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『必要な犠牲〈一〉』(ショートシナリオ)

【登場人物】

若菜:高校2年生の女子
敏夫:若菜の父親
恵美:若菜の親友で、クラスメートの女子
上田:クローバー更生施設の所長
吉村:クローバー更生施設の研究員で、上田の部下
高山:クローバー更生施設の事務員
望月:家内安全省の大臣


1 若菜が通っている高校(1日目・朝)
 登校してきて、教室に入る若菜。自分の席につくと、恵美が近寄ってきて、声をかけてくる。

恵美:
「おはよう、若菜」

若菜:
「おはよう」

恵美:
「今日も、しんどそうだね」

若菜:
「うん」

恵美:
「あんまり寝てないんでしょ?」

若菜:
「そうだね。だいたい深夜の1時とか2時に帰ってくるから、あんまり寝れてない。もう1年ぐらいこんな生活だから、慣れたけどね」

恵美:
「でも、化粧で隠しきれてないぐらい、クマが凄いよ」

若菜:
「やめてよ。これでも、ピチピチの女子校生なんだから」

 そろそろ始業時刻になるため、教室にはほとんどの生徒が入っている。他のクラスメートたちは、いま話題のドラマや、人気のアイドルの話で盛り上がっている。

恵美:
「お父さん、相変わらずなの?」

若菜:
「相変わらずだよ」

恵美:
「誰か、大人に相談した方がいいんじゃないの? このままだと、大学はおろか、高校も卒業できないかもじゃん」

若菜:
「ありがとう、恵美。でも、私は大丈夫だよ。父親がクソみたいだから、大人なんて信用してないし。私が信用してるのは、恵美だけだよ」

恵美:
「若菜」

若菜:
「いま働いてるスナック、結構いい感じなんだよね。時給もいいし、ママさんも優しいし。年齢はごまかしてるけど、家の事情を話したら、ママさんも黙認してくれてるの。それに、酒に酔ったやつの相手は慣れてるし」

恵美:
「若菜、あんたみたいな人のことを『ヤングケアラー』っていうんだよ」

若菜:
「ヤングケアラー?」

恵美:
「私も詳しくは知らないんだけど、あんたの家庭環境が、たぶんそうだよ。アルコール依存症で働いてない父親に代わって、高校生の若菜が、家庭を支えてる。今、社会問題になってるらしいよ。だから、早く誰かに相談」

若菜:
「大丈夫だって。私は恵美が思ってるよりも、毎日楽しくやってるよ。あっ、小早川が来たよ」

 チャイムが鳴ったのと同時に、担任の小早川先生が入ってくる。クラスメートたちは、急いで自分の席につき、授業が始まった。


2 若菜の自宅(同・夕方)
 今日はアルバイトが休みなので、学校が終わって、そのまま帰宅した若菜。家に入ると、横になってテレビを見ている敏夫がいる。テーブルには、ビールの空き缶が、大量に置いてある。

若菜:
「ただいま」

敏夫:
「おかえり。バイトは?」

若菜:
「今日は休みだよ」

 若菜の方には目もくれず、テレビを見続けている敏夫。若菜は、テーブルにある空き缶を片付ける。

敏夫:
「悪いな、若菜」

若菜:
「悪いって、何が?」

敏夫:
「だから、片付けてくれて、ありがとうってことだよ。お前は母さんに似て、気が利く女だからな。しっかり働いてくれよ」

 そう言って、再びテレビに視線を戻す敏夫。若菜は、わざと大きな音を立てながら、空き缶を片付けている。

敏夫:
「おい、静かに片付けてくれよ。テレビの音が聞こえねえだろ」

若菜:
「もう、うんざりだよ」

敏夫:
「なにが?」

若菜:
「なにがって、こんな生活がだよ。お酒飲んでテレビばっか見てないで、ちゃんと働いてよ」

敏夫:
「なんだと」

若菜:
「お母さんと離婚して、寂しいのは分かるよ。でも、私を引き取りたいって言ったのは、お父さんでしょ? なのに、どうして離婚してすぐ、会社を辞めちゃうのよ」

敏夫:
「辞めたんじゃねえ、クビになったんだ。だいたい、酒飲んで出社したぐらいで、クビにするか、普通。あのポンコツ社長が悪いんだ」

若菜:
「お母さんが毎月入れてる養育費だって、ほとんどお酒に使ってるでしょ? それで私を働かせるなんて、あんまりだよ」

敏夫:
「大人には大人の事情があんだよ。ガキがいちいち、ごちゃごちゃ言ってんじゃねえぞ」

若菜:
「お父さんは、毎日好きなお酒を飲んで、楽しいよね。でも私は、毎日が地獄だよ。部活もできないし、ろくに友達と遊びにも行けない。周りの子は、友達とショッピングに行ったり、恋人とデートしたりしてる。私は、そんな当たり前の高校生活が送れてないんだよ」

敏夫:
「だったら高校なんか辞めて、働いたらいいだろうが」

若菜:
「なんでそうなるの? 子どもの面倒を見るのが、親の責任なんじゃないの?」

敏夫:
「なにが『責任』だよ、偉そうに。それが、親に向かって言うセリフか?」

 そう言って、冷蔵庫へビールを取りに行き、再びテレビの前に戻る敏夫。若菜は、片付けを途中で放り投げ、自分の部屋に行く。テレビを見ている敏夫の笑い声が、若菜の部屋にまで響いている。


※〈二〉へ続く



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