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ヴィロンの森 第七章(後編)  ヴィロンの国の演奏会

子ども達に見送られ、アリアンヌ達は再び歩き出しました。
ずっと歩いていくと、すぐ突き当りにエスカリエらしきものが見えました。
「宮殿は、この階段を登った先にあるんだ」
ラルフはそう言うと、エスカリエのはるか先を指差します。
見ると、エルフらしき人々が既に上方に何人かいるのと、ずっと向こうには宮殿らしきものが見えました。
「こんなに階段……登り切れるかしら?」
「大丈夫だよ」
そう言うと少年は、ひょいとエスカリエに飛び移りました。そして、そのまま楽々、上っていったかと思うと、あっという間に、大分、上まで行ってしまいました。
「もうあそこまで登って行ってしまったわ!」
三人が驚いていると、ラルフがすぐに戻ってきました。
「皆も上ってごらん。階段は柔らかいし、跳ねあげてくれるから、とても楽だよ」
ラルフにそう言われ、三人はエスカリエに上ってみました。
そして登ってみると不思議なことに、見た目は石造りの階段なのに、とても弾力があり、登る者を跳ね上げてくれます。
「ほんとだ、すごいわ」
ラルフの後ろで、アリアンヌがそう嬉しそうに言うと、少年は振り返り、ニコリとしました。

エスカリエを登り切ると、そこではずっと平地が広がっていました。
よく見ると、少し先に広大な庭があり、そして、そのずっと向こうには、宮殿がそびえたっているのが見えます。
四人が庭に入ると、背丈(せたけ)が自分くらいあるだろう、三角やうねった形をした植物や、また、自分の背丈よりもずっと大きい、綺麗な花のアーチをところどころ目にしました。
「あの花は、ローズと言うんだ。王妃様が好きなお花で、特に赤色のものがお好きなんだ」
すぐ近くにある、アーチの花を指さし、ラルフが言います。

庭を通りすぎると、大分宮殿が近くに見えるようになりました。宮殿は黄金で造られているようで、陽の光りをあびてきらきらと輝いています。
正門まで来ると、二人の門番が大きな斧を交互に重ねて構えていました。
ラルフは門番に二、三言話すと、
「アリ、あの金貨を見せてあげて」
と振り返りながら言います。
アリアンヌは急いで革袋から金貨を取り出し、門番に見せると、門番は斧を下ろし、三人に中に入るように言いました。

宮殿は、中も黄金の造りのようでした。
「先に女王様に挨拶しなくては。女王様は今の時間、上のお部屋にいらっしゃるんだ」
そう言うと、ラルフは三人を女王に会うための部屋に連れていきます。
正面の豪華な大階段を上り、右奥に向かうと、その部屋の前には、既に何人かが列を作って女王との謁見(えっけん)を待っていました。四人はその列の一番後ろに並びます。
待っている間、召し使いが「お客様のマントを預かります」と申し出てきたため、三人はマントを預けるとアリアンヌの着ていたドレスが人々の目を引きました。
「これはまた、とても素敵なドレスですね」
ちょうど、アリアンヌ達の後ろに並んだ婦人が、そう声をかけてきました。 
「ありがとうございます」
アリアンヌは微笑みながらお礼を言いました。
「本当にとても素敵だ」
ラルフのその言葉に、アリアンヌはとても気恥ずかしくなりました。

しばらく待つと、順番が回ってきました。
立派な扉が開かれ、三人は中に入ると、広い部屋の中央に、女王らしき人が静かに座っているのが見えました。
見ると、女王の後ろの壁には、大きなタペストリーが飾られていて、そのタペストリーには、この国の歴史が描かれているのか、色々な場面が描かれています。

