平山周吉

【51-社会】自決から50年 三島由紀夫の予言していた日本|平山周吉

【51-社会】自決から50年 三島由紀夫の予言していた日本|平山周吉

文・平山周吉(雑文家) 「『日本』はなくなってしまうのではないか」 ちょうど50年前のあの日、三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊で腹を切らず、いまだに健在だったら――。大正14年(1925)生まれの三島は95歳である。瀬戸内寂聴先生よりも3つ年下、佐藤愛子先生よりも2つ年下だから、いまだに元気溌溂、日本人2人目のノーベル文学賞作家になってもサービス精神は相変わらずで、親しい美輪明宏(丸山明宏)と一緒にテレビに出て、イジラレたりして、呵々大笑していることだろう。 ある年代から上の日

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小林秀雄と江藤淳ーー平山周吉

小林秀雄と江藤淳ーー平山周吉

文・平山周吉(雑文家)  ナマ小林秀雄を見たのは、昭和46年(1971)秋、東京宝塚劇場でだった。見たというのは正確ではない。文士劇のいわば「前座」として、短い講演をしたのだから、聴いたというべきかもしれない。恒例の文春祭りは創刊50周年だったので、小林秀雄が珍しく聴衆の前で喋ったのだ。小林秀雄の講演を聴くチャンスはこれが最後だという噂が大学生だった私の耳にまで伝わってきて、チケットを入手したのだった。  小林秀雄の肉声はいまならば新潮社の講演CDで簡単に聴くことができる

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