永代は「元」お坊ちゃん(中編1)

永代は「元」お坊ちゃん(中編1)

前編はこちら↓↓ 永代は「元」お坊ちゃん(前編) お坊ちゃんの定義  前編で永代家は家柄的には大したお坊ちゃんではないことが分かりました。本物のお坊ちゃんなら、金銭面では不自由しない青春時代を送るはずです。  私が子供の頃には母親から「うちにはお金はない」と言われて育ってきました。当時は間に受けてそんなものなんだなぁと思っていたものです。兄弟全員もそう思っていたのではないでしょうか。今度聞いてみようかな(笑) 「収入がないわけではないが、子供四人を育てるのには余裕が

永代は「元」お坊ちゃん 前編

永代は「元」お坊ちゃん 前編

 私は長崎県島原市という田舎で生まれて、小学五年生まで過ごしました。 そして、小学六年生で実家を出てからは至るところで「永代はお坊ちゃんだからね」と言われ続けてきました。  まぁ、今でも大して変わりないことなのですが、当時から周りの人から何か言われようともあまり気になりませんでした。お坊ちゃんと言われても「何を言ってるの?意味わかんね」くらいなものです。  しかし大人になった今は色々と考えるところがあります。お坊ちゃんと呼ばれるのはなぜか。私の生まれ持った雰囲気がそう感じ

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囲碁レッスンの心構え

囲碁レッスンの心構え

囲碁インストラクターの心構え ←クリック 前回の記事では、囲碁が職業という全体的な観点から紹介させていただきました。 今回は囲碁レッスンの心構えとして、盤上の指導について心掛けていることを紹介していきます。 モットー1 少ない言葉で分かりやすく 元々、インストラクターと生徒の間では実力差があります。インストラクター同士で検討をするような感じで生徒に説明してもちんぷんかんぷんになるのは想像に難くないでしょう。 そこで私が心掛けているのが、本質的で大事なものだけを重点的

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囲碁インストラクターの心構え

囲碁インストラクターの心構え

囲碁のインストラクター歴は約17年 20歳のときに長崎の実家での子供囲碁塾から始まって、今では囲碁が好きな方ならどなたでも指導させていただいています。 初めの3年は子供囲碁塾だけだったので、とにかく子供たちに楽しんでもらうように指導していただけです。 子供は楽しく続けてくれれば、勝手に強くなりますからね。 その後は関東にて、子供囲碁塾と碁会所の経営を通じて、指導方法を徹底的に研究しました。(指導方法はまたのちほど) それからずっと試行錯誤を続けて現在に至ります。

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囲碁界が詰んできた(後編)

囲碁界が詰んできた(後編)

前編はこちら↓↓ 囲碁界が詰んできた(前編) 囲碁界のマインド コロナ問題で瀕死の囲碁界。 ほぼ詰みかけているように見えます。 しかし、コロナはただの決定打というだけであって、元々の業界的な構造や考え方に問題がありました。 これから個人的な見解を述べさせていただきます。 棋士の修業時代 棋士の修業期間には棋力向上を中心に指導されます。 礼儀作法も指導されますが、これはファーストコンタクトのみの話で、実際にコミュニケーションを取る以降の話はほぼ皆無に等しいです。

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囲碁界が詰んできた(前編)

囲碁界が詰んできた(前編)

コロナの影響が世界中に広がっています。 外食産業や趣味などは自粛傾向まっしぐらですね。 在宅関係以外はほぼアウトのような雰囲気です。 そして、趣味や娯楽に位置付けられている囲碁界も、コロナの刃がもろに直撃しています。 先日の非常事態宣言を受けて、永代塾囲碁サロンも一ヶ月の休業としました。他の碁会所を見渡してみても休業しているところが多いですね。 本当は非常事態宣言が出たからといって強制指示ではないので、営業しても構いません。 あくまで社会情勢を鑑みての自主的な休

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永代和盛の囲碁人生 Vol.32(院生の昼食、寮生の食事)

永代和盛の囲碁人生 Vol.32(院生の昼食、寮生の食事)

幕張囲碁研修センターでは寮長母さんが常駐しています。 その流れで院生手合の昼食も寮母さんが作ってくれます。 さすがに普段とは違い、人数が半端ないので別でお手伝いに来てくれる人がいました。 食堂 30席分くらいのスペースがあります。 さらに2mほどの高さがある本棚が壁一面に。 本の数は数百冊規模です。 あとは500mlのペットボトルが10本ほど入る冷蔵庫。 30インチくらいのテレビ。 テレビには大変お世話になりました(笑) 壁には僕が院生に入った年の入段者の紹介が額縁に入

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永代和盛の囲碁人生 Vol.31(院生のシステム)

永代和盛の囲碁人生 Vol.31(院生のシステム)

私が入った当時を紹介します。 1995年頃の院生研修 ・第二土曜日+毎週日曜日で月5回。 ・研修時間は9時半〜16時半ごろ。 (クラスによって対局数や持ち時間が違うため、終わり時間は異なる) ・この頃の院生数は約60人。 ・毎回、院生師範(棋士)が2名常駐。 この頃は新垣武先生、鄭銘瑝先生、北村洋司先生。 【A〜Cクラス】 ・各クラス12人 ・総当たりで毎月11局。 ・初回のみ1日3局(持ち時間は40分と秒読みが60秒) ・あとの4回は1日2局

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永代和盛の囲碁人生 Vol.30(中学二年②・林間学校など)

永代和盛の囲碁人生 Vol.30(中学二年②・林間学校など)

真面目か不真面目か 永代少年は学校に真面目に通い(行くの当たり前ですけど)、部活も平日は皆勤賞。 宿題もこなし、テスト勉強もそれなりにしている中学生でした。 しかし、こんな中学生だと院生内では「不真面目」と呼ばれてしまいます。 それは囲碁の勉強時間が取れなくなるからです。 そして、院生の先輩からは「遊び虫」というあだ名までいただいてしまいました。(これは多分、学校に真面目に通っているからだけではない) 院生でこんなあだ名をつけられるのは不名誉なことですが、実は

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囲碁人生が始まる日(長男編)

囲碁人生が始まる日(長男編)

5歳の長男が洪道場に行ってきた ひな祭りも終わり、日に日にぽかぽか陽気を感じられるようになってきた。しかし、今日はそんな季節には珍しいほどの肌寒い日だった。 何かが起こる。そんなことを思わせる天気だ。 そんな日に5歳の長男が囲碁道場へ初めて行ってきた。 そこは杉並区阿佐ヶ谷の閑静な住宅街の中にひっそりと佇んでいる一軒家。 玄関口には「洪道場」と書かれた表札がある。 私はそれを見た瞬間に後光のようなまばゆい光が発せられるような錯覚に陥った。 何の変哲もないただの表札から

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