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【短編小説 ルチアーノ -白い尾のオナガ- 9】Hollow 洞

9 Hollow うろ

梟《ふくろう》が巣立った後の木のうろを見つけ、ルチアーノは逃げ込むように中に入った。途中何度も木にぶつかり、茂みに突っ込んでぼろぼろになった翼をたたむ力はもう残っていなかった。隅に残された卵の殻を何とはなしに見ているうちに、巣にいた頃を思い出した。梟の巣はふかふかとして、母さんの羽の下で眠っていた頃に似ていた。
もう何も思いつかなかった。全部やったが、どれもうまくいかなかった。それにとても疲れてしまった。父さんと母さんに愛しい息子だと言われ、ルチアーノはそれで幸せだった。すべてうまくいっていたのに、巣を出た途端にすべてが壊れていった。そんな羽の色はおかしいと笑われたり、気味悪がられたり、怒られたりしているうちに、尾羽の金色はどこかにいってしまった。白い尾羽をいいと言ってくれたチェードロCedroも仲間外れにされた。
チェードロとは、互いの名前の意味を教え合った。ティランノ達に言い返す言葉を考えたりもした。しばらくはそうして勇気づけ合っていたが、ある時、頭の羽を酷くむしられたチェードロがごめんとだけ言ってルチアーノを避けるようになった。困った顔のチェドロを見たくはなかったが、ルチアーノは声をかけ続けた。チェードロは目を逸らしたまま飛び去るだけだった。
ある日、思いつめた顔のチェドロがルチアーノのところにやってきた。しばらく黙ったままのチェードロの目がゆらゆら揺れ出して、そこに映るルチアーノの顔も歪んだ。チェードロの目から涙がこぼれて、泣いていたのはチェドロのほうだとわかった。チェードロはぎゅっと目を閉じて涙を絞り出した。全部置いていくのだとわかった。チェードロとの思い出までどこかにいってしまう気がして、ルチアーノは咄嗟に両翼を伸ばした。涙は羽先からすり抜け、ぽちんと小さな音をたてた。
「戦いが終わったら、きっとまた会おう」
そう言ったチェードロは、一度も振り返らずに去っていった。
チェードロを見たのは、その日が最後だった。あちこち探したが、どこにもいなかった。取り巻き達は、ニヤニヤするだけで何も教えてくれやしなかった。取り巻き達が守っていたのはティランノではなく、彼ら自身なのだと気づいたが、それで何かが変わるわけでもなかった。その日からルチアーノ独りの戦いも始まった。

「誰も誰かよりも偉くなんかないのに」
楽しかった思い出と、投げつけられた絶望の言葉が、ルチアーノを温め、凍えさせたが、ヒリヒリしていた尾羽も、血がこびりついた喉も、もうどこも痛みはしなかった。
まんまるのおぼろげな月が、洞のふちからルチアーノを覗いていた。月がそんな風に見えたのは初めてだった。梟の雛が残していった産毛に顔をうずめ、ルチアーノは目を閉じた。
 
その夜、ルチアーノは夢を見た。何度も見たあの日の夢だった。
父さんがいなくなってしばらくして、巣に戻ると母さんが卵を産んでいた。
「この卵はかえってはいけないの」
母さんはそう言うなり、卵を巣からつつき落とした。ぐしゃりと割れる音がして、ルチアーノは張り裂けんばかりの悲鳴をあげた。
「生まれてくる仔が、僕みたいだったら嫌だからなの?」
ルチアーノはしゃくり上げながらなんとか言葉をつないだ。
どんなに聞いても、母さんは訳を教えてはくれなかった。
「もう忘れましょう」
そう言ってルチアーノを翼の下に抱え込んだ母さんの目からも涙がこぼれた。
翌朝目を覚ますと、母さんもいなくなっていた。


潜っても 潜っても 青い海(種田山頭火風)