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羽田健太郎。その技巧性と叙情性、そして力強さ。

 羽田健太郎といえば、『マクロス』『西部警察』などのテレビ番組で音楽を担当したミュージシャンとして記憶に残っている。また、『タモリの音楽は世界だ』というテレビ番組で、タモリとユーモラスなやりとりをしていたことも印象深い。そして何より、一般的には『渡る世間は鬼ばかり』でのテーマソングの知名度が群を抜いている。

 彼のピアノのプレイは、技巧性と叙情性に富んでいる。クラシックやスタンダード曲だけでなくオリジナル作品も多く発表しており、その音色の力強さや美しさは、今もって多くのリスナーから人気を得ている。

 羽田健太郎という名前は、私の中でかなり昔からインプットされていたのだが、あるCDを聴いたことによって、彼のプレイに再び注目するようになった。そのCDとは、『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1976-1999』という4枚組ボックスだ。
 大村雅朗というのは、主に1970年代後半から80年代にかけて日本の音楽シーンを牽引した編曲家で、代表作として八神純子「みずいろの雨」、松田聖子「SWEET MEMORIES」、大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」、渡辺美里「My Revolution」などがある。

 このBOXのディスク1に収録されている3曲、岸田智史「きみの朝」、太田裕美「青空の翳り」、ばんばひろふみ「SACHIKO」を聴いて、私は共通するものを感じた。他の収録曲と比べて何かが際立っている。
 その直感の謎はすぐに解けた。ピアノの音色が美しいのである。特にイントロで聴けるピアノの旋律に引き込まれる。すぐさまブックレットを開き、そのピアノが羽田健太郎のものであることを確認した。他にも彼が参加している楽曲はある。しかしこの3曲については、際だって彼の叙情性が強調されているのだ。
 大村雅朗という優秀な編曲家が、羽田健太郎という優れたピアニストの個性を生かすことで名曲となったという意味で、「大村×羽田 三部作」と称していいかもしれない。

 なぜ羽田のピアノはこんなに美しいのか。そのヒントとなる言葉を、どこかで見つけた。出典が思い出せないので曖昧ではあるが、「羽田健太郎のピアノを聴くと、指が4本あるかのようだ」といった内容だ。また、「羽田健太郎のピアノは、たとえば四分音符で弾いていたとしても、その間には8分音符や16分音符の音が隠れている。楽譜を見て真似して弾けるようなプレイではない」という様な意見も見つけた。
 これらの言葉を思い起こしながら改めて「三部作」のイントロを聴いてみると、この評がまんざら間違いでもないように思えてくる。一つ一つのピアノの音に表情があり、それらが複雑に重なり合いながら楽曲としての表情を作っている。

 ところで、羽田健太郎の名前は、ディスク2に収録された佐野元春「アンジェリーナ」にもクレジットされている。こちらは叙情性とは対極にある、力強いロックンロールナンバーだ。佐野元春のデビュー曲として1980年3月21日に発売された。80年代の幕開けを飾るエポックメイキングな作品として沢田研二「TOKIO」(1月1日発売)と並び称される。
 ここでの羽田は、疾走感あふれるリズム隊のプレイに合わせつつ、佐野のボーカルにコール&レスポンスするかのように力強く鍵盤の音を響かせる。
 残念ながら、大村雅朗はこのあとレコーディングで羽田を呼ぶことは少なくなってくる。少なくともBOXセットでは「アンジェリーナ」が最後だ。80年代が中期から後期に進むにつれて、山田秀俊をキーボードプレイヤーとして迎える頻度が高くなる。生楽器中心のレコーディングからシンセやコンピュータを活用したサウンドへの変化によるものだろうか。

 さて、大村×羽田の叙情三部作の美しさに魅せられた私は、羽田健太郎がレコーディングに参加した作品を探してみることにした。しかし、これはなかなか骨の折れる作業だ。当時のレコードには演奏者のクレジットがないことが多い。あったとしても、アルバムの演奏者がまとめてクレジットされているため、キーボードプレイヤーが複数参加していた場合などは参加曲を特定することが難しい。
 それでも最近は研究が進んでいて、前述した大村雅朗のBOXセットのように、編曲家などの制作スタッフに焦点を当てた作品集や書籍が多く発売されている。
 様々な資料を紐解くことで、多くの作品に羽田健太郎の参加を確認することができた。
 「三部作」のようにイントロが印象的な作品としては、西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」、山口百恵「秋桜」、桜田淳子「しあわせ芝居」などがある。
 また、「アンジェリーナ」のように力強いプレイが聴ける作品としては、沢田研二「勝手にしやがれ」、渡辺真知子「かもめが翔んだ日」、沖田浩之「E気持」などがある。
 中には、参加していない作品でありながら彼のプレイだと認知されている作品もあった。たとえば、五輪真弓「恋人よ」のピアノは実際は矢嶋マキによるものだが、長年にわたって羽田のものだとされてきた。この曲での矢嶋のイントロのプレイは素晴らしいもので、その叙情的なフレーズに羽田との共通項が感じられるため、誤解されたのかもしれない。なお、五輪作品の中では、「さよならだけは言わないで」が羽田によるものだ。

 とにかく、羽田が参加した作品は、どれも名曲ばかりだ。こうした楽曲を集めてプレイリストを公開しているので、是非たくさんの人に聴いてもらいたいと思う。

 1970年代後半の歌謡曲、ニューミュージックの隆盛において、羽田健太郎の果たした役割はあまりにも大きい。改めてその業績が再評価されることを願っている。


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