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『欅坂46』から読む-デモクラシーと気候正義 第一話

 2016年4月、欅坂46のデビュー曲として出された「サイレントマジョリティ―」は、その強烈なメッセージ性と力強いパフォーマンスで一世を風靡した。


 ある論者によると[1]、この曲は

体制に黙従する人々の姿とそれを打破しようとする若者の意志とを対照させた物語を描いている

という。また、楽曲とミュージックビデオとの組み合わせにおいて

「体制」や「管理」の典型的な象徴と、それに抵抗する人々を写す直截な歌詞とのコンビネーションは、レジスタンスを主題とするフィクションのクリシェを踏襲している

ともみなせると述べられている。

 このように、「サイレントマジョリティ―」をはじめとした欅坂46のいくつかの楽曲では、民衆が自ら決定を下そうとする「民主主義=デモクラシー」の可能性が生き生きと表現されている。

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[図1]サイレントマジョリティ―のMVより

 今回の連載では、欅坂46からデモクラシーを読み解き、民衆が主体となる「気候正義=Climate Justice」の可能性までを考えてゆきたい。

第一話「サイレントマジョリティー」と参加民主主義

 そもそも、デモクラシーとは何か?
 実はデモクラシーについての明確な一つの定義は存在せず、いまもなお論争が続いている。例を挙げると「参加民主主義」、「熟議民主主義」、「闘技民主主義」など、複数の民主主義が提案され、学問と社会を往還しながら試行錯誤されてきたのである。

・自由民主主義=リベラルデモクラシー

 現在の日本を含め、民主主義国家と言われている国のほとんどでは「自由民主主義」あるいは「リベラルデモクラシー」と呼ばれる政治形態をとっている。これは選挙を通して国民の代表としての政治家を選ぶというものであるが、さらに正確な定義は以下になる[2]。

自由民主主義とは、代表者によって構成される議会があり、複数の政党が競合しながら存在し、定期的な選挙で政治家を交代する仕組み(普通選挙)を備え、主権者は君主や貴族ではなく国民である

 しかし、議会や政党といった仕組みはあくまで間接的に民衆の意見を政治に取り入れるためのものであり、人々の直接的な決定を重視する立場などからは充分に民主的なものではないという批判がある。例えばある学者は「市民の意見が平等に政治に反映される、理想としての民主主義」と区別されるものとして、現代主流の政治制度を「ポリアーキー」と呼んでいる[3]。

 ポリアーキーとは、普通選挙による民衆の「参加」と、選挙を通じた複数政党の競争による「異議申し立て」の二つからなる。この「参加」と「異議申し立て」は民主主義に必要不可欠であるが、これだけでは民意が平等に政治に反映されるいう理想の状況には充分でないというのである。

 他にも自由民主主義に対しては、各集団を「中立的に」扱おうとするあまり、非正規雇用労働者やシングルマザーなど経済成長から漏れ出た人々を排除している、障がい者や性的少数者などのマイノリティ集団が抱える問題を無視している[4]、など強い批判が向けられている。

・Yesでいいのか?「サイレントマジョリティー」

 ここで、欅坂46の「サイレントマジョリティ―」の歌詞を見てみたい[一部抜粋]。

君は君らしく生きて行く自由があるんだ 大人たちに支配されるな
初めから そうあきらめてしまったら 僕らは何のために生まれたのか?
夢を見ることは時には孤独にもなるよ 誰もいない道を進むんだ
この世界は群れていても始まらない
Yesでいいのか? サイレントマジョリティー
どこかの国の大統領が 言っていた(曲解して)
声を上げない者たちは 賛成していると…
選べることが大事なんだ 人に任せるな
行動しなければ Noと伝わらない
君は君らしくやりたいことをやるだけさ One of themに成り下がるな
ここにいる人の数だけ道はある 自分の夢の方に歩けばいい
見栄やプライドの鎖に繋がれたような つまらない大人は置いて行け
さあ未来は君たちのためにある
No!と言いなよ! サイレントマジョリティー

 「どこかの国の大統領」とは、米国のニクソン大統領のことである。1969年、アメリカが主導するベトナム戦争への反戦運動が続いていた頃、ニクソンは「声を上げない者たち=サイレントマジョリティー」へ戦争の継続を支持するよう呼びかけたのだ[5]。史実を引き合いに出して、人に任せず自ら行動しNoを突き付けようと謳うこの曲は、デモクラシーに必須の「参加」と「異議申し立て」を主張しているのである。

 では、どのようにして「僕ら=民衆」が「行動=参加」し、「No!=異議申し立て」を伝えることが出来るのだろうか?
 まず、選挙が第一に思い浮かぶだろう。日本のいまの政治制度では、18歳以上の全ての人に選挙で自分の支持する政党・政治家を選び、現状に異議を唱えて望む未来を実現するよう託すことができる

 しかし、上述したように選挙を中心とした自由民主主義は多くの問題を抱えており、何よりも実際に政治を動かし社会の未来をつくるのが「代表」であり自分自身ではなく、民衆の意見が真に反映されるとは限らないという困難がある。
 「サイレントマジョリティ―」の歌詞の中にも「人に任せるな」という強い言葉があり、この曲ではより民主的なものが目指されているように感じられる。

 ここで、自由民主主義に代わるものとして提案されている「参加民主主義」について考えてみようと思う。

・「参加する」デモクラシー

 「参加民主主義」とは、端的に言えば「ふつうの人々」が自ら政治を担うことを第一とする政治形態をいう[6]。              
 住民投票、自治体の委員会、議員や官僚への政策提言、NPO・NGO活動などを通して、専門家や政治家任せではなく自分たちで直接に社会の決定を下そうとするのである。他にも、公民権運動、フェミニズム運動、LGBTQIA+の権利運動、気候正義運動など、政治から排除されていた主婦や人種的・性的マイノリティを含めた多様な人々によって担われる社会運動も「参加民主主義」の一つである。

次に、具体例をいくつか挙げてみたい。

・サンライズムーブメント、香港・タイ民主デモ

 2015年、米国で10代の二人が気候危機を食い止めるための政治団体を立ち上げた。「サンライズ・ムーブメント」と名乗るこの団体は、2018年に250人以上を集めて民主党の議員室に押しかけ、化石燃料会社との癒着を止め、気候変動政策のための委員会を立ち上げるように訴えた。若者を主体としたサンライズ・ムーブメントの影響は瞬く間にアメリカ中に広まり、現バイデン政権の気候変動政策を加速させている[7]。

 2019年に日本でも話題になった香港の大規模デモ活動も、元をたどれば学生の抗議運動から始まっている。10代の若者たちによる香港市民を無視した中国政府よりの政策への批判が、数百万人を巻き込むムーブメントへと成長したのだ[8]。王室や軍による支配への抗議から2020年から続いているタイの民主化デモにおいても、香港にならい若者の主導でデモが行われている[9]。

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[図2]2019年香港の民主化デモ

・#MeToo、#KuTooムーブメントとフェミニズム

 2017年、同じく米国で一人の歌手がtwitterでとある投稿をした[10]。

もしセクハラや性被害にあったことがあるなら、#Me tooと付けてこのツイートにリプライして

 この投稿はあっという間に世界中に広まり、無数の人々が性暴力、セクシャルハラスメントに対して抗議の声を上げた

 運動の波は韓国や日本にも及んだ。韓国ではこれ以前に、2016年に刊行された『82年生まれ、キム・ジヨン』が女性の生きづらさを描いて大勢の共感を呼んでいたが、MeToo運動との合流によってフェミニズムが盛んに叫ばれている[11]。

 日本では、俳優の石川優実さんが女性が職場でハイヒールやパンプスの着用を強制される現状に異議を唱え、SNSで多くの人が賛同してともに声を上げた。この流れは#KuToo運動と呼ばれる署名活動につながり、企業に苦痛を伴う可能性があるヒールやパンプスの着用義務を廃止するよう求めた

 思想家のルソーによると、民衆は政治参加によって責任感や判断力を養い、法の制定に加わることで他者に従うことなく自分の決めた法を守る自由を手に出来るという[12]。また、職場、家庭、学校など、ふつうは政治の場とみなされないような場所であっても、人々は自治と参加によって市民としての政治的能力を発揮できるのである[13]。

 上述の職場での扱いの改善を求めるkutoo運動、家庭での役割に疑義を投げかけるフェミニズムは、まさにあらゆる領域でデモクラシーの実現を試みる参加民主主義を体現するものといってよい。

 選挙、デモ、NPO、署名活動、政策提言、委員会への参加など、「サイレントマジョリティ―の僕ら」が「No!と言う」方法が無数に存在しているのが、望ましいデモクラシーのあり方なのだ。

<参考>

[1]香月孝史『乃木坂46のドラマトゥルギー』
[2]山本圭『現代民主主義』中公新書 2021
[3]ダール, ロバート・A『ポリアーキー』高畠通敏・前田脩訳 三一書房 1981
[4]テイラー, チャールズ「承認をめぐる政治」, 同編『マルチカルチャリズム』佐々木毅ほか訳 岩波書店 1996
[5]President Nixon calls on the “silent majority” HISTORY
[6]篠原一『政治参加』岩波書店 1977
[7]Sunrise Movement - We Are The Climate Revolution
[8]ジョー・ピスカテラ『ジョシュア: 大国に抗った少年』Netflix 2017
[9]「タイ「反政府デモ」若者たちが求めていること」東洋経済 2020/8
[10]石井光多「「#MeToo」「#KuToo」黙殺されてきた声が社会に届き始めた」WANI BOOKS NewsCrunch 2021/8
[11]斎藤真理子編『韓国・フェミニズム・日本』河出書房新社 2019
[12]ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』
[13]ぺイトマン, キャロル『参加と民主主義理論』寄本勝美訳 早稲田大学出版 1977




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