二人の翼を合わせて

 ―自分の心がぽっかり空いた感覚が胸元を貫く
 地に刺さる大剣の柄を握って体を支えつつ、試験会場の高い壁を超えて顔をのぞかせる大木に指をさした。
「まだだ...。俺がいなけりゃ、アレに傷一つつけられねぇのに。お前はただ俺が切るのを後ろで見てればいいだけだろうが」
 胸元に走った痛みを紛らわせるように拳で殴って自らを鼓舞して立ち上がった。野次が大きくなる中、盾を持つ細身の青年は柔らかくも芯のある声で呟く。
「そう...それが兄さん、いや、ウーノが今思ってる大木の切り方なんだね」
 キッと目を合わせるとスゥーは目線を反らして目を細めた。憐れまれたように感じて目尻の上に力が入り頭に血が上っていく。
「うるせぇ...、これで決めてやらあ。翼の炎(アーリ・フィアンマ)」
 大剣をギュッと音が立つほど握り、炎が大剣全体を荒々しく渦巻いていく。刃先をスゥーの心臓に向けるように構え、荒々しく呪文を唱えた。地面を蹴り上げて大剣を振りかぶりながらスゥーへと突っ込んだ。
「折れない翼(アーリ・インフレンジビリ)」
 スゥーが盾を構え直した。虚しくも俺の大剣は押しきれず、荒々しい炎はいつの間にか消えてしまった。すかさずスゥーが呪文を唱える。
「翼を広げて(アープ・リ・トゥ・アーリ)」
 俺の剣が当たった盾が分裂し、分裂した盾は粘土のように柔らかくなって大剣と俺の両手を掴んで離さない。その隙にスゥーはすばやく俺の真横に回った。
「...ただ、...昔の約束を思い出してほしいんだ...」
 スゥーが盾を大きく上に振りかぶって俺に撃ちつけた。

 ぼやけた白い天井に気づいて上半身を起こした。頭にズキズキと痛みが走って思わず額に手を当てると、頭に巻かれた包帯に気づく。
「そうか...。俺はあの試合で...」
 力が抜けて降ろした手を見つめると、次第に震えて指と指の間隔が広がっていく。
「ウーノって、口だけだったよね。いつも成功させたとか言ってたのに」
「実は任務も簡単なものばっかりやってたんじゃ」
 病室の外から聞こえた声に自然と拳に力が入り、太ももをめがけて上から拳を振り下ろしたが掛け布団に守られて痛みは感じない。自分が哀れに感じて気づけば血が滲むほど下唇を噛んでいた。
 ふとベッドの横にある机に視線をやると、両袖を交差させてしわ一つなく綺麗に畳まれたフード付きのコートが目に入る。咄嗟にこの場から逃げるようにベッドから勢いよく起き上がり、窓から外へと飛び出した。

 無我夢中に森の中を走っていた。街から人からこの現実から遠ざかるように。  
月明りが入らないほど木々が生い茂り、暗い闇が漂う開けた場所に出たところで、これ以上ないくらい息が上がって両膝に手をついて立ち止まる。
「ほー、珍しいお尋ね者がきたな」
 ふわりとした聞き覚えのある声がした。声の主の方を見ると師範だったポーンテの姿があったが、会いたくもない師範にそっぽ向いて言葉を吐き捨てる。
「うるっせ、どうでもいいだろう」
「まあ、そうじゃな。今はおぬしに教えてないからなあ」
 俺は眉間にしわを寄せてポーンテを睨みつけた。
「そうだよな、スゥーはお前を慕い、俺はお前を師として仰がなくなったからな、そりゃそうだ」
「おぬしの悪いところだ。すぐ都合のいい理由を見繕って無理やり自分を納得させる。そういうところが、自身の成長を止めるのだ」
 一番言われたくない言葉に思わずポーンテの胸ぐらを掴んで鼻が当たらないギリギリまで顔を近づける。
「うるっせぇよ...俺はな、十歳の時にスゥーに勝ってんだよ。それから受けた任務は全て成功して...周りからも認められて...力をつけてきたのに、...それなのに!お前が俺を倒すためだけにスゥーに教えたせいで全部無駄になっただろうが」
 ポーンテが溜息をつくなり、瞬く間に脚をかけてきて、バランスを崩したところを背負い投げされてロケットのような速さで飛ばされた。試験会場から顔をのぞかせていた大木に体が軋むほど強く撃ちつけられて口から血が流れる。
「ちょっとは頭は冷えたか?おぬしとスゥーの違いは、分かるか」
「くっ...そが...」
 立ち上がれるほど力が全身に入らず、大木に背を預けてもなおポーンテを睨みつけ、拳を握りしめていた。
「おぬしが任務で活躍してたことは嬉しいもんさ。なんせどこまでいってもわしの弟子だからな」
「じゃあ、なんであいつが強くなってんだよ!俺が来なくなったことへの当てつけかよ」
「違うな。おぬしが来なくなったのはそもそもなぜじゃ」
「任務を成功させたほうが力の証明になるだろが。コレだってそのうち切れれば問題ないだろ」
「それも違うな。力がつくことは否定してないじゃろう。なぜおぬしは任務の成功に執着しているのか、じゃ。そもそも、おぬしは何のためにわしの元で鍛錬していたんじゃったか」
 俺はその言葉に次ぐ言葉が出てこなかった。睨みつけてた目線はいつしか下がり、拳の力は抜けていき、視界がぼやけていく。
「ちょ、ちょっと、師範!ウーノはまだ完治してないんだよ」
 慌てた声で駆け寄ってきたのはスゥーだった。スゥーは朦朧とする俺の服についた土埃を払うと担ぎ上げた。
「とりあえず、師範。家貸して」
「そうしよう、夜は冷えるでな」

 ふと目を覚ますと、心配そうに覗き込むスゥーの顔が見えるなり口が開いた。
「お前はなんで俺に構ってんだ、試合に勝って次の試合まで優雅に暮らせるだろうが」
 俺はスゥーから目線を外すように首を倒すと、窓の桟にはまた両袖を交差させて綺麗に畳まれたフード付きのコートが目に入る。驚く間もなくスゥーは俺の頬を掴んで無理やり視線を合わせて、呆れたように溜息をついた。
「なんでって、分からないの?」
「...」
「はぁ、ここにきても思い出せないんだ...。なんでって、二人で一緒にあの大木を切り倒すためでしょ!約束したじゃん!」
 スゥーが涙目交じりににこりとしながらベッド傍の窓に目をやり、俺がさっき撃ちつけられた大木を見つめた。
「おぬしとスゥーの違いは、もう分かるか」
 少し離れたところからポーンテが優しい声で問いかけると、俺は自然と目尻から大粒の涙が零れ、ゆっくりと頷いた。
「スゥーはのう、あの大木を自分一人ではどうしたって切ることはできないからって術を教えてくれってんだよ。盾だとほれ、デコボコ傷があるだろ?それが限界だって。おぬしがいつか自分と一緒にまた鍛錬してあの大木を切る日がくるから、ウーノと約束したからとな」
「ちょ、ちょっと、師範!その話はしない約束でしょ....!」
 スゥーが頬をピンク色に染めながら師範の方を見ると、ポーンテはほくそ笑んでいる。
「スゥー」
「ん、どうしたの、ウーノ」
「一緒に鍛錬してくれるのか」
 スゥーは満面の笑みを浮かべながらゆっくりと俺の額を指で弾いた。
「そんなこと、聞かなくても分かるでしょ。こっちはずっと待ってたんだから」
 俺は力強くもゆっくりと頷き、拳を握るとスゥーも拳を握り拳を合わせた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?