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本気で読書感想文(京極夏彦さん『ヒトごろし』、3)



「今付き合ってる人がさ、鳥とか豚とか殺す仕事をしてて」
 それは以前、前職の同期に打ち明けられたこと。彼女は「自分達はそうして加工されたものを普通に食べてる。必要な仕事だって分かってるんだけど」とまで口にして、消え入りそうな言葉尻を私に渡した。あの時何と答えればよかったのか、10年経った今も分からない。
 私自身、職業で見られ方が変わると知ったのは学生の時。一介のバイトに過ぎない立場であるにも関わらず、クリニックで働いているというのは、ただそれだけで一種のブランド的価値を持った。単にコスチュームによる影響の否定はしない。
 その人の能力、強みを活かして社会に貢献すること。仕事に優劣はないはずなのに、そこに差が出来る。同様に、立場にこだわるのは、立場で評価されるから。

 社長、部長、ヒラ。
 少女漫画と称されるくくりには、「社長あるいは御曹司、あるいはどこかの国の王子様的なメンズ」に「何の取り柄も無い女の子」が「とってつけたような理由で惚れ込まれて、強引に押し切られてあれよあれよな展開になる」というテンプレがある。ここから「虚構と現実の乖離」及び、「自分に起こる不都合全てを他責にする系女子」は生み出されると踏んでいる。しかしながら「本来立場というのはあくまで役割に過ぎず、上下はない」というのが今回の背骨。私自身、上下関係バッキバキの運動部を通ってきたから、この辺は目の玉かっぽじって、耳の穴ひん剥いて学ぼうと思う。やだ、何その拷問。


〈「天辺に勝つ気がねえんだ。なら戦なんかするな。死ぬのは雑兵だぞ」〉
〈「俺は、天下国家なんぞどうでもいい。出世も金も名誉も、そんなものどうでもいい。忠も義もねえ。鬼畜の人外だ。人が殺したくて」
 殺したくて。
「殺したくて仕方がねえから、だから殺しても咎められねえ身分になりたかったのよ。それだけだ。それだけのために、俺は」
 あんたを利用したんだよ近藤勇〉
〈「真にそうなのだ。極悪人なのだ儂は。こうして、綺麗なべべを着て威張っておられるのも、お前の、人殺しの悪童のお蔭なんだよ。お前が殺してくれなきゃ、芹沢はあのまま局長でいただろう」〉


 そもそも上下関係は儒教に基づく。
 新撰組(というよりは近藤勇)が憧れ、強く意識していた赤穂浪士が重きを置いていたのが、儒学を発展させた朱子学。この考え方は「力によって容易くひっくり返る可能性のある立場」を安定させた。そもそも幕府とはまだ荘園のやりとりがされていた頃、時の帝が役職として「与え」たのが始まりであり、あくまで武士は仕える側だとして、300年もの間、武家社会を維持してきた。忠義の精神。いわゆる「義」である。
「義」自体、同作者による言葉の授業『地獄の楽しみ方』で、直接単語として出てきたにも関わらず、あえて言及しなかったのは、本作や書楼弔堂など他の著書で散々書いてきたからだろう。非常に興味深いので、気になる方は作品に当たることをおすすめする。さて、話を戻す。

「上下関係ではなく、役割」これは「御恩と奉公」に見られるような構図ではなく、これを利害関係として横並びにしたとき、不思議と納得する部分がある。土地をくれるから頑張る。家族がため、我が子のため、命をかける。
 最悪「お上のため」はあってもなくても構わない。そこにあるのは利害関係。逆に上は「その土地自分のものにしていいよ」の許可だけすればいい。そう考えれば、あるいは金ピカペッパーくんが座布団に座って御簾の向こうから「ソノ土地アゲルヨ」というだけで、この社会は成り立っていたのかもしれない。嘘だろ。

 ただ、「犬」と呼ばれることに憤慨していた平安末期の武士は、彼らは彼らで農民や商人相手に帯刀してマウント取ってた訳だから、やられたら誰かにやり返したくなるものなんでしょうね。1181年養和の飢饉では、貴族や武士が通常じゃ考えられない対価で米を買っていたというから、一度痛い目見たら学べよと思うが、喉元は過ぎるもんだし、そうでなくとも個ではなく身分というくくりで社会が成り立っている以上、難しいんでしょうね。脱線が過ぎる。

 結局人1人の尊厳は立場を問わない。見られたように見るし、されたようにする。「いい上司に恵まれた」というのは、必ずしもその上司が仕事ができるからではない。自分のことをどう見ているか。期待しているのか、どうでもいいと思っているのか、何気ないところで判断して、その通りに動こうとする。その心が豊かであるかどうかで決まる。
 いずれにしても「見られている」と思わせること。見られていると思うと頑張る。見られていると思うと「見られるにふさわしい自分」になろうとする。「ムラ」で生きている以上、他人の評価は自己肯定感に直結する。

 まずは与えられた職務を全うせよ。判断基準は立場ではなく、職務に忠実かどうか。
 そうして直接手は下さずとも、影響することで誰かを殺してしまう可能性があるということだけは忘れずにいたい。
 ヒトごろし。今回は新撰組を取り巻く外枠のお話。





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