見出し画像

『必要な犠牲〈五〉』(ショートシナリオ)

10 若菜の自宅(1年後・夜)
 ソファーでテレビを見ている若菜。恵美から電話がかかってくる。

若菜:
「もしもし」

恵美:
「どうだった?」

若菜:
「どうだったって、何が?」

恵美:
「決まってんじゃん。あれだよ」

若菜:
「私が告白したこと?」

恵美:
「違うよ。それは学校中の噂になってるから、もう知ってる。あんた、学年で1番のイケメンに告白して、オッケーもらったんでしょ? なかなかやるじゃん」

若菜:
「まあね」

恵美:
「そのことは、また詳しく聞くとして、今は別のことが知りたいの」

若菜:
「だから、何なのよ?」

恵美:
「大学」

若菜:
「あー、受験のことね」

恵美:
「どうだった?」

若菜:
「合格し」

恵美:
「合格し?」

若菜:
「た」

恵美:
「ほんと? 合格したの? おめでとう、若菜。第一志望の大学だったんでしょ? よかったね」

若菜:
「ありがとう、恵美。私、いま本当に幸せだよ」

恵美:
「若菜が幸せだと、私も幸せだよ。1年前のあんたは、廃人だったからね。とても高校生には見えなかった」

若菜:
「廃人って、そんなにヤバかった?」

恵美:
「ヤバかったよ。何か、取り返しのつかないことが起きそうな気がしてた。でも、それが今や、人が変わったように明るくなってるからねえ。お父さんのおかげだね」

若菜:
「うん」

恵美:
「アルコール依存症が治って、ちゃんと働いてくれてるんでしょ? そのおかげで、若菜はバイトを辞められて、勉強に専念できたもんね」

若菜:
「まあね」

 先ほどまでバラエティ番組が放送されていたが、速報として、総理大臣の記者会見の様子が流れている。

記者:
「望月総理、開発に成功した新薬について、お話を伺います」

望月:
「はい」

記者:
「どのような効果がある薬なのでしょうか?」

望月:
「あらゆる依存症を治せる薬です」

記者:
「あらゆる依存症というのは、例えば、アルコールやドラッグ依存症ですか?」

望月:
「そうです」

記者:
「その新薬は、飲み薬だそうですが、本当にそれだけで完治するものなのでしょうか?」

望月:
「はい。飲むだけで完治します。手前みそになりますが、私は、画期的な新薬を開発したと自負しております」

記者:
「依存症を克服するのは、かなり困難だと聞きます。そんな中、飲むだけで治せる薬というのは、当人やその家族にとってもリスクが少ないので、素晴らしいものです」

望月:
「ありがとう。おかげさまで、製造が追いつかなくなるぐらい、申し込みが殺到している」

記者:
「それだけの効果があるのなら、副作用も大きなものなのでは?」

望月:
「大きいか小さいかは、人それぞれの判断によって異なるだろうが、薬という性質上、副作用はないとは言えない。しかし、発症するとしても、嘔吐感や倦怠感ぐらいだ。あくまで個人差はあるが」

記者:
「開発に協力したのは、家内安全省の上田大臣と聞きましたが」

望月:
「彼は、大学時代の後輩で、クローバー更生施設の所長だった。いろいろと協力してもらい、信用できる男だ。だから、私の座を、彼に譲った。大臣が、国会議員以外から選ばれたということで、否定的な意見も多かったが、私が頭を下げて、なんとか収めることができた」

記者:
「その、クローバー更生施設には、悪い噂も聞きます。新薬の開発のために、依存症患者を集めて、人体実験をしていたとか」

望月:
「根も葉もない噂だ」

記者:
「ですが、先月、クローバー更生施設の事務員だった高山という男が、自殺をしました。彼が書いたと思われる遺書には」

望月:
「そのことは、所長の吉村くんが記者会見をしていただろ? 高山は、ただの事務員なので、研究や開発のことを知る立場にないと」

 テレビの記者会見を見入っていた若菜。遠くから、恵美の声が聞こえる。

恵美:
「若菜? ちょっと、聞いてる? もしもし?」

若菜:
「あ、うん、なんだっけ?」

恵美:
「もう、なんで聞いてないのよ。彼氏のことでも考えてたんでしょう?」

若菜:
「まあね」

恵美:
「はいはい、親友の恵美ちゃんよりも、彼氏のことで頭がいっぱいなんだね」

若菜:
「そんなことないよ、恵美」

恵美:
「いいのいいの。私は、幸せそうな若菜を見れて、嬉しいんだから。じゃあ、そろそろ電話切るね。おやすみ」

 電話を切った恵美。すでに記者会見は終わっていて、再びバラエティ番組が流れている。テレビを消し、自分の部屋へと向かう若菜。

 机の引き出しを開け、封筒を取り出す。半年前に届いたもので、差出人は「クローバー更生施設 所長・上田」。中には、紙が1枚入っている。そこには、「お父様は、禁断症状の苦痛に耐えられず、自殺をしました」とだけ書かれている。

若菜:
「お父さん、ごめんね。それと、ありがとう。大学に合格して、彼氏もできたんだ。お父さんが犠牲になってくれたおかげで、私は、最高の人生を手に入れることができたよ」

 封筒を引き出しに戻し、ベッドに横になる。そのまま眠りについた。


〈終〉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?