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”やすもん”と私

「やすもん」というと何を思い出すだろうか

誰かのあだ名?地方のゆるキャラ?
そんな憶測が飛び交いそうなワードだが
関西の方ならこの言葉が「安い粗悪なもの」を
表すことはご理解いただけるだろう。

今日はこの「やすもん」についての
話をしようと思う。

と言っても記事の内容は”やすもん”に
ならないようにするので、
最期までお付き合いいただけると嬉しい。

この「やすもん」という言葉は
子供の頃から私の父がしきりに
口にしていた言葉である。

どのような場面で口にしていたかというと
いわゆるコナモンを作るときである。

関西的にいうコナモンとは
お好み焼きや焼きそばのことを指す。

原材料が小麦粉からできているので
コナモンと呼ぶのだが、
それらの料理を家で作るときに
父はいつも「やすもんは入れたんか?」と
母に聞いていた。

ではこの「やすもん」とは何かと言うと
粉ガツオのことである。

ただし、単なる粉ガツオではなく
サバやイワシなどのカツオ以外の魚を粉末にした
もののことを父は「やすもん」と呼ぶらしい。

一度母がカツオだけで作られた粉ガツオを
買ってきた時には、
父は「これはやすもんとちゃう」と言っていたので
彼の中の定義は明確なのだろう。

父曰く、このやすもんをコナモンに入れると
劇的に美味しくなるそうなのだ。

子供ながらに「そんなものか」と思っていたのだが
我が家で食べるコナモンは基本的にやすもんが
入っていたので、入れることによる効果を
あまり実感できずにいた。

そんなやすもんにこだわっていた父は
私が21歳の時に他界し、
私も大学卒業と共に家を出て就職してしまったので
私の中で「やすもん」というワードだけが
心の中の奥深くにしまわれていた。

当然一人暮らしでも結婚してからも
コナモンを家で作ることはあった。

学生時代にお好み焼き屋でアルバイトを
していた経験があるので、
むしろ得意料理と言っても過言ではないほどだ。

ところが、私が作るコナモンには
やすもんは入っていなかった。

なぜなら店で教えてもらった作り方に
やすもんは入っていなかったからである。
しかも、そもそも就職して住み始めた場所で
やすもんが売られているのを
見かけたことがなかったのだ。

なので私の奥深くにしまわれていた
やすもんという言葉が出てくることはなかった。

ところが、先日母が私の家に遊びに来た時、
近くの水産加工品を販売する店に行くと
父がいつも言っていた「やすもん」が
売られているのを発見したのだ。

偶然にも母と一緒だったこともあり、
慌ててそれを手に取り母に
「これって父さんが言ってた”やすもん”やんな?」
と確認すると母は裏面の表示をみて頷いた。

私は嬉しくなりさっそくそれを一袋
レジに持って行って購入した。

妻は私が突然粉ガツオだけを購入するので
不思議な顔をしていたが、
私が”やすもん”の概要を教えると納得していた。

そんな週末を終えて一昨日、
家に帰ると妻も残業だったらしく
ちょうど子供たちと家に帰ってきたばかりであった。

「晩御飯どうしよう」
妻は内心何か作ってほしそうに言う。

冷蔵庫を見ると偶然焼きそばができる
材料があったのだ。

まさに「やすもん」を試す絶好の機会である。

そこでさっそく野菜を切って
いつもの手順で焼きそばを作り始めた。

母にちゃんとやすもんを入れるタイミングを
聞いておけばよかったと考えていたが、
料理の基本を考えると
ソースを入れる前に絡めておくのがよさそうである。

そこで、考えた通りにやすもんを入れて
ソースを絡めて焼きそばを仕上げた。

帰ってくるのが遅くなったので
子供たちもおなかが空いているらしく
早く食べたそうにしている。

食卓に焼きそばをならべ、
待ち遠しそうな顔をしている子供たちに
「先に食べてもいいよ」と声をかけた。

私はソースを絡めたフライパンを
できるだけ早く洗っておきたかったからである。

するとほどなくして
子供たちから「美味しい」という声が
上がったのだ。

焼きそばは手軽なので我が家では
かなり高頻度で食卓に登場する。

なので、子供たちは若干焼きそばに
飽き気味だったのだが、
その子供たちが声を上げるぐらいなので
きっといつもと違うのであろう。

私もフライパンを洗い終えて
食べ始めると、口の中に子供の頃に食べた
懐かしい味が広がった。

いつも作る焼きそばとは明らかに違う
だしの風味のある焼きそばは
想像を超えるおいしさだった。

父が亡くなって17年になるが、
ようやく父が言っていたことの
意味が分かった瞬間であった。

あちらか父が見ていれば
「ほら、俺の言うとった通りやろ」と
ドヤ顔をしているのであろう。

次はお好み焼きやたこ焼きで試してみるのが
私のひそかな楽しみである。

あなたのお近くの店に
同じようなものが売っていれば
ぜひ焼きそばに入れて味わってみてほしい。

きっとコナモンがもっと楽しみになるはずである。



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