事務所勤務_マネージャー編⑦

前回は海外でのライブの件について書いたが、もちろん日本国内でも精力的に活動させてもらっていた。


レコード会社の計らいで、幕張メッセで開催されたレコード会社主催のフェスにも出演させてもらった。完全な大人の力だった。

フランスのJAPAN EXPOでの初ライブを終えてすぐくらいだったので、ライブ経験の回数は片手で数えられる程度だった。その日に向けて、ずっとリハーサルを重ねた。

この日は私以外のスタッフも何人かいてくれたし、私は袖から見る事にした。袖から見ている分には全く問題なく、むしろ堂々としていたくらいだったが、客席側から見ていたスタッフが戻ってきて、言った。

「声が・・・」と。

前に少しだけ書いたが、彼女はメンタルが声に出てしまう人だった。極度の緊張が声に出てしまったようで、客席に出ていた声がなかなかなようだったらしい。

リハーサルでも少し感じてはいたので、オケ音源とのバランスを調整したつもりではあったが、DJの繋ぎの中でのライブだったので、ゴリゴリに手を加えられなかったものの、本番を意識し過ぎなくらい思いっきり調整すれば良かった、と申し訳なく思った。

とはいえ、「声が・・・」と言ってきたスタッフは、社長と共に本人をアーティストデビューへ誘った前マネージャーだったので、「声が・・・」じゃねーよ、と多少イラついた。

ここから、本人と私の長い闘いが始まった。


それ以降も都内のクラブやライブハウス、地方へもたくさんライブに行かせてもらった。毎回ビデオに撮って、何度も何度も反省会をした。本人も自分の声の事に気づいていた。

芳しくないCDの売上や、上記のフェス・クラブでのライブを見て、潮が引いたように少しずつ距離を取っていくスタッフ達。

明るく振舞っているとはいえ、そういった現状がどんどん彼女の心を蝕んでいっているのをそばで感じていた。それはダイレクトに声の調子に出た。そりゃそうだと思う。デビューしようよ!と言ったスタッフではない人間がマネージャーになっていて、誰にも何も言いづらい状況の中、最終的に決断した自分をどんどん追い込んでいくのだ。

会社には、デビューしようよ!とか言う前に、そういった所まできちんと突っ込んで話し合ってもらいたかったが、そんな期待に辿り着く以前の問題だった。

ボイトレにも通ってもらい、自信をつけるようにしてもらったが、見えない縄のようなものが喉に縛りついているかの如く、声の調子に大きく明るい変化は出なかった。

どれだけ調子が悪くても、私だけは味方でいる為に、どんなライブであっても励まし続けた。もちろん指摘もするが、それよりも良かった点を多く伝えて励ました。


そんなある日の、絶対に忘れられない出来事。

彼女の地元・沖縄でのフェスへ出演させてもらう機会があった。野外ステージでのライブと、メインステージでのコーナーMCの仕事だった。

私は彼女の家族とも親しくなっていたので、当日は彼女のお父さんが作ってくれたサンドイッチを持たせてもらい、会場へ向かった。あとで会場に来るお父さん・お母さんに、待っていますと伝えた。

会場に着いて、お父さんのサンドイッチを食べながら、2人でライブの事とMCの事を打ち合わせをした。当日は同じ事務所の別アーティストも出演があったので、他のスタッフも来ていた。

地元という事もあったし、2人だけではなかったので、朗らかな空気感で本番に向かっていたが、そう思っていたのは私だけだったのかもしれない。

野外ステージは、本当に簡易的なステージで、客席は長椅子が何列かに並んでいる形だった。彼女のライブはクラブなど密室空間での方が映えるので、あまり得意としないステージだったが、新人なので小さなチャンスも捨てられなかった。予算の関係やステージの大きさの関係もあり、ダンサーはなしで本人だけでのライブだった。それまでも本人1人でライブしている事は、何度もあった。


彼女は、ステージ上で急転直下で自信をなくしてしまった。

もしかしたら、ダンサーがいない事での自身のなさだったかもしれないし、家族が見え過ぎて緊張したのかもしれないし、お客さんの数が乏しかった事もあったかもしれないし、これまでの事が積もり積もってしまったのかもしれない。

私は彼女自身ではないので、全ては分からないが、袖と客席から見ていて、立っているのがやっと・立っているのも奇跡なくらい、彼女自身がギリギリなのが見て取れた。見た事のない彼女だった。

簡易ステージでは、それが客席にまでしっかり伝わってしまう。私は、何とか最後まで彼女が持つように祈るしかなかった。もしかしたら私だけが気づいていた変化だったのかもしれないけど、恐らくお父さんお母さんや、その日来ていた社長には少なくとも分かったと思う。

私は客席と音響卓を行ったり来たりして見届け、何とかステージを終えて舞台を降りた彼女に、走って会いに行った。物販とかもあったが、そんな事を言っている場合じゃなかった。

ところが、いるはずの場所に彼女はいなかった。どこを探してもいない。

会場はだだっ広い広場だったので隠れる場所もないのだが。。。と思いつつ、先ほどのライブ時の彼女を思い出すと不安で、早く見つけたくて仕方なかった。

彼女は、少し遠くにあったテントの裏で膝をついてうずくまっていた。近づくと、大粒の涙を流して、大号泣していた。そして「ごめんなさい」と言った。

彼女の涙は全く止まる事がなく、私は背中をさすってあげるしかできなかった。

だが、酷な事にずっとそうしてあげられなかった。10分後にメインステージでのMCがあったのだ。

私は彼女の背中をさすりながら「本当にごめん、一旦泣きやもう。MCが終わったら、ずっと泣いていいから。MCが終わったら、たくさん話そう。謝らなくていいから。」と伝えた。

涙は止まる様子がなかったが「信じてるから、大丈夫だから。できる。」と伝えて、背中をさすり、涙を拭かせた。彼女のメイクポーチとMC台本を持って、彼女を待った。メインステージの舞台袖のスタッフも心配そうに私達の様子を見ていた。MCができなさそうなくらい、泣いていた。

彼女は出演の2分前に、メイクを直し、MC台本を握りしめてメインステージに出た。さっきまでの様子が嘘みたいに堂々と、MCをした。


MCを終えた彼女を出迎えて、メインステージのスタッフにお礼を言い、そのまま2人きりになった。とはいえ、だだっ広い広場なので、特に隠れて話せるような場所もない。広場で2人で体育座りをして、話し合った。

彼女は堰をきったように、さめざめと泣き続けた。涙が止まる事はなかった。私はそばに居続けるしかできなかった。誰も近寄らせなかった。いつもはライブ後に会いたがるお父さんとお母さんも、連絡してこなかった。

私は彼女の味方でもあるが、会社員でもあった。

でも、彼女のこれまでの様子を一番そばで見てきて、そして会社の様子も見て、ライブが終わった後「ごめんなさい」と言って、大粒の涙を流してうずくまる彼女を見て、決めていた。

もし万が一、幕を引きたいと思っているなら、自分のせいでいいから引かせてあげたいと。私は失礼になるかもしれない質問に、少し躊躇いもあったが、一つの選択肢を提案できるなら、と彼女に言った。

「もし、もう辞めたいと思っているなら、全部調整するから。全部私のせいでもいいから。無理しないでいいよ。」と。

すると彼女は、流している涙が周りに吹き飛ぶくらいの勢いで頭を振った。

私の主観かもしれないが、その時の彼女の涙は先程の自身のライブが悔しかっただけの涙ではなかったと思う。それでも辞めたくないという意思をしっかりと表示した。

彼女がそう言うなら私は引き続き一緒に頑張るのみだったし、自分と闘っている彼女を見て、私の方が泣けてきてしまった。

彼女が泣き止むまでの間、2人でぼーっとしていた。身体の水分が全て出てしまって、化粧も直しようのないくらい泣いている彼女の横で、泣かないようにしていた。

すると、少し遠くの方から「おーーーーーい」と声が聞こえた。

見ると、社長と何しに来たか分からないスタッフが、楽しそうに笑いながらレンタカーに乗って走っていった。


お待たせしました、降臨します。

私はこの状況とのあまりの差に愕然として、本人もいたのに「クッッッッッソだな!!!!!」と言った。

本人はそんな私を見て、大爆笑した。

笑ってくれて良かったが、私はブチ切れていた。どれくらいブチ切れていたかというと、帰りの車を出す時に、サイドブレーキを引いたまんまドライブでアクセルを踏み続けて、何故動かないか分からない状況で5分程ぼーっとして、結果駐車場の警備の人に教えてもらった。思考回路がショートしていた。本人はお父さん・お母さんに迎えに来てもらっていて良かった。

さすがに私が何だか怒っているな?と気づいた社長は「大丈夫?」と言ってきたが、起きた事を事実だけ報告した。怒りとかではなく、冷静に悟った状態になっていた。


この時の事をきっかけに、気遣っていた上やレコード会社よりも自分の方が彼女を大事にしていると確信を持てた。そして、誰に気遣うわけでもなく、ほぼフル無視でハンドルを別方向に切る為の戦略を練り始めた。

それまでは衣装・振り付けや世界観は上の決めた通りやってきたが、それを一気に全部ひっくり返す事にした。


次に続きます。



ハタノ













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