高野山奥の院

近畿地方の石造物⑩:高野山奥の院宝篋印塔

名称:高野山奥の院宝篋印塔

伝承など:なし

所在地:和歌山県伊都郡高野町 高野山奥の院

高野山奥の院の石塔群は、近世大名家の墓所が大半を占めることから近世の石塔が多く、町石塔婆や弘法大師廟所内の石塔を除けば、中世にまで遡る石塔は少ない。

その少ない中世石塔のうちの一基が、奥の院の入口近くに建つ宝篋印塔である。

南北朝時代の作と推定され、完形でありまた周囲に建つ墓石が戦後に建てられた新しい

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近畿地方の石造物⑨:高野山奥の院町石塔婆(二十番石、秋田城介泰盛造立)

名称:高野山奥の院町石塔婆

伝承など:安達泰盛造立、安達盛長、景盛供養塔

所在地:和歌山県伊都郡高野町 高野山奥の院

高野山の各地で、町石塔婆と呼ばれる石塔が見られるが、これは鎌倉中期に高野山金剛峰寺の金堂の壇場から奥の院の弘法大師廟まで、また金堂から麓の慈尊院までの道に一町ごとに立てられた道標であり、町石塔婆は高さ三メートルほどの石柱であり、上部が五輪塔の形をなしている。

町石塔婆は奥の

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近畿地方の石造物⑧:高野山奥の院の大名墓所五輪塔群(伊達政宗、崇源院、正清院、前田利長の墓)

名称:高野山奥の院の大名墓所五輪塔群

伝承など:伊達政宗、崇源院(徳川秀忠夫人)、正清院(浅野長晟夫人)、

     前田利長の墓

所在地:和歌山県伊都郡高野町 高野山奥の院

高野山奥の院に建ち並ぶ近世大名家の墓所群は、その大半が五輪塔で構成されているが、大身の大名家の墓石はその大きさから一際目を引かれる。

墓石群の中で最も大型で、「一番石」と通称されているのが、徳川秀忠夫人の崇源院の墓

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近畿地方の石造物⑦:高野山奥の院石田三成逆修塔

名称:高野山奥の院石田三成逆修塔

伝承など:石田三成の逆修塔

所在地:和歌山県伊都郡高野町 高野山奥の院

高野山の奥の院に建ち並ぶ大名家や戦国大名の墓石は、大半が五輪塔であるため、例外的に奥の院の石塔だけは通常と異なり、被供養者の名前を名称としたい。

まず最初に紹介するのが、石田三成の墓と称される五輪塔である。

奥の院の標柱には墓所とあるが、厳密には逆修塔と呼ばれるもので、生前供養のため

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近畿地方の石造物⑥:高野山奥の院松平家石廟(結城秀康の墓)

名称:高野山奥の院松平家石廟

伝承など:結城秀康・

所在地:和歌山県伊都郡高野町 高野山奥の院

高野山奥の院は弘法大師空海の廟所を中心に、戦国大名や近世の大名家の墓所が建ち並ぶ巨大な霊園と言うべき場所で、現在も大企業や著名人などの墓所が造立され続けている。

その中にある越前藩松平家の墓域には、初代藩主結城秀康とその生母・長勝院の石廟が並んで建っている。

向かって右側が秀康廟で、左のやや小

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