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札幌は、今日も雪 | #2000字のドラマ

一日は、雪に埋まった車を救出することから始まる。

朝6時、気温は氷点下。

札幌の冬は、雪と寒さとの戦いの毎日。

こんな毎日の始まりを4年前は想像していなかった。

関西の大学を卒業し、就職。

社会という進む方向のわからないまるで砂漠のような世界を、3年半さまよい続けた。

「平野くん。来月から北海道に異動ね」

社会人3年目のある日、その時の上司から唐突に告げられた辞令。

北海道、北海道、北海道…

「北海道」の三文字で頭の中が埋め尽くされる。

関西で育った自分にとって、北海道ははるか北の大地。

広大な大地、牧歌的な風景、美味しい食べ物。

有名すぎる場所だし、旅行では行きたい場所。

でも、知り合いなんて、誰もいない。
縁もゆかりもない場所、それが北海道。

北海道への異動は、不安だった。

それでも、時は進む。異動の日が近づく。

住む場所を決め、引っ越しの準備と仕事の引き継ぎをし、あっという間に最終出社の日を迎えた。

「平野くん、北海道でも元気でな。体調には気をつけるんだぞ。」

「出張で北海道行った時に、一緒に飲もう。」

転勤前の最終出社の日、上司がそう言って、自分を見送った。

すでに、人との接触を避け、送迎会等の宴会自粛というご時世だった。

そんな、人に会えない日々が続く中で、対面での見送りの言葉は、嬉しかった。

はるか北の大地へ向かう自分を勇気づけた。

それでも、ひとりで旅立つ自分は、本当に独りな気がした。

そして、もう会えないような、そんな気もした。

いつ終わるかわからないこの状況で、「一度の別れ」は「永遠の別れ」になりかねない。

そう思いながら、その場所を去った。

それから半年。北海道で初めての冬を迎える。

自宅から札幌郊外にある職場まで、車で45分。
雪かきに15分かかるから、およそ1時間の通勤時間になる。

「うわ…。危なかった…。」

止まりきれずに、前の車にぶつかりそうになる。

雪が押し固められた路面はまるでアイススケートリング。
冬道に慣れていない自分にとって、スケートリング上を走る毎日に精神を消耗する。

毎日45分間、そろりそろり、のろりのろりと緊張しながら運転し、ようやく職場に辿り着く。


「平野くん、今日もすごく安全運転してたね〜」

道産子の庶務の人が話しかけてきた。

職場は工場。何よりも安全第一。
通勤も無事故無違反が原則。

毎月、工場安全会議が行われる。

先月のその安全会議で、自分の極端なそろりのろり安全運転が話題になったらしい。
そして、安全会議の参加者から工場全体に話が広がっていった。

「雪道はじめてなので、もう怖くて笑」

そう答えると庶務の人はケラケラ笑う。

自分が慣れてる、できることを、他人が恐れる様子を見ると人は少し面白がる。楽しそうにする。

まるで子供の成長を見ているかのような感じになるのだろう。

実際に、職場の方々のほとんどは自分と同じぐらいの子供がいる。

関西出身の自分としても、人が楽しんでくれるのならそれはそれで嬉しい。

そんな感じで、自分という存在も部署全体に認知されていく。話しかけてくれる人も増えてきて、この場所に馴染めてきた。

でも、みんなのマスクの下の素顔はわからない。
この半年経っても、全員の顔はわからない。

「平野くんって、もう北海道に何年いるんだっけ?」

庶務の人に言われ、
カレンダーを見ながら「えーっと、半年ぐらいです。」と答える。

「まだ、半年か〜もうずっといるもんだと」
ちょっと驚いた声で答える。

そう言われることも増えてきたけれども、
まだ、全員の顔は知らない。

顔の知らない人たちと仕事をする。
そのマスクの下の素顔は、お互い見えてない。

笑っているのか、怒っているのか、驚いているのか。
感情は声と目で判断するしかない。

もちろん、自分の表情もみんなわかっていないと思う。
たまに、マスクの下で、作り笑顔をしてみるが、ほんとにちゃんと笑えてるのかは自信がない。

マスクをつけることを義務化された時代で、人の素顔を見ることは、雪道を運転することよりも難しい。

「お疲れ様でした〜。お先に失礼します。」

「平野くん、おつかれ〜。帰り道も気をつけて!」

庶務の人に言われ、「あ、帰り道もあの雪道を通らないと行けないのか…」と思い覚悟する。

仕事は終わっても、すぐに雪道を走れない。
本日二度目の車救出をしないと帰れない。

「あれ?平野くん、先に帰ったのに、まだ雪掻きしてるの?」と笑われる。

庶務の人が雪掻きを終えた頃、自分の車も救出できた。
マスクを外す。
深呼吸すると、冷たい空気が直接、肺に入る。

「さて、今日もがんばって帰るか…。」とエンジンを入れ、のろりのろり進む。

帰り道。雪は朝よりも強く降っていた。
風も強く吹き、完全に吹雪いていた。
「ホワイトアウト」という状態。

目の前は真っ白になり、道も、何も見えない。
何も見えない道を、誰もいない家を目指して、そろりのろりと車を走らせる。

札幌は、今日も雪。
明日は、明日こそは、晴れてほしいと切に願う。

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