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「ダブルハーベスト」士業的観点で読む

2021年4月14日に尾原和啓さんの新作、堀田創さんのデビュー作となる共著「ダブルハーベスト」が出版されましたが、私はamazonさんから翌日に届いた本書を拝読して感じざるを得ませんでした。

 この本は、すべての士業が読むべき本である

ということを・・・。
 
 これまで私は、京都府行政書士会で7年にも渡り、来たる行政手続のデジタル化後に「行政書士が備えるべき方向性」の啓発をしてきましたし、日本行政書士連合会の理事になってからは、黒沢レオさんはじめ、多くの仲間達と一緒に、各省庁と意見交換をしながら、デジタル化後の「行政手続きのあり方」や「行政書士のあり方」について模索し続けてきました。
 コロナ感染拡大やデジタル庁創設案が浮上した2020年6月頃からの関係者の動きは、とんでもないスピードで慌ただしい状況でもあり、それぞれが大混乱な状況でもあります。

 その中で、ずっと明確に言語化できずにいたのが

行政のデジタル化後に書士という制度を存続し続けることの必然性・必要性

でした。きたるべき行政デジタル化後に、行政書士(あるいは手続き代理をメインにしている士業)が、出くわす場面を想像する度に、その後の方向性を明確に言語化できない歯がゆさがずっとありました。

 「デジタル化」と何度も書いてますが、従来から言われていた「行政手続き電子化」あるいは「電子申請」という表現とは、明確に別に捉えて考えないといけません。
 というのもデジタル化の場合、「オンライン化(手続き自体をネット上で行えるようにしたり、書類をオンラインに乗せて送信できるようにすること)」自体は十分条件にはならず、必要条件にとどまるのです。

 私の感覚ですと2013年頃まで(IT国家創造宣言が出るまで)の政府は、現実世界での手続きが中心で、付加的に「技術的にオンライン化可能な部分はどこか」とか「効率化するためには、何をデータに置き換えれるのか」という議論が中心でした。
 デジタル化の領域とは、単に手続きをオンライン化するにとどまらず(「ダブルハーベスト」の尾原和啓さんが以前に藤井保文さんと出版した)「アフターデジタル」で定義されている

リアル世界がデジタル世界に包含される 

をイメージして考えなければならず、部分的なオンラインへの置き換えは本来的には「デジタル化」とは言いえないはずです。


 スマホや、通信回線、IoTセンサー(エッジ)などが現実世界に頻出してきたことで、オンラインの世界と現実世界は、もはや混在してきています。  我々のリアルでの行動や活動、趣向、はたまた活動全体が、現実世界とオンラインの世界で「差がなくなり」やがて「逆転していく」世界観です。
 個人的にはスマホアプリclubhouseでの世界感は、その序章にも感じています。Clubhouse世界上で出来上がった人間関係や、触媒による成果物が、後から遅れて現実世界に持ち込まれる例をたくさん見てきました。
 行政手続きに限らず、これからはあらゆる分野でこのような現象が頻出するはずです。


 Clubhouseであったり、その他のメタバースなアプリなどは、まだまだマイノリティであることは、私も重々理解しているところではありますが、現在、既定路線ともいえるデジタル庁の創設と、デジタル庁が目指すデジタル・トランスフォーメーションが実現されれば、やはり行政書士をはじめ、士業のすべてのあり方が大きく変わってしまうはずですし、我々の意識もトランスフォーメーション(変革)しなければならないのです。


 平井IT担当相はデジタル庁の構想を話す度に、申請や届出というプロセス自体が無くなるか、少なくともスマホなどを使ってワンボタン60秒程度で完了するイメージを話されています。
 その頃には、そもそもの許可申請や届出書類で重要視されていた事業者自身に関わる情報も住民票などの情報や欠格事由、雇用関係、資産要件などに関する情報は、マイナンバーに紐づけけられており、適宜、デジタル庁のクラウド上で更新されているでしょうから、やはり取得も提出も不要になります。場合によっては、許認可手続きごとに作成していた「誓約書」などの類もあわせて不要になることでしょう。


 こうなってくると、必要なのは住民説明や住民同意といった行政が事前に把握することが不可能な議事録等くらいしか、追加で準備する必要のあるものはないかもしれません。
 しかし、行政書士をはじめ、これを知る多くの事業者の認識は、行政書士の業務は「国民が役所に提出すべき書類の作成・提出を支援する事」と位置付けているケースが一番多いと思います。


