『必要な犠牲〈二〉』(ショートシナリオ)
3 クローバー更生施設・病室(2日目・夜)
ベッドには、死亡した男性が横たわっている。その男性を見下ろすように、上田と吉村が、並んで立っている。
吉村:
「また、ダメでしたね」
上田:
「・・・」
吉村:
「所長?」
上田:
「わかってる」
吉村:
「最近は、失敗が続いてますね」
上田:
「わかってる」
吉村:
「このままだと、ヤバいですよ。あともう1人で、国の認可が下りるっていうのに」
隣りにある空きベッドに腰を下ろす上田。イライラしているのか、貧乏ゆすりをしている。
上田:
「次の患者を用意しろ」
吉村:
「いませんよ」
上田:
「なに?」
吉村:
「この人が、ラストだったんです。もう『ストック』はありません」
上田:
「こういう奴は、世の中にいくらでもいるだろ?」
吉村:
「たしかにそうですけど。でも、いくら国が後ろ盾になっているとはいえ、こんな思い切った決断をしてくれる人は、そうそういませんよ」
目頭を押さえる上田。喫煙室に行こうと立ち上がると、高山が病室に走って来た。
高山:
「上田先生、望月大臣がお見えです」
4 同・会議室(同・夜)
会議室で、向かい合って座っている上田と望月。望月は、タバコを吸っている。
望月:
「キミから連絡がないので、こうやって、わざわざ経過報告を聞きに来たんだが」
上田:
「はい」
望月:
「順調か?」
上田:
「順調です」
望月:
「なら、なぜ連絡してこない?」
上田:
「最近は、ちょっとバタバタしていまして」
落ち着いた様子でタバコを消し、テーブルにあるコーヒーを飲む望月。
望月:
「私は、総理大臣になりたいんだ」
上田:
「存じ上げております」
望月:
「そのためには、この計画を、どうしても成功してもらわなければ困る」
上田:
「承知しております」
望月:
「私は、嘘が嫌いだ。なぜなら、嘘をついて困るのは、嘘をつかれた方よりも、嘘をついた張本人だからだ。取り返しがつかないことに、なるかもしれない。もう一度聞くが、経過は順調なのか?」
上田も、テーブルにあるコーヒーに手を伸ばす。その手は震えている。
上田:
「正直に申し上げますと、あともう少しのところまで来ています。あと1人、実験に成功すれば、認可を得られます」
コーヒーを飲み終えた望月は、2本目のタバコを吸っている。落ち着いた様子は、変わっていない。
望月:
「その、あと1人に、苦戦しているということか?」
上田:
「おっしゃるとおりです」
望月:
「わかった。しかし、時間がないから急いでくれ。『モルモット』は用意できないが、金ならいくらでも用意できる」
タバコを消して、会議室を出て行く望月。それに続いて、上田も出て行く。
5 同・エントランス(同・夜)
望月を見送るため、エントランスまでついて来た上田。送迎車の側で、再び望月から声をかけられる。
望月:
「念のため、確認しておきたいんだが」
上田:
「何をですか?」
望月:
「この計画のことは、誰にも話してないだろうね?」
上田:
「もちろんです。この施設で知っているのは、私と吉村だけです」
望月:
「そうか。キミやキミの家族のためにも、くれぐれも口外しないようにな」
上田:
「はい」
望月:
「人は、結果を出せば、それまでの過程がどうであれ、正当化してくれる。私たちは、画期的な薬を開発した。様々な依存症患者を、即座に治せる薬だ。ただ、効果が強力な反面、死亡するリスクも高い。だから、人体実験を重ねて、改善していく必要がある。きちんとした薬だと認可されれば、困っている人は群がってくる。それで、私はヒーローになれる。この計画が成功すれば、キミも悪いようにはしないから」
そう言って、送迎車に乗り込む望月。上田は、その車が見えなくなるまで、深々と頭を下げている。
6 同・喫煙室(同・夜)
望月を見送り、喫煙室へと行く上田。そこには、吉村と高山がおり、談笑している様子だ。
吉村・高山:
「お疲れさまです」
上田:
「ああ」
吉村:
「大臣、帰りました?」
上田:
「ああ、いま帰った。なんだか、今日は散々な日だよ」
高山:
「わざわざ大臣が1人で、何しに来られたんですか?」
急な質問で、言葉に詰まる上田。それをフォローするかのように、代わりに答える吉村。
吉村:
「抜き打ち調査だよ」
高山:
「抜き打ち調査?」
吉村:
「ま、名目上はね。大臣と所長は、大学時代の先輩後輩の関係だから、たまに会いに来て、いろいろ語り合ってんだよ。後輩思いの大臣様だな」
高山:
「そうだったんですね」
吉村の強引なフォローに、安堵した上田。吉村に、助かったという目配せをする。納得した様子の高山。
吉村:
「それより所長、次の患者のことなんですが」
上田:
「そうだな。高山くん、またホームページに、募集の案内を出しといてもらえるかな? 『家族の中に、アルコール等の依存症を患っている人がいる方は、1人で悩まずに、是非ご相談を』っていう感じで」
高山:
「わかりました」
上田:
「それと、今日亡くなった方のご家族にも、連絡しといてくれ。『禁断症状の苦痛に耐えられず、自殺をしました』って」
高山:
「了解です」
吉村:
「そろそろ帰りましょうよ。今から3人で、どっか飲みに行きません?」
上田:
「たしかに、腹減ったな」
吉村:
「高山も来るだろ? 所長の奢りだから、ガンガン食おうぜ」
3人は喫煙室を出て、施設を後にする。
※〈三〉へ続く
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?