満洲は人生がやり直せる土地~平山周吉×鹿島茂、平山 周吉 『満州国グランドホテル』(芸術新聞社)を読む~
甘粕大尉は有名「大尉」
満洲国が存在したのは1932年から1945年、その短い期間に、たくさんの有名無名の日本人が渡りました。
満洲の有名人といえば「ニキサンスケ(東条英機、星野直樹、松岡洋右、岸伸介、鮎川義介)」だそうですが、そのほか「一ヒコ、一サク(甘粕正彦、河本大作)」の影響力も見逃せないそうです。
鹿島さん曰く「甘粕大尉とドレフュス大尉は二大有名「大尉」」。大杉栄虐殺で、満洲にわたらざるを得なかった甘粕大尉は満映の理事長となり、映画界のみならず、満洲全体に影響力を持ちます。一方、甘粕と面識のあった人は、「いい人」の印象を持っており、かつ、印象が薄い。
映画『ラストエンペラー』で坂本龍一が演じた印象が強い甘粕ですが、実際は少し違うようです。
満州で活躍とというと一般の人は、李香蘭など、芸能関係のイメージを持ってしまいますが、平山さんが書きたかったのは官僚、軍人や軍出身者、経済人など、戦後日本の経済界にも影響力を持った人々。
例えば自称「満洲の廊下トンビ」小坂正則。「廊下トンビ」とは官公庁などの廊下にたむろに情報をとる人のこと。戦前は満洲、戦後は大蔵省で「廊下トンビ」として活躍。余談ですが、21世紀に入った頃、中央官庁は出入口のチェックが厳しくなり、廊下トンビは完全に消滅、今では懐かしい言葉となりました。
満洲は、苦学した人、人生をやり直す人が多かった場所。人と人の縁をつなぐ「廊下トンビ」が活躍できる場所でもありました。
木暮実千代の思い出~藤田嗣治の猫の絵~
官僚や軍人の話も面白いのですが、多くの読者が興味を持つのはやはり芸能人や小説家の話。本書の中で、私が興味を持ったのは木暮実千代がいとこの夫と結ばれた話。この対談では紹介されなかったのですが、『満州国グランドホテル』の中で、平山さんは木暮実千代の手記を紹介しています。それによると、木暮はいとこの夫、和田日出吉の部屋を「藤田嗣治の猫の絵のある部屋」と書いてます。木暮実千代は「藤田嗣治」に反応する人だったんだ、そして、そこの部分を木暮の手記から切り取った平山さんも藤田嗣治に興味のある方なんだということがわかります。
平山さんは『戦争画リターンズー 藤田嗣治とアッツ島の花々』という本も書かれています。
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戦後77年がたち、満洲に記憶のある人は少なくなっています。鹿島さんや平山さんの子供のころには一族に大陸帰りの人がいて「ちょっと違っていた」。鹿島さんによると、満洲は完全に核家族社会。日本の本土と家族のありようが違っていたのではないかと推測します。
政治史、文学史に登場する満洲はもはや遠いもの。満州