい。(松田選)


文学効能辞典
エラ・バーサド/スーザン・エルダキン

発行日_2017年6月30日
発行元_フィルムアート社
訳_金原瑞人/石田文子
ブックデザイン_戸塚泰雄(nu)
装画_堀 節子
日本語版編集_薮崎今日子(フィルムアート社)

この本自体が医者のようなものなので、これを選ぶのはやや反則なような気もする。ジャンルとして「レコメンド本」というものがあるが、私は子供の時からそういうものが好きで、勧められるがままに順番に読んだり聴いたりすることで、知らない扉を開けることを手伝ってもらっていたように思う。
この本が数多あるブックガイドと少し違うのは、「症状」に対して本を「処方」してくれることにある。 ユーモアのある処方は魅力的なのだが、その症状もまた魅力的である(「パートナーが読書好きでない」「文学通に見られたい」など)。 一方で「純真な心を失ったとき」に処方される「すももの夏」は、それこそが読書体験の持つ喜びと素晴らしさに溢れている解答だろう。(松田選)


うつヌケ
田中圭一

発行日_2017年1月19日
発行元_KADOKAWA
ブックデザイン_須田杏菜

当時57歳の父親がある日突然仕事に行かなくなったと実家から連絡が来た。そんなことはこれまでには無かったので家族は困惑した。 母親がのんびりと見守り続けたお陰もあってか一月後には元気に仕事復帰していた。 父親のあれは何だったのかと疑問を持っていた頃、著者のツイートでこの本の事を知った。 自分の身近にも落ち込みやすい人が何人もいることが分かって、話す気力がある相手にはプラモデルでも作って気分転換してみてはと実例を参考にしてみたりもした。 父親は自分の父が亡くなった年齢を迎えて大きな不安に駆られていたと後に語った。(田渕選)


すべてはノートからはじまる 
あなたの人生をひらく記録術
倉下忠憲

発行日_2021年7月21日
発行元_星海社新書
アートディレクター_吉岡秀典(セプテンバーカウボーイ)
デザイナー_福島よし恵
フォントディレクター_紺野慎一

がんじがらめで身動きがとれないと感じた時こそ不要な情報や他者を気にせず自由に書ける場所を確保していたい。 真っさらのノートを手に入れてとにかく何かを書き記す。 それは単なるメモや欲しいものリストかも知れないし日記かも知れないが、そこには記述のルールが自発的に生まれているはずだ。 一般的から離れて自分で考えるということが始まっている。 何かやらなければならない事を抱えている時、例えば仕事はたいてい自身の調子とは無関係に日々乗り越えなければならない案件だらけだ。 そんな時、自発を促してくれる自分のノートが助けになる。(田渕選)


デザインの仕事
寄藤文平
聞き書き 木村俊介

発行日_2017年7月25日
発行元_講談社

この本は仕事と制作と生活を天秤にかけて悶々として「好きなことを仕事にするってどういうことだろう。」という帯文そのままに悩んでいた時に松田に勧められた。目の前の仕事に向けた疑問を社会の構造の中に見出すことが出来れば答えに辿り着かないまでも思考し続けることは可能かも知れない。 木村俊介の聞き書きによって考えに至るまでの道程にある思いが体験とともに綴られる。 読者に寄り添うような文体に「そうそう」と何度も励まされた。百戦錬磨のデザイナーの実技編とも言える制作プロセスは考え続けた先の豊かなフィードバックを生み出している。(田渕選)


英語日記BOY 海外で夢を叶える英語勉強法
新井リオ

発行日_2020年1月30日
発行元_左右社
装幀_加藤賢策(LABORATORIES)
イラスト・口絵デザイン_新井リオ

英語の学び直しに興味を持ち始めた時期に出会った一冊。 英語をやる気になってから遭遇する楽しみや苦難を乗り越える勉強法の工夫に溢れていて僕もやるぞと素直に勇気づけられる。 読みながらみるみるモチベーションが上がったのを覚えている。 著者は同業者(イラストレーター)で英語を介して夢を叶えていくサクセスストーリーも眩しい。 外国語を勉強するのではなく自分に必要な言葉を探すことの重要性に気付かされる。 この本でレコメンドされているオンライン英会話は受講して2年を経たが、異国に何人もの大切な先生が出来た。(田渕選)


ぼくの思考の航海日誌
東宏治

発行日_2012年4月20日
発行元_鳥影社
装丁_野村美枝子
カバー画_東宏治

日記ではなく日誌。 単なる日々の記録というよりは予め長期的な視点が設定されている様に思える。 航海のように出発点があって帰港して繰り返し現れる関心ごとに目を向ける。 文献からの引用や抜粋が多く、巻末の索引に著者の関心の偏りが現れていて興味深い。 全く知識を持たないジャンルの内容は理解出来ない事も多いが拾い読みができるのもこの本の大きな魅力だと思う。 自分が何に興味を持ち何をしたいのか分からなまま立ち止まる時、誰かのメモや感想がが思いがけず自身の関心のベクトルを知る方法になり得るかも知れない。(田渕選)


悲しみの秘儀
若松英輔

発行日_2015年11月30日
発行元_株式会社ナナロク社
装幀_名久井直子
装画_ひがしちか

25篇のエッセイには筆者の悲しみや苦悩とともにそれぞれに書籍の一節が引用されている。 引用された一節にはこの一冊には留めきれない余韻の広がりがあって、どのような流れの中で記された文章なのか確認せずにはいられないくなる。 石牟礼道子の文章が引用されたエッセイを読んで、この本を読みかけのまま苦海浄土を読み始めた。 悲哀を想像したり共感することを通り越してとにかく本を読むことしか道が無いように思えた。 どんな本なのか調べもせずにネットで購入したら届いた本の存在感に一層気圧されたのを覚えている。(田渕選)




へきち

田渕正敏(イラストレーション)と松田洋和(グラフィックデザイン・製本)によるアート/デザイン/印刷/造本の活動です。


田渕正敏

イラストレーター

最近の仕事に「アイデア402」装画(誠文堂新光社/2023)、「ゴリラ裁判の日、須藤古都離著」装画(講談社/2023)、ナチュラルローソン「飲むヨーグルト」パッケージイラストレーションなど。

最近の賞歴、第40ザ・チョイス年度賞優秀賞、HB File Competition vol.33 鈴木成一賞など。


松田洋和

グラフィックデザイナー

最近の仕事に「2023年度東京都現代美術館カレンダー」、「Another Diagram、中尾拓哉」(T-HOUSE/2023)、「奇遇、岡本真帆・丸山るい」(奇遇/2023)など。

最近の賞歴、ART DIRECTION JAPAN 2020-2021ノミネート、GRAPHIC DESIGN IN JAPAN 2023 高田唯 this oneなど。


へきちの本棚②(処方箋になる本)
2023/10/5(木)12:30〜17:30
2023/10/6(金)12:30〜20:30
2023/10/7(土)12:30〜17:30
会場:調布スペース





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