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『友達に「死にたい」といわれたとき、きみにできること』を読んだ

 この本が重要視している要素は「友達の大切さ」だと個人的には考える。
 私が読んでいて印象に残った点をいくつかまとめて紹介しようと思う。


まえがき


 少し思うことがあって先日図書館へ足を運んだ。この本が読みたくて向かったわけではない。自殺関連の本を借りたかったのだ。特に自殺をした人の身内(友人も含む)が陥る精神状態について、それと精神的な復帰の為に周りがどう寄り添えばいいのかということについて知りたかった。
 今まで自分を駆り立てて即座に行動を起こすようなことはなかった為に朝一番から茹だる道のりを歩き図書館に向かったことは驚き以外の何ものでもない。
 このタイトル以外にも二冊借りた。これを選んだのは理由は二つある。自分の中の内容の整理のしやすさ、要するに読みやすかったのだ。それに多くの本をまとめて感想を書くのはどうも苦手なのだ。
 もう一つは自分の精神状態があまり良いものとはいえないからだ。タイトルと本来の目的である他者への寄り添い方を学びたかった私だ。勿論目的は達せられて満足である。しかしこの本を読んで自身の鬱屈とした感情の発散方法も知り得た。
 この本のほとんどの中身は友達の大切さを語っている。現在仕事の関係上地元を離れ一人暮らし、気のおけない友人といえる人間は誰一人としていない。そんな状況下では腐るのも当然なのだろうが気づくまで遅かった。これは私に小石を投げつけて気づかせてくれるようなそんな本だった。


共感して力になろうとする心

 「悩みがあるんだけど聞いてくれるか」と言われたら友人としては耳を傾けるだろう。聞きながらいいアドバイスを考える、ただ親身に話を聞いてあげる、つまらないなぁと感じて耳に入ってこない等色々あるだろうが。
 「つまらない」と感じるのは聞いている自分からすると相談者の話が深刻に思えないからだろう。しかし重要なのは話している相談者本人だ。本人にとっては深刻でどうしたらいいか分からない為あなたに助けを求めている。

 ボーイフレンドと別れたとか、演劇でねらっていた役につけなかったとか、母親の新しい恋人が気に入らないとか、いろいろ聞かされても、きみには理解できません。「大変だね。でも、そんなことで死にたくなるの?」と思ってしまいます。
 ここで忘れないでほしいのは、<つらいと感じているのはきみではなくて友だちなのだ>ということです。

リチャード・E・ネルソン博士、ジュディス・C・ガラス、浦谷計子 訳.同書.ゴマブックス株式会社,2007年,p.60

 (本書は主にアメリカの10代に焦点を当てているため引用した本文からもなんとなく雰囲気が伝わるかもしれない。)
 たとえ自分が共感できない内容の話だったとしても、やるべきことは理解しよう、聞いてあげようと親身になる心を持つことだ。
 これは自戒でもある。昔私はよく「まぁ、頑張れよ」と言う口癖があった。これは久々に会う友達の別れ際に放っていた印象がある。
 当時の私は「頑張れ」と言えば相手は元気が出るだろう、何か励ましになるだろうと思っていたはずだ。だけれどもそれが違ったのだと考えさせられる出来事があった。
 中学からの付き合いの友がいる。LINE電話で通話をしながら夜中にゲームをしていた。終わり際に彼は言っていた。「まぁ、頑張れよ」
 この時既に私はこの口癖を言うことをやめていた。そして彼は人や物からよく影響を受ける人間であることを知っていた。だからこの言葉がきっと自分から影響を受けたのだろうとなんとなく分かった。
 瞬間私はイラっとした。仕事のことで精神的に安定していなかったこともある。普段はあまりムキになることはなかったはずなのに。そして聞いてみた。
 
「頑張れって、何を?」

 彼は考えるのが面倒くさそうで半笑いで答えた。
 
「まぁ、とにかく頑張れ(笑)」

 そう言われてハッとした。この口癖は励まして達成感を得られる(気がするだけ)、その上相手の気持ちに寄り添う必要もない素晴らしく自分勝手な代物なのだと。
 この頃からもう相手に寄り添わず自分だけ気持ちよくなるような無責任な発言はやめようと決意した。既にこの一件の前からもう口癖を言うことを止めていた(というやり忘れていた)がさらに不用意な発言はしないようにとした。

