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永代和盛の囲碁人生 Vol.21 (番外編・お金について 2)

永代和盛の囲碁人生 Vol.20 (番外編・お金について 1)
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この番外編を書き始めたらとてつもない長文になったので5回くらいに分けます・・・(笑)

プロを諦めて、長崎へ帰郷

プロになるのを諦めたのが19歳。
それから1ヶ月ほどで二十歳になった。
二年ほど前から10代でプロになれなかったら辞めるという宣言をしていた。
まぁ、後ろ向きな結果ではあるが有言実行をしたものだ。

そして、実家に帰った当日はセンチメンタルな気分になったものの、次の日には元気になっている。
自動車学校への申し込みをしたあとに、経理(簿記)の簡単なやり方を父親から教えてもらった。あとはタイピングの練習。
切り替えの早さには安定感がある(笑)

仕事が始まる

そして、その次の日には実家の社会福祉施設で経理担当として働き始めた。
父親としては実際にやりながら覚えろということだ。
昔から父親はあまり余計なことは話さない。
大事なことであればあるほど、少ない口数になる傾向があるくらいだ。

この日から父親が直属の上司となる。
父親は社会福祉法人の中の1つの施設長をしていた。
そして、法人全体の理事長は祖母だ。
祖母はかなりのやり手で自分の生涯のお給料を突っ込んで、社会福祉施設を建ててきた。(新規建設には補助金の他に4分の1などの一定の自己資金が必要だった時代がある)

そんな普通ではない環境で働いて、お給料をもらうということになる。
正直なところ、まだこのときにはお金の感覚がよく分からなかった。
とりあえず実家に帰ったら仕事は実家を手伝うのが既定路線。

10代で両親にあそこまでお世話になっていたので、それ以外の選択肢はない。別に夢とか、やりたい仕事もなかったし。

夢に破れたばかりで、長崎に帰ってきたばかりの若干19歳。
囲碁以外のことは自分でも何ができるのかも良く分かっていない。

そんなのちゃらんぽらんが将来の跡継ぎ候補だ。
正確には兄がいるので将来的にはトップは兄がやるだろう。
自分はどこかの施設長でもやって、理事長になる兄をサポートすれば良いのだろう。

私は自分の長所と感じているが、自分の立ち位置はよく分かるほうだと思う。
自分が周りから何を求められているかというのは分かっていた。
やりたいことがない今は、ただそれを黙って解消していけばいいと思っていた。

ただ、まだ兄は帰ってきていない。
四年大学の社会福祉科を卒業しており、神道科に一年間通っている最中だ。さらに卒業後は実家とは違う神社で一年間の修行をしてくるというコースなので、兄が帰ってくるまでは1年ちょっとはあった。
とりあえず勉強しとくか…という感じ。

こんな状況で社会人生活がスタートした。

お金の話

ここからが本題だ。
院生をずっとしていたので、高校以降は行っていない。
それどころか中学3年生はまともに学校に行っていない。
中卒ということで学歴は0に等しい。
最年少でもあるので法人内ではもちろん一番安い給料だった。

でも、仕事はとても簡単だった。
こんな仕事量で給料をもらって良いのかというレベルだ。(これには色々と理由がある)

それでも給料はもらえるし、ボーナスまでもらえる。

しかし、これを読んでいる皆さんには衝撃的な額だとは思うが手取り額は月に週休2日で10万5千円くらいだった。
都会の最低賃金以下の金額だろう(笑)

しかし、実家住まいをしていて、空き時間は簿記の資格勉強や、自動車免許の勉強をして、囲碁の全国大会に行くからネット碁でもやって、地元の囲碁会に顔を出してお小遣いをもらって…。

さらにお酒も弱いし、タバコも吸わない。
そんな感じだと生活費(携帯代込み)は月に2万もかからない。

余裕を感じたので、食費なども含めて家にお金を3万入れると親に申し入れた。
でも、即答で断られた(笑)

このようなことからお金は貯まる一方だった。
お金を貯めるのは簡単だなとこのとき思った。
特に消費欲はなかったから。(というか元々の性格的にそんなにない)

こんな感じで半年くらいが過ぎた。
簿記の勉強が楽しかったということはあるが、何の生産性もない時期だったなと、今となっては思う。

当然、仕事は段々とつまらなくなってきた。

子供囲碁塾を開講(ボランティア)

ちょうどこの時期にボランティアで土日に子供囲碁塾を開講した。
今の永代囲碁塾株式会社の原点である。

ボランティアだったが、すごくやりがいがあった。
子供達がイキイキとしている。
子供達がイキイキとすると、自分までイキイキとしてくる。
空気は伝染するのだ。

実際に私は長崎県大会なら総ナメにするくらいの勢いで優勝を重ねていたので、長崎県囲碁界内では知名度が高くなっていた。
ほどなくして毎週末に子供囲碁合宿を開催するようになったのだが、全国大会に出場するような子供は県内各地から勉強するために集まってきた。
もうほとんどうちの教室生が県大会を独占するイメージだった。

このあたりから仕事とボランティアなどを通じてお金というものが何なのかとボチボチと考えるようになった気がする。

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