言葉にしたい?したくない?
言葉を紡ぐのが苦手だ。
嬉しい? ちょっと違うなあ。
楽しい? それも違う。
言葉と言葉の間にある想いは、この気持ちは、どうやって伝えればいいんだろう。
文章を書いてても思う。
これって私の本当に言いたいこと?
こう思ってるってみんなに思ってほしいっていう脚色入ってない?
ここで改行するのなに?このかっこなに?この記号どういうねらい?
色紙のメッセージとかも、あんまり書けなかった。
私からしたら、
「私がみんなのこと好きってみんなわかってるやん。
やのになんで100%しっくりこーへん言葉で語らなあかんの?
紙おっきすぎちゃう?何をどう描写しろと?
大好きです。ありがとう。これからもよろしく。以上ですけど?」
核心をついてる、少なくとも間違ってはいない(ような気がする)言葉だけを伝えて、
果肉の部分は自分の心に大事にしまっておきたかった。伝えたくないし、伝える必要もないと思っていた。
こんなことがあってあなたはこうしてくれたよね。だからあなたのことが好き。じゃなくて、なんか好きやねん!でいいと思ってた。
想っている以上のこと、以下のことを伝えるのがこわかった。
感想なんかも、「楽しかった」って言ったら「楽しかった」以外の感情はどこにいくんやろう、って思っていた。
中学生くらいの時にこんな本を読んだ。
主人公の女性は画家の男の人と付き合っていて、彼は質問によく「わからない。」と答える。それは彼にとって言いたいことを100%表せる言葉が存在しないからで、彼女はそこで「わからない。」って答える彼の誠実さが好き、って話。(この本読み返したいのに題名忘れたから知ってる人いたら教えてください・・・!)
この彼みたいに(ってことに甘えているんだけど)私は言葉にするのが苦手だし、人と話していても反射的にいい言葉がでてこない。自分の言いたい言葉も相手が言ってほしい言葉もあまりわからないから、「うん。」とか「そうなんや。」とかしか言えないこともある。で、家に帰ってから、「あそこなんて言えばよかったんやろう・・・?!」って悶々としたりする。
自分の許容範囲(少なくとも間違ってはないな、って思える言葉)の中にとどまっていたかった。
でも、同時に、落ち込んだ時はあの日のメッセージをそっと開いてみたりする自分がいる。
なんか好きやねんも嬉しいけど、あなたのこういうところが尊敬できて、ここがたまらなく好き。そんな言葉が心のよりどころになる日もある。
その上で、なんかめっちゃ好きやねんもめっちゃ嬉しいけど。笑
この前書いた文章を友達が読んでくれて言ってくれた言葉が、
「言語化してくれてありがとう。」
これは、今までも自分が友達や知らない人が書いた文章を読んで思っていたことで。
だから私も自分の許容範囲を少しずつ越えて、
想いや気持ちにできるだけ近い言葉を探して、そしてたまには自分のやりたいように、相手の喜ぶように脚色だってして、紡ぎたい。
それと同時に、言葉にするには淡すぎたり強烈すぎる想い、言葉からはみでてしまう気持ちは、大事に大事に、心の中のあったかいところにしまっておきたい。
それでも伝えたいときは、目で、表情で、体で、伝えたいって思う。
結局は、笑顔が一番!笑
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