事務所勤務_マネージャー編③

マネージャー編②の続き。

日本に帰ってきてから、CMの最終確認も終え、その間も日々の業務や、デビューに向けた情報解禁などを仕込み、あっというまにデビュー日が来た。

彼女にとってはとても特別な日だし、事務所でもデビューおめでとうパーティをしてくれたが、私は浮かれた気持ちはあまりなかった。パーティでは少しお酒を飲んでわざと道化になってみたものの、ここがゴールではなくここからが大変な事を、レコード会社時代にいろんなアーティストを見てきて知っていたからだ。

レコード会社の”この瞬間”を持ち上げる感も、それにしっかり持ち上げられている感も気色悪かった。よくある、メジャーデビュー時の悪しきあるある習慣だ。


少し話はずれるが、皆さんはCDを買いますか?買った事がありますか?

私は、恐らくギリギリCDを買う世代。それでもCDを買うのは、高校生でバイトを始めるまではお財布的に厳しくて、買うと決めたCDはかなり特別で、本当に欲しいもの。大体はカセットテープや、MDにダビングして、歌詞はコンビニでコピーして、部屋で擦切れるまで聴いたりしていた。そして、高校生になってバイトをし始めてからは、シーモネーターや洋楽のCDを買いまくった。今はアイドルオタクだし、大人だし、CDを買う事に抵抗もないので買います。


恐らくこのデビューする子も、デビューする子の周りの子も、この事務所にいる人達も、なんならレコード会社の人ですらCD買わない人が多いでしょう?、と道化になりつつ冷静に思っていた。

”デビューする”事と、”売れる”事と、”CDが売れる”事は、全て別だ。それが全て一直線である、と錯覚してしまうような持ち上げは嫌いだった。

本人はまだ若いから、自分の世代のCDやアーティストに対する考え方とリンクせずに、自分のこれからがミラクルになると思うかもしれないが、それを大人達が助長して欲しくなかった。


とはいえ、何度も言うが雇われの身。しかも上がスタートさせた件。私は道化になりつつ、今は気を紛らわせて、明日からのデビュー以後の日々に注力しようと思った。

そして私は彼女によく言っていた。

「どうか持ち上げられないで欲しい。現実を見て、それでしっかり進んで、あなた本人の道を行くのがこれから先だから。」と。その時はわかってもらえなかったかもしれないし、テンションを下げるような言葉だったかもしれない。冷静すぎるかもしれないが、これが私の中での優しさだ。


そんなデビュー直前のある日、だったか、デビュー後だったか忘れてしまったが、私はPR編の時のように暴れない代わりに、地蔵のようにだんまりを決め込んだ会食があった。

レコード会社でも現場の人ではなく、役職の方との会食だった。それまでも、社長と私だけで参加する会食などあったが、この日は本人も一緒だった。

ある程度の人数で会食を終えた後、役職の方と社長と本人と私の4人だけで、ワインバーのような所で二次会をした。

一軒目の会食の記憶が皆無だが、恐らくこの時から既にイラついていたかもしれない。恐らく本人への持ち上げに対して、だ。


そのワインバーで、その役職の人は言った。

「○○(本人)ちゃん、すぐ売れるから!一緒にやろうね!売れたら、このワインバーにもう一度集まって、このワインバーの一番高い酒を飲もう!」「多分、今年中だね!売れる!」と。ちなみにこの時は、6月か7月だ。

社長も本人も、お酒も入っていたからか、本当にそう思っているからか、ニコニコと「そうですね!」と楽しそうだった。社長も本人も、私と違い大人で、しっかり接待してくれていたのかもしれない。


さぁ、私はというと、

お待たせしました。伝統芸能のブチ切れです。


「うううううるぅぅぅぅぅせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」と、

さすがに声には出さないが、黙っているのが精一杯。

「なぁにが高い酒じゃ、高い酒もどうせ会社の経費だろ?、おいその経費どっから出とんじゃ!高い酒買うくらいだったら店頭展開に使え!!!!!そんで、本人を自惚れさすなよ!!!!」

と、口に出していたとしたら絶対止まらないような、しかもかなりレコード会社側の内情・事実に近い罵詈雑言が心の中で溢れ出した。


とはいえ、さすがにこれからお世話になるレコード会社の役職の方だ。や・く・しょ・く。罵詈雑言は浴びせられない。そこは本当にギリッギリの理性が働いていた。

『高い酒飲もうね!ずっしょ!BFF!』みたいなサブイボ発言が役職の方から飛び出した後から、私は口を一切開けなかった。二次会で目の前に並んだ、大好きな生ハムも一切食べなかった。食べる為に口を開いたが最後、恐らく上記の罵詈雑言が溢れる気がした。

そして「こいつの経費で払われた生ハム食ったら終わりじゃ!」と、謎の根性の入った意地が炸裂した。どっちが支払うか決まっていないのに。


一切食べ物を口にしない、一切喋らない私を見て、そして目も合わせない私を見て、役職の方が気づいた。

「ハタノさん、大丈夫ですか?」と。

私は「はい、大丈夫です」とだけ伝え、その後会話を続けなかった。微妙な空気が流れた。全員が気づいていた、私がブチ切れている事に。口に出さないだけで、放つ空気でバレていた。

「ハタノさん、何か言いたい事があるんじゃないですか?言って下さい、何だか悲しいですー」と言ってきた。

試されている。

悲しいですー、の言葉の後に私が、いくら真っ当であろうが上記の内容を言ったところでどうなるだろうか。何しろ役職だ。そして、隣にいる本人の立場はどうなるだろうか。本当は社長に、高いワインの話から逸らしてこれからの建設的な話をして欲しかった、けどそれはなさそうだ。

私は「いえ、何もありません」と、この二次会で初めてその人の目を見つめて努めて笑顔で言った。これ以上、無責任に持ち上げるなという気持ちを目に込めて。


そこからは詮索される事はなく、私を除いた3人で会は進み、私は引き続き一言も喋らず、二次会は終わった。

解散になった瞬間、私は競歩で歩き出した。口をとりあえず今はまだ開けてはいけない。まだ店に近い、罵詈雑言が出そう。本人も一緒に歩いていたが、「ハタノさん!大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。


その瞬間、止めていた言葉が溢れ出した。

「無責任に持ち上げて欲しくない!!!!クッソイライラする!!!イライラいし過ぎて吐きそう!なんなんだ、あの無責任くそジジイ!!!!なぁぁぁぁにがワインじゃー!」と笑。


私はイライラし過ぎて吐きそうだったし、何ならちょっと泣きそうだった。そして、あまりに溢れ出る罵詈雑言に、本人も私も笑ってしまった。

そして、本人はそれまで私が彼女に言っていた『持ち上げられないで欲しい』という言葉もあったから、私がなぜ怒っているかも気づいていたようだった。

「分かっています」と言ってくれた。おそらく持ち上げられ過ぎないように、という事と、私が何に怒っているかの両方についてだと思う。彼女の方がとても大人だった。私は完全な赤ん坊レベルで、感情崩壊していた。

「ごめんね、頑張ってくれてありがとう。明日の稼働も頑張ろう。」という話をしてお互いに帰宅した。


と言いつつ、私は帰りのタクシーの中で思っていた。

彼女は『分かっている』と思っているとはいえ、本当に実感するのはこれからだし、あの持ち上げがボディブローのように効いてくる日が来る、と。


続きはまた書きます。


ハタノ












それから先は、日々稼働の毎日だった。ライブ・ラジオ・雑誌・WEBと、割と目まぐるしくさせてもらった。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?