少年は真っすぐ女王の前に行くと、膝をつき、
「女王様、こんにちは。ご機嫌いかがでしょうか」
と挨拶をしました。
「ごきげんよう、ラルフ。今日も動物達に笛を聞かせてきたのかい?」
女王はそう言うと、後ろにいるアリアンヌ達に気づき、
「後ろにいるその子達は、お前が先日、話していた子ども達だろうか?」
と問いました。
「はい、僕が話していた、人間の子ども達です」
「そうか。子ども達、こちらへおいで」
女王が手招きしたので、三人は、王妃の近くに来てラルフの横に並びました。
そして女王を近くで見て、王妃があまりに美しい事に気づき、とても驚きました。
「アリアンヌに、オーギュストにアレクサンドルです」
ラルフは右から順番に紹介します。
「ようこそ。かわいい子ども達。人間の子どもがこの国に来るのは初めての事だよ 。今日はどうしてここに?」
「女王様、実はこの子達に、今日いただいたものがあるのです」
そう言うと、ラルフは女王にさらに近づき、アリアンヌに先程もらった銀貨を見せました。
「これは、まぁ、なんて良いものをいただいたのだろう!」
女王は銀貨を見るなり、そう言いました。
「本当にありがとう、このお礼はどうしたものか……」
「女王様、それで考えたのですが、今日の演奏会に招待するのはいかがでしょう?」
ラルフがそう提案します。
「なるほど。それは良い考えだ」
女王はそう言うと少し考え、
「では、急ではあるが、そなた達が良ければ、今日の演奏会に招待したいがどうだろうか」
とアリアンヌ達に問いました。
「ぜひお受けしたいです」
オーギュストが答えます。
「僕も」
「私も」
アリアンヌとアレクサンドルも答えると、女王は微笑み、
「話は決まった。ではラルフ、この子達を大広間に連れて行ておくれ。楽団の者達には私から話をしておこう」
と言いました。
「分かりました」
ラルフはそう言うと立ち上がり、女王に向かって深々とお辞儀をしたので、他の三人も急いで立ち上がり、お辞儀をしました。

「とてもびっくりしたよ、何て美しい女王様なのだろう」
女王の部屋を出るなり、オーギュストが言いました。
「本当だわ、あんなに美しい人は初めて見たわ」
「皆こっちだよ、ついておいで」
ラルフに案内され、三人は大階段を降り、大広間に向かいます。
図書室を通り抜けている間、古い本が沢山、本棚に並べてあるのが見えました。そして、そこらじゅうに絵が壁に飾られている部屋に入り、それから通路を通り抜け、さらに部屋をいくつか通り抜けると、演奏会が開かれる、大広間にたどり着きました。

大広間に入ると、豪華なシャンデリアや、黄金でできた彫像が一定の間隔で置かれているのが、すぐ目に入りました。
シャンデリアの下では、着飾った人々が何人か集まっては、楽しそうに話しをしていて、少女達に気づくと、皆、丁寧にお辞儀をしてきました。
三人も人々に、お辞儀を返します。

向かって右側には、細長いテーブルが並び、美味しそうな食事やお菓子が彩(いろど)りよく置いてありました。
そして、左側の奥には楽団の人々が座る席があり、その前には演奏を聞きにきた人々のための椅子が並べられています。
「飲み物はいかがでしょうか?」
四人がテーブルの周りをうろうろしていると、召し使いがお盆にのっている綺麗な青色の飲み物を勧めてきました。
ラルフ以外の三人はそれぞれグラスをとり、飲み物を飲んでみます。
「おいしい!」
アレクサンドルが一口飲むと驚いて言いました。
 「本当だわ。今まで飲んだ事がない味だわ」
「お菓子もどうぞ」
他の召し使いが、これまたお盆にのっている、三人が見たことのないお菓子を勧めてきたので、子ども達はそれぞれ、そのお菓子を手にしました。

「後、もう少しで始まるよ。皆、こちらへおいで」
しばらくして、人々が椅子に座り始めたので、ラルフはアリアンヌ達を連れ、まん中の席に座ります。
それから、楽団の人々が入ってきて着席すると、さらに立派な衣装を身にまとった紳士が、楽団の人々の近くに立ち、凛とした声で人々に語りかけました。
「お集まりの皆様、本日はお越しくださり 誠にありがとうございます。今日は珍しい事に、とてもかわいらしい人間のお子さま方もお招きしております。皆様もお子様方も、どうぞ楽しんでいってくださいませ」
それを合図に演奏が始まりました。
 
その音は、ラルフがいつも演奏する笛の音と同じように、とても美しいものでした。
体に自然に入ってくるかのような透き通った音色で、さらに時に、非常に心地よく音色が重なりあうので、聞いている者はあまりの心地よさにうっとりせずにはいられないのでした。

軽やかでかわいい曲になった時には、人々は立ち上がり、大広間の、テーブルなどがない、広々としたスペースに移動し、思い思いに踊り始めました。
それがとても楽しそうに見えたので、少女は段々、自分も踊りたくなってきました。
ラルフはそんな少女の姿を見て、
「お手を、アリアンヌ。もし良ければ」
と手を差し出します。
「ありがとう。でも踊れるかしら......」
少女が心配そうにそう言うと、
  「この間、一緒に踊ったダンスとステップがほとんど同じだから大丈夫だよ。さぁ行こう」
とラルフが言い、再度、その手を差し出したので、アリアンヌは少年の手に手をのせました。
そして二人は皆が踊る中に、入って行きました。
「お兄様、お姉様が踊るよ!」
アレクサンドルがオーギュストにそう言うと、
「どれ、僕達も見に行こうか」
と兄はそう言い、アレクサンドルを連れ、アリアンヌ達のダンスを見に行きます。

アリアンヌは初め、ステップに戸惑いましたが、ラルフが優しく教えてくれたのですぐに慣れました。
それから踊っていると、シャンデリアの光の中、少女があまりに優雅に踊るので、人々は次々と踊るのを止め、つい少女のダンスに見いってしまいました。
次第に人々は二人を囲むように円を作り、二人のダンスを見守り始めます。
「アリアンヌ、皆が君のダンスに注目しているよ」
「こんなに見られるなんて......恥ずかしいわ」
少女が周りを見て、恥ずかしそうに言いました。
  「大丈夫だよ。ダンスに集中して。次は足を交互に動かすんだ」

続けて、より軽快なメロディーの曲が演奏されました。
ラルフに教えられながら、曲にあわせて踊っていると、段々とより動きが軽やかになっていきます。
ダンスにあわせてドレスの裾が揺れ、より人々の目を引きました。

「やぁ、アリったらいつの間に、あんなに踊れるようになっていたんだろう」
オーギュストが二人を見守る人々の中に交じりながら、しみじみそう言いました。
「とっても上手だねぇ。それにとても楽しそう」
お菓子を食べながら、隣でアレクサンドルが言います。
「おや、いつの間にお菓子を取ってきたんだい?」
「さっき、あそこにいるお姉様がくれたの」
そう言い、向こうを指差すので見ると、召し使いがお菓子を配っているのが見えました。
「そうか、後で僕も、もらおう」
オーギュストはそう言うと、弟を再び見ました。
「こらこら。頬にクリームがついてたよ」
兄は気づいてそう言うと、紙ナプキンで弟のクリームを拭ってやりました。

少女は段々と楽しくなり、また、人の目も気にならなくなってきました。ラルフに言われたとおり、ターンをすると人々から拍手をされました。

もっとラルフと踊りたい......! 
そう思っていましたが、
「もうあと少しで終わるよ」
とラルフが言ってきたため、とても残念に思いました。

ラルフが少女を抱え上げ、そして降ろすと曲が終わりました。
息を弾ませながら、二人はお互いに見つめあい、それから、互いにお辞儀をすると、二人を見ていた人々は、一斉に拍手をしました。
楽団の人々も楽器を降ろすと立ち上がり、二人に向けて拍手をしました。

二人は頬を紅潮させながら、周囲にも深々とお辞儀をすると、その姿を見て人々はさらに拍手を二人に送ります。
それから二人は互いに向きあいました。
少年は微笑み、ひざまずくと少女の手を取り、その手にキスをしました。

演奏は引き続き、行われていましたが、人々は自由に踊ったり、話をしたり、お菓子などを食べ始めました。
「お兄様! アレク! とても楽しかったわ!」
アリアンヌは兄達の姿を見つけると、彼らの元に走り寄ります。
「とてもうまく踊れていたよ!」
アレクサンドルがそう言うと、
「再来週の舞踏会は大丈夫だな」
と、オーギュストもニコニコとしながら、そう言います。
「皆。もうそろそろ帰る時間だよ」
少年が声をかけてきたので、三人は急いで帰る準備をしました。
マントを羽織(はお)って、三人がラルフと外に出ると、女王と女王のおつきの者達が門の前で、待っていました。
「とても楽しかったです、ありがとうございました」
オーギュストが代表して女王達に言います。
「こちらこそ銀貨をありがとう。またいつでも遊びにおいで」
女王は微笑みながらそう言いました。
それから、女王達に見送られながら、四人は帰路(きろ)につきました。

再び、階段を降り、フォンテーヌのところに出ましたが、先ほどいた子ども達はすでにいなくなっていました。
「子ども達は皆、お家に帰ったんだ」
ラルフはそう言うと、大きく口笛を吹きます。
すぐに白馬がどこからともなく現れ、四人の前まで走ってきました。
「またよろしくね」
そう言うと、白馬が頭をアリアンヌの顔に近づけたので、少女は、その頭を撫でてやりました。

ブルル……穏やかな鳴き声が響きました。
そして、行きと同じように四人を乗せると走り出します。
今度は、ラルフの後ろにアリアンヌ、オーギュストの前にアレクサンドルが乗りました。
アリアンヌはドキドキしながらラルフにつかまっていて、時たまラルフの髪が風になびくのを見ていました。
二頭並びながら走っていると、
「楽しかったかい?」
とラルフが少し後ろを見て尋ねてきました。
「えぇ、とても楽しかったわ。ありがとう、ラルフ」
「良かった。僕も楽しかった」
「僕達も楽しかった! 本当にありがとう」
隣にいた兄と弟が、隣からそう声をかけてきました。
「いいや、僕こそ。僕も楽しかった」
ラルフが嬉しそうに返します。
「素敵なところだったわ」
アリアンヌがそう言うと、
「ありがとう。僕もあの国が大好きなんだ」
と少年が言いました。

再び、小道に出て、四人を降ろすと、白馬は元の道を戻り、すぐに見えなくなりました。
暗い小道を抜け、再び湖のところに出ると、まだ、午後の日差しが辺りをさんさんと照らしています。

「ラルフ、良ければこれ……」
アリアンヌは別れ間際(まぎわ)、一通の紙を差し出しました。
「これは?」
「あなた達は子どもとしか会えないようだから難しいかもだけれど、私の国の舞踏会の招待状。お兄様に、誰か一組誘って良いと許可をいただいたの。それで」
「分かった。受け取るよ。王妃様にお話ししてみる」
少年はそう言うと、じっと少女を見つめました。
少女も少年を見つめます。
「今日は本当に......」
「アリ、急ごう」
ラルフが何かを言いかけた際、オーギュストが声をかけてきました。
アリアンヌは目を兄にやり、それからまたラルフを見ると、
「ごめんなさい、もう行かなきゃ......でも、今日は本当にありがとう。また、会いましょう」
「うん、また」
アリアンヌは兄弟達と入口のブナのアーチに向かいました。
そして、アーチに差しかかる前に少女は再び振り向き、自分達を見送っている少年に手を振りました。

それから、三人は急いでお城に戻りました。

                                                                     (第八章に続く)

エスカリエ: 階段 フランス語 escalier
弾力:  圧迫をはね返そうとする力
背丈: 身長
うねる: 上下または左右にゆるやかに曲がりくねること
ローズ: バラの花 フランス語 rose
造り: つくられたものの様子
謁見: 身分の高い人に会うこと
マント: ゆったりした袖のないコート
タペストリー: 多彩な糸を用いて風景などを織り出したつづれ織り
提案: ある考えなどを差し出すこと
大広間: 大人数で宴会等ができる、特別広い部屋
着飾る: 美しい衣服を身につけて飾る
彩り: 色の配色
身にまとう: 着る
凛とした: 声がきびしくひきしまっているさま
交じる: グループに入る
羽織る: 軽くかけるようにして着る
おつきの者: お共の人々
帰路につく: 帰り始める
なびく: 風の勢いにしたがって横にゆらめくように動くこと
さんさん: 太陽などの光が明るく輝くさま
差しかかる: ちょうどその場所にたどり着くこと
間際: 直前

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