「四拍子をもう一度」②(朝井リョウさん『少女は卒業しない』より)独り言多めの読書感想文
時に作中、主人公の少女は何度も「絶対ダメだ」という表現をする。
衣装もメイク道具も見つけなければ。
アカペラで歌わせては。
私が隠しておきたかったことが。
〈「ダメだよ!」〉
本来感情的になるとしたら、パフォーマンスをする集団、バンドのメンバーであるはずなのに、少女の声は控え室にいる人全員の動きを止めた。そこに生まれたのは「驚き」以上に「何であなたがそこまで焦るの」
考えてみれば「隠す」というのはどこか「庇う」に似ている。そうして「守る」とも近しい。
少女は見ていた。中学の時、森崎の歌声に多くの女性が魅了されていたこと。だから高校生になって自分の世界に閉じこもるようになったのは、少女に限って言えばむしろ都合が良かった。理解者の顔をして自分が近くにいることで、森崎にとって特別な存在になれるんじゃないかと思った。少女自身、軽音部の元部長。そうして森崎のそばにいることで、孤独から守ることができる。一人ではないと庇うことができる。こんな優れた存在を、本当の魅力を隠しておくことができる。
その様はどこか母親を思わせる。その様はどこか自分都合の、森崎を意のままにしたいという願望が透けて見える。いわゆる「縛る」という行為である。少女はメリットとしての自分という存在を示すだけで、本来それ以上に影響してはいけなかった。だから「ダメだよ!」と言った時の異常性が際立つ。おかしいのだ。少なくともそれはお前が言うことではない。
少女の恋心は、氷川さんとどこか似たような表現の仕方がされている。これは「表現の仕方が違うだけで、ただ一人を想うという根っこは同じ」だと示したかったのかもしれない。
〈下手くそなビートルズは、雨上がりの校舎になぜかとてもよく似合っていた。高校の校舎に似合うものは、いつだってとってもかっこわるいものなのだ〉
これも強調表現を外せばただの感想文。
愛しい、と言っている。不完全さが。「自分が」助けなければと思った時点で成立する関係。
二人とも歌うことに夢中になっている男に惹かれた。危うくて、かっこわるくて、そんな男だからこそ好きになった。
いい男だと、一人は知って欲しくて、一人は隠したかった。
最後、少女が観念する場面がある。
〈もう、隠しきれない〉
本当は自分が守りたかった。けれど、かっこわるいと思った歌声に沿っていたのが、メトロノームではなく氷川さんのボールペンの音だと分かって、放送部部長の立場を利用して、CDがなくなったのを自分の責任にしたことを知って、
母親のような、庇護や、隠す、守るといった思いが、叶わないと気づく。それは絶望だった。それは、だって、愛だった。自分では正しいと思っていた。けれど、今の森崎を形成するものが、自分の知っている森崎だけで成立していない。バカみたいに当たり前のことも、バカみたいに視野が狭くなっている、恋している時には気づけないことがある。
ずっと隠しておきたかったものが、明るいステージに晒される。
ステージと舞台袖の明暗の差。けれどもいずれは来る瞬間。この時少女は〈氷川さんが笑っているのを初めて見〉る。ただの優等生を〈こんなかわいい人〉に変える力がある。森崎には、自分が好きになった男には、それだけの力があるのだと、いずれ誇れるように
は、まあならんかな。
いのち短し。恋せよ乙女。
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