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悔しさよりもプレッシャーからの解放感

冒頭でお礼を伝えさせてください。

私が前に書いた「パラレルワールド」が先週、
#部活の思い出   の中で最もスキを集めたそうです!


ここまで読んだ方の中で、こんなふうに思った方はいないでしょうか?

「ん、これ前回の書き出しと同じじゃね?」

「あれ?前回の記事間違えて読んじゃったかな...?」

そうなんです。前回と全く同じ書き出しなんです。

なんと、2週連続で表彰されちゃいました!
(前回とは「CONGRATULATIONS」のイラストが違うのでご注目ください)

皆さんのおかげです。本当にありがとうございます!!

という、お礼という名の自慢でした(笑)

そんなこんなで今日も書いていきます。


先週は、高総体のマイル(4×400メートルリレー)の走順について書いたが、今回は4継(4×100メートルリレー)について書いていく。

4継でも、マイル同様に高総体にて走順変更が行われた。

新人戦は、以下の走順で臨んだ。

1走:紘太くん
2走:隼人
3走:渉
4走:聡汰

だが、聡汰は怪我により出場できなくなったため、総体前にもう一度メンバーを決め直す必要があった。

高総体地区予選の直前。
短距離メンバー全員でTT(タイムトライアル)を行うこととなった。

TTの内容は、以下の通り。

100m×2(直線、カーブ)
300m

100mは、4継のリレーメンバー選考
300mは、マイルのリレーメンバー選考も兼ねる形となった。

この日はメンバー間でも独特の緊張感があり、TTが行われるまでほとんどみんな会話もなかったと記憶している。

俺は、100m、300mの両方でベストタイムを出すことができた。

だが、渉と紘太くんは、100m(直線)で俺よりさらに高タイムを出した。

そのため俺は、100mの選手として3番手となった。

100mを主戦場にしていた自分にとっては悔しい結果とはなったが、渉と紘太くんのタイムが伸びていたことの喜びの方が大きかった。

またこの結果により、4継の走順も大きく変わることになった。というより変える決断をした。

4継では、1走と3走がカーブ、2走と4走が直線を走る。

俺は100m(直線)では3番手となったため、これまで担ってきたエース区間とも呼ばれる2走の座を渉か紘太くんに明け渡すこととなったのだ。

このときの心境を正直に書くと、「悔しさ」は1ミリもなかった。「悔しさ」よりも「2走のプレッシャーから解放される」という想いの方が強かったからだ。

元サッカー日本代表、岡崎慎司選手の著書「鈍足バンザイ!」にこんなことが書いてあった。

2010年南アフリカW杯の直前。監督からレギュラーを外されることを告げられたときのこと。
(代わりに本田圭佑選手がレギュラーとなる)

先発はない。それを察知して、悔しかったのはもちろんだ。ただ、別の思いもあった。
ホッとしたのだ。ホッとしてしまった、という表現のほうがふさわしいのかもしれない。
「鈍足バンザイ」 岡崎慎司

日本を背負ってエースとして戦うのは相当なプレッシャーだったのであろう。

サッカーファンではない人も、本田圭佑選手が2010年のW杯で活躍した姿は記憶にあるのではないだろうか。結局岡崎選手は、FWのポジションを本田選手に奪われることになるのだがこれで終わらないのがさすがである。

途中出場として起用されることになった岡崎選手だが、自分の仕事を全うし、デンマーク戦でもゴールまで決めてみせた。

また、このゴールは本田選手のパスから生まれたというところも非常に感慨深かった。

日本を代表するサッカー選手に自分を置き換えるのは大変おこがましいが、この感覚は当時の自分と少し重なるように感じた。

2走は各学校のエースが名前を連ねる区間である上に、バトンもきちんと繋げなければならない。なかなか難易度が高い役割なのだ。

結局総体では、渉がこの2走を務めることになり、俺は3走となった。1走には経験のある1年生を抜擢し、4走は紘太くんが務めた。

俺はエースの渉とアンカーの紘太くんを繋ぐポジションとなった。これまでに比べると地味なポジションになったとも言える。

だがTTの結果からも分かるように、自分自身100mで伸び悩んでいるなと感じていたし、渉と紘太くんの調子の方が断然良かった。

そのため、俺はこの2人に4継のメインポジションを託し、チームに徹することにした。

渉が地区予選で初めて2走を走ったときに、俺にこんなことを言ってくれた。

「2走ってめっちゃ怖いね。よく隼人ずっとやってたね。」

こう言われたことで本当に救われたような気がした。

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