探検学校

「本番に強い」に違和感

2009年3月21日日経新聞夕刊に掲載されたものに修正加筆したものです。

 バンクーバー冬季五輪が来年に迫る中、福島県猪苗代町のリステルパークでフリースタイルスキー、モーグル世界選手権大会がシングルとデゥアル形式で二日間にわたり行われた。日本国内という期待と緊張感が高まる中、両日ともに制したのは、昨年のワールドカップ総合チャンピオンである、上村愛子だった。
 表彰式の時、あるスポーツ記者に「日本

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長寿実現へ挑戦続く

2009年4月11日日経新聞夕刊に掲載されたものに修正加筆したものです。

 僕は現在、順天堂大学医学部の博士課程で加齢制御学(アンチエイジング)を研究している。最近のこの分野の進歩は目覚しい。

 先月、北海道キロロリゾートで行われた「サッポロ・アンチエイジング・クラブ」において最新の研究内容と臨床報告がされた。これまでは、単純に健康寿命を伸ばすといった内容が多かったが、今後は最新の科学を取り入

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骨折にも心折れぬ父

2009年4月4日日経新聞夕刊に掲載されたものを修正加筆したものです。

  2月19日、76歳の父・雄一郎が全治3ヶ月の大怪我を負った。札幌のスキー場で競技会の飛び出し防止目的に作られたコース脇の大きなバンクから3㍍ほど飛ばされた。腰を強打し、骨盤4箇所と肋骨が折れた。
 僕はその一報を聞き、ひやりと背中につめたいものが走った。75歳以上の高齢者が介護の必要となるケースの15%は下半身の骨折が原

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雪崩事故を防ぐために

2009年3月14日日経新聞夕刊に掲載されたものを修正加筆したものです。+

先週紹介した「雪崩ミーティング」の後、僕は参加者たちとニセコのパウダースノーを滑った。ニセコにやってくる「パウダーフリーク」は国内外合わせて年間100万人規模。この日もオフピステ(スキー場の整備されたコースの外)を滑ったスキーヤーは1000人を超えた。

ニセコは1997年以前、北海道では最も雪崩による事故が多い地区であ

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バンクーバーへの期待

2009年3月28日日経新聞夕刊に掲載されたものを修正加筆したものです。

 来年の冬季五輪の舞台となるカナダ西海岸、ブリティッシュコロンビア州のバンクーバーとウィッスラーは選手時代からとてもなじみ深い。バンクーバーはいくつもの入り江、半島や島が入り組んだ複雑な地形の上に街ができている。そこからウィッスラーに続く道は海からそびえ立つ山裾と海の際をなぞるように北に進み、入り江の終わりから一気にロッキ

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見逃される脅威

2009年3月7日日経新聞夕刊に掲載されたものを修正加筆したものです。

先月、北海道ニセコで開かれた「雪崩ミーティング」に行って来た。ニセコはパウダースノーを堪能できる日本でも有数のスキー場で、ゲレンデ以外でも「バックカントリースキー」が楽しめる。雪崩防止への意識も高く、十数年前から毎冬、地元や海外の専門家をゲストに迎えて雪崩への注意を喚起する会議を催している。

ありがとうございます!

父とアカデミー賞

2009年2月28日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

今週、日本は滝田洋二郎監督の「おくりびと」、加藤久仁生監督の「つみきのいえ」のアカデミー賞受賞で大いに沸いた。日本映画が国際的にも認められ、日本人としての自尊心を新たにされた方も多かったのではないだろうか。実は僕の父の三浦雄一郎も、アカデミー賞と縁がある。1970年に父が行ったエベレスト大滑降を記録した「The Man Who Skied

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登山と経営の共通項

2009年2月21日日経新聞夕刊に掲載されたものを修正加筆したものです。

以前、このコラムで紹介したハップ・クロップ氏を覚えているだろうか。アウトドア用品メーカー「ザ・ノース・フェイス」の創立者の1人にして、数々の一流の登山家をサポートしてきたすごい人である。そのクロップ氏から「The Adventure of Leadership」と言う自著をいただいた。

この本は、冒険の事例から会社経営を

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ベテランの力

2009年2月14日日経新聞夕刊に掲載されたものを修正加筆したものです。

最近、ベテランと言われる選手が現役に復帰して活躍している。テニスのクルム伊達公子さんはその代表格で、12年ぶりにツアー復帰を果たし、全豪オープンにまで出場した。彼女の強みは精神的な強さはもちろんの事、経験による読みの深さが際立って優れていると専門家は言う。

ありがとうございます!

冬こそ外で遊ぼう

2009年2月7日日経新聞夕刊に掲載されたものを修正加筆したものです。

僕の祖父の敬三は101歳まで年間110日間スキーをしていた。だが意外なことに、最初は冬が苦手だったと言う。

「青森の冬は厳しかったですから、その冬を好きになるという感覚は、本当はありませんでした。(中略)そんな私が北海道大学で友人に勧められてスキーを始めてから、冬の見方が大きく変わりました。」(三浦敬三著『101歳の少年』

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