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(エピローグ) 案内役のAIの指示通りに従って、【パスティーユ・フラワー】は広間内の斜め下の穴に潜り、《搬入口》を目指した。 しかし、5割どころか下手をすれば3割も切っていたであろうエネルギーの残量が、進行を妨げた。 スピードを、思いっきり上げられないんだ。

マルロは小声で言った。 吐息混じりの声だった。 疲労は大分溜まってきている。 いつ膝をついて、立てなくなってもおかしくない状況だった。 『もっと多くの兵を連れてこられたら、良かったな…。 向こうが指定しているのだから、文句を言っても、意味がないんだが…。』

点灯は、持続しなかった。 胸元の上、頭部に付いているカメラアイの『赤』が、チカチカと点滅を繰り返した。 始めはゆっくりだったのに、鼓動を波打つように段々速くなっていって…。 『赤』は暗くなった。 『黒』に限りなく近い『赤』へと、変貌した。 アイ以外のボディラインも同様だった。

チェンジは一瞬で終わる。 パァン、と風船の膜が割れるように。 【パスティーユ】シリーズは10Mは超える大きな人型ロボだ。 それでも、外見の雌雄がきちんと整えられている。 【サニー】が豪快なマッチョメン、【スカイ】はスリムなジェントルマンという、『男性』を思い起こさせる。

『かしこまりました。』 サレンの通信は、一旦中断された。 ジェームズはブリッジ内の別のクルーに、次の仕事を指示した。 「[天海号・弍式]に繋いでくれ。戦闘はたった今終了した。 土星圏の有志達から、お話があるんだ。」 「承知しました。」 クルーは普通に引き受けた。

多くの生物達を生き延びさせたい。 この想いはどちらの陣営も譲れないであろう。 最後をとっくに覚悟している者以外は。 [ラストコア]側、特に前線に出ているロボ達は仕切り直した。 【軍用機】に張り付いていないロボ達が前に出て、弾をすんなりとかわしていきながら、刃先を突き出す。

悔やんでいる場合ではない。 今はノウハウのある者達に任せて、見守るしかない。 現状で繰り広げられている惨劇を次の糧にできるよう、しっかりとその目に焼き付けなくてはならない。 宇宙船のブリッジで立っている以上は、こちらの攻撃展開の指示を出すのだけ怠らないように。

彼女を最初に[ラストコア]に誘ったジェームズを除けばの話だが。 『あまり動かないで!乱射されてきて怖がる気持ちはわかるけど!』 『逆に聞くよ!お前はなんでそんなに落ち着いてられるんだ! スタートラインは同じだろうに!』 『揉め事は後にして下さい!やられますよ!』

敵の正体が、手を結んだ金星圏や土星圏からの反乱分子だったのならば、まだおおよその理解はできたのに。 火星圏でも、タレスからの攻撃ならばもっと納得できた。 火星圏セレスは…[ラストコア]全体であまり詳しい情報を入手していなかった。 入り込んだのは、ある家族構成の状況のみ。

慣性の法則でも働いたんじゃないか、なんてふと思っていた。 【スカイ】に劣らない俊足で、【サニー】は【ブラッドガンナー】に接近する。 パンチでいくスタイルは変わらない。 【サニー】を動かす勇希兄ちゃんの為に、ありったけのエネルギーを注ぎ込んでいた。 予備も交換準備が整っている。

【パスティーユ】に守られているような構造だから、私達の身体に傷口は開かれていない。 打撲とかの衝撃はあるけど、ヘルメット内部やコックピットのシートのクッションがそれを和らげている。 こんなに壁に叩きつけられる攻防を繰り返していたら、クッションの耐久にも限界はある。

【白井未衣子とロボットの日常《反転》】1・捕囚の日《4》

仲間達のやり取りは業務において欠かせない。 寿恵子は回線に応じた。 どうしましたか?と彼女が尋ねると、残存兵の1名が素直に答えてくれた。 『現在、タレスを見守っている状態ですね?』 「ええ、機体はずっとあの星と向き合ったままですが…何かありましたか?」 寿恵子はきょとんとした。

森崎は、別の動きも読み取れていた。 『少しずつ大きくなっていっていますね?接近してきそうな…!』 「森崎中尉?」 寿恵子は森崎が途中で話を止めたと気づき、軽く心配した。 気遣われた彼は声のトーンを大きくして、寿恵子達や残存兵に伝えた。 『帰還です!味方の機体が戻ってきます!』

青い点が広間内へ動き出した。 サレンさんを逃す為、私達は【フラワー】で【ブラッドガンナー】を下に行かさないよう妨害した。 破片が落下しないか心配だったが、【ウインドアーチ】は機動性が高く、猛スピードで斜め下の穴に潜り込んだ。 『行ったか…。』 『俺達だけになったよな?』

サレンさんに向けて、強く叫んだ。 「広間の前方斜め下に、黒い隙間が見えます!そこに潜り込んで下さい!」 『黒い…?はっ!?』 「戻るなら今のうちです!リュート王子には貴女が必要だと思います! 先にジェームズさん達と合流して下さい!」 『…わかったわ。』 サレンさんが承諾した。

勝負に、勝てばいいんだ。 ここには、スポーツのルールみたいな決まりなんて存在しない。 勝利を掴む為に、手段は問わない。 形態チェンジの制約は当然ない。 必要とあらば、どんどん適応していくよう、戦況を持っていった方がいい。 【スカイ】はそれなりに、特徴を持っている。

【サニー】の機体が光る。 【パスティーユ】、2度目の発光だ。 [天海号・弐式]からタレスの内部に突入したジェット機の合体時も光るから、実質は3度目だ。 武人兄ちゃんが身を潜めていた青白い部屋の見える球状の広間に足を踏み入れるまでは、形態チェンジは行われなかった。

発光に気づいた側が守りの体制に入るのは当然だ。 できるだけ距離を離して、尚且つ目を、カメラアイを手などで覆い隠す。 発光の継続時間は微々たるものだから、淡くなるまで耐えればなんとかなる。 コックピット内の地図データが示す、赤い光の点。 それは元々、青い光の点だった。

幸福を味わってほしい相手は、王子達だけではなかった。 『俺が謝罪せなあかんのは、君らにもそうや。 勝手に危険な所に行かせて、申し訳ない。 俺が消えてから、ずっと苦しかったと思う。 マルロを信用できるまで、時間がかかったやろ?』 『兄ちゃん、何でマルロを知って…。』