自分を見つける

日々の小さな幸せな時間。

カーテンの隙間から差し込む光。

夢か現実かわからないおぼろげな意識の中でする朝の瞑想。

眩しく暖かな朝日。

朝のコーヒタイム。

ほろ苦く香ばしいコーヒーの香り。

大好きな音楽を聴きながらパソコンに向かう時間。

お部屋に溢れるお気に入りの家具に洋服たち。

ワクワクと料理する時間。

実家のわんちゃんと行くお散歩。

鼻をかすめる草の香り。

秋の涼やかで心地いい風。

光が反射してキラ

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【少しだけ自分を変えてみたいあなたへ】コーチングのスキルを身につけてみよう

コーチングとは、コーチからアドバイスやフォローを受けながら、
ゴールを目指し、目標をクリアするために活用する手法です。

スポーツの世界では、必ずと言ってもいいくらいに行われていますよね。

実はこのコーチング、スポーツ以外の世界でも行われていて、

目標に向かっての成功や達成、夢や幸せを叶えるために、

仕事上や、生活上でも、取り入れられています。

人は、自分のことを客観的に観ることが困難であ

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どうもありがとうございます(^^)
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若者よ、それは個性じゃないぞ。

『はなむー、ひとりごと。』は、
まとめ購読がオススメです。
https://note.com/hanamu/m/m9666535f409c

今日は、おっさんの花村で文章を書きます。

「今どきの若い衆は」って言葉は、あんまり好きじゃないんだけど、今日はおっさん花村なので使います。

今どきの若い衆って、個性を出そうとしますよね。
頭を変な色にしたり、目にカラーコンタクト入れたり、ピアスやネックレ

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【昌棗】自分のよろこばせかた。その1

自分がどんなことに喜ぶか、を発見することから始めたい。
いつもと同じ、変わらない時間は自分を落ち着かせる。
でも時々でいいから違う角度から自分を見ることも大切だ。
大きなことじゃなくていい。小さくていいから、いつもと違うことをしてみるのはどうだろう。

1。自分だけのオノマトペをつけてみる。
例えば、いつものアイスティ。

お湯を沸かし、濃いめの紅茶を入れ、山盛りの氷を詰めたカップに注ぐ。
シロッ

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ありがとうございます!

才能溢れるもう一人の自分を引き出す方法、それがコーチング

ライフデザインコーチとしてお金の相談を受けていると、

時として人生の相談に転じて行くことがありまして、

その内容が、今や将来に目標や希望が見出せないという感じだったりするのですが、

そんな時私はコーチングのスキルを活用し、
お客様のお悩みや心模様を聴きだして、

見える化しながらアドバイスをしています。

結局、今や将来に目標や希望を見出せない状態って、

どうしていいのか分からずに何か答え

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どうもありがとうございます(^^)
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たったひとりで観ていた美しい宇宙のこと。

暗闇の中に居たとしても、美しいものに出会った時、心は震え、その瞬間、本来の自分を思い出すことができると思うのです。そしてその瞬間の魂の記憶はずっと残るのかもしれません。

誰にも言えなかった自分の闇。

私は高校生の頃、学校から家に帰り着く前に、一人でよく家から5分ほどの、さびれたゲームセンターに寄って1回100円のパックマンとかギャラガなんかのゲームを何分かやってから帰宅する。という日々を過ごし

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❤️ありがとうございます
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自分に何をくっつけているか?

先日書いた気づきのはじまり#1〜私の目覚めのプロセスの記事に

私は、29歳で結婚しましたが、結婚してまもなく「(二人なのに)寂しい。」と感じるようになりました。

と書きましたが、本来の自分に目覚めていない時、人はその欠けた部分を何かで埋めようとする。と気づいたので、そのことについて書いていきたいと思います。

自分の欠けた部分ばかりを観てしまう。

前回の投稿で書きましたが、「本来の自分」の存

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THANK YOU ❤️
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ふたりの自分について

前回の記事を書いたあとに、ふと、結婚する前の私ってどんなだったろう?と考えました。人の中にはふたりの自分が居るように思っています。そのふたりの存在はどのようにあれば正解なのか、バランスを保って存在しているのか、そのあたりは私にはまだわからないのですが、貼り付けた2つの記事にも出てきますが、ひとりはいわゆる自我と呼ばれるような部分で、もうひとりはハートに存在している本来の自己。

私のなかのそのふた

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うれしい〜❤️
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自分を見つける バックパッカー

今回は私の昔話になります。社会人前くらいの人生に不安をもった若い人たちに少しでも役立つことができればと思います。

あれはもう20年以上も前の事、ダイアナ妃が交通事故で亡くなった1997年、まだEUROの統一通貨もまだなかった頃の話です。私は緊張からくる微熱をよそに深夜の東京八重洲口、高速バスのバス停にひとり立っていました。どうしてこんなことをしたのだろう?小説「深夜特急」の影響かはたまた当時はや

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自己肯定感があがりました!ありがとうございます!
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