⚫︎お決まりの文句で問題を片付けたりしない。
・深刻な話を聞かされるとたいていの人は、「明日になればきっと気分が晴れるよ」「一晩眠ればすっきりするさ」(中略)などおざなりのセリフで相手を安心させようとする。よい聞き手は、こういうありがちな反応で話を切り上げない。

リチャード・E・ネルソン博士、ジュディス・C・ガラス、浦谷計子 訳.同書.ゴマブックス株式会社,2007年,p.159

自殺者の無茶な行動

 自殺を考えるほど思い詰めている人間は無茶な行動を取るようだ。怪我をするような行動、暴走行為、女の子でありがちな接触障害といわれるものは体型を極度に気にしたダイエットとも捉えられるが自殺する寸前のSOSと考えるようだ。
 本書は拒食症になりほとんど何も食べなかった女の子が例として出てくる。女の子の母親は「そういう時期」として重く受け止めていなかったがその後女の子は手首を切って自殺を図る。
 未遂には留まったものの女の子は近親相姦の被害者であることが後に判明した。
 
 またもや私の友人の話になるが中学からの仲でアルバイト先も同じだった人間がいる。
 彼は明るい人間でよくふざけたことを言う人間だった。事態を知ってから思い返したことなのだが、バイト先に着いてまずバックヤードに入ると彼がいつも先にいた。扉裏で驚かしたりするような下らないことをよく披露してくれたりしていた。だからなのか最近同じシフトの日になっても彼が笑って出迎えてくれることがほとんどなかったことに気づいた。
 その時は嫌なことでもあって元気が無くなっているのだろうと推測し「大丈夫か」とよく声をかけていた。「大丈夫」とは返してくれていたから心配ないと思っていた。すぐに元気を取り戻すだろうと、凹むような人間には到底思えなかったからだ。
 その日のバイト終わり直前、暇になっていて二人で喋りながら仕事をしていた。彼は笑いながら自慢げに近況を話してくれた。

「この間さ、自分で首絞めてみたんだよね。ベルトで。めちゃくちゃ苦しくてさ!あとさ、○○が住んでたマンションあるじゃん、あそこの屋上に登ってさ、一番端で足ほっぽり出してみたんだけど怖すぎてすぐ引き返したよね笑」

 大体そのようなことを言っていた気がする。今考えると明らかにおかしい。当時の自分もおかしいとは思っていたのだが。
 「お前本当に大丈夫か?」と聞いた。彼が言うにはそれほどの恐怖を知ればこの先どんなことも怖くないからなんでもやれるとのことで要するにただの度胸試しだという。
 私は納得してしまった。彼は心霊スポットにも行きたがるような人間でもあったため度胸試しと言われればその通りだなとも思えた。
 次の年、酒の入った彼と電話で喋る機会があった。彼は面白い話を最終兵器として持っているようで、もったいぶるような態度だった。あまりに話し始めないので早く話せと急かした。
 「去年多分俺鬱だったわ。友達に貸した金持ってトンズラされたし、それで留年もしたし」
 全くの予想外だった。金の話など何も聞いていなかったし鬱になるような人間とも思っていなかったからだ。
 その後は彼の事態の話でもちきりだった。
 このこともあって無茶苦茶な行動を取るようになったら自殺のSOSを発しているという記述は腑に落ちた。
 これを読んでいる方ももし周りにそのような行動を取る友人がいたら話を聞いてあげてほしい。その人は強がって話さないようにしているだけかもしれない。

さいごに

 友達や家族、恋人は想像以上に心の支えとなる。全てから離れていて今まさに分かったところだ。人間は孤独にあまりにも脆い。だからこそ気軽に話せる人間がいるべきなのだ。人でなくてもいい。ペットを飼うのも良い手だろう。
 もしあなたが悩んでいるなら孤独を分け合える存在を見つけて人生を楽しんでほしい。

#読書感想文

https://www.amazon.co.jp/友だちに「死にたい」といわれたとき、きみにできること-リチャード・-・ネルソン/dp/4777106942

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