 このような行政書士の中心的業務と考えられてきた申請や届出というプロセス自体が無くなるか、あるいはスマホなどを使ってワンボタン60秒程度で完了する簡易なものとなれば、行政書士は否が応でもこれまでと同じ姿で生きていくことはできなくなります。
 AIをはじめとするデジタル技術が発展してきたことで、行政書士に限らず、人間がやっていた仕事はどんどん機械に代替されていくことは間違いありません。
 この代替は単純な作業に止まらず、「データや情報を引き出したり、整理すること」、「一定の規則からの推論や過去の例からの推論から何らかの判断をすること」も含まれます。
 これは、ある意味で、これまでの士業が担ってきた職務の中核ともいえます。これらは近い将来確実にAIで自動化される部分です。どのようにすればAI推論や判断が導き出せるかの仕組みの説明は膨大となるので割愛しますが、「ダブルハーベスト」での説明を借りますとざっくり

「データ入力」から「ディープラーニング」と「追学習」というプロセス

 を経ているとあります。

大切なのは、人間が適切なデータを与えることでAIを強化するプロセスが本書で示さされていることです 。我々、士業にとって「AIには必ず適切なデータを与える必要がある」ということは、重要なポイントです。


 「ダブルハーベスト」では、前半に、AIを活用する際に用いるデータを単純に一回で(一括で)集めていくのではなく「(1)そのAIシステムを活用する利用者を無料や低コストによる利用者拡大のループ」と「(2)多く参画した利用者がデータ構築に寄与するループ」というamazonの二重ループ構造を例に挙げ「ダブルハーベストループ」を構築することの重要性を説明しています。

 そしてそのループについて人間とAIが対立せず協働する図式を「ヒューマン・イン・ザ・ループ」と呼称しており、さらに専門家の能力を最大化するAIとの協働を「エキスパート・イン・ザ・ループ」とし、この中に専門家が積極的に学習データをつくり込む手伝いをする考えも挙げられています。つまり、私が今後、模索したいのは、この「ダブルハーベストループ」の構造自体に、士業のもつ叡智を組み込むことです。


行政ダブルハーベスト


 行政がデジタル化を実現するための行政手続の仕組みに、現場の実状や利害関係者との関わりにも詳しく、申請者側(事業者)の視点や政府・自治体の関係なども把握する(ハブ機能※を有した)士業が継続的に学習データの構築に寄与できるのではないかと思うのです(これを便宜上、「第三のループ」と表現してます)。

※ちなみに、この「ハブ機能」については島田太郎さん・尾原和啓さん(2021年)『スケールフリーネットワーク』を拝読した際に気づきを頂きました。


 特に行政書士の場合、日本の法令は90%以上が行政に関わるものである以上、大きなアドバンテージがあります。
 時系列的に考えても、オンライン化からデジタル化を繋ぐ移行期はもちろん、新しい行政法が施行されるごとに活躍の機会が生じます。

 これが、冒頭に書いた「行政のデジタル化後に書士という制度を存続し続けることの必然性・必要性」(の少なくとも一つ)に繋がるのではないでしょうか。
 我々士業は、来る行政手続きのデジタル化に猛反対する必要はもちろんありませんし、それどころか、「仕事を奪われる」と悲観する必要もなく、プログラムやAIを学びなおす必要もなく、ただ、ただ、これまで培ったスキルをさらに発揮すると同時に、従来から持ち続けてきた「行政書士の役割は国民が役所に提出すべき書類の作成・提出を支援する事」というレガシーな考えを捨てて、新しい時代の役割をみんなで考えてくのが良いのではないでしょうか。

 現時点では詳細を書くことはできませんが、結構、省庁関係者や議員関係者、学識者などの間でも、ここまで書いたような士業の新たな役割に期待している声はたくさん聞いてきましたし、実際に水面下で調整がなされている部分もあるように思います。

 そのためには、様々な法律(行政規制に関連する法律)の立法趣旨や規制の趣旨」「達成しようとする効果・結果」をはじめ、条例の上乗せ、要綱・要領等の趣旨や目的等をしっかり理解し、それぞれが求める要件や書類(デジタル化後は情報・データ)の位置づけ、対象法の取り巻く社会情勢の把握をできるようにし、適切な課題設定の仕方とそれらを解決すべき提案、などを行えるスキルを磨いていく必要があるのではないでしょうか。


 「ダブルハーベスト」は、本来、ビジネスのプレイヤーに向けて書かれた本だと思いますし、実際、その観点で読むめば、これほど現在勝ち続ける企業のカラクリを理解できる本もそうそう無いかもしれません。
 一方で士業的視点としては、こういった新しい役割の可能性を見出すための示唆を受ける目的で読めば大変有意義であると思います。


 最後に、この記事でだけでは、ハーベストループの詳細が分かりにくいと感じられるとも思いますが、是非原典である「ダブルハーベスト」を読んで頂き、改めて、この記事に戻って来て頂けますと幸いです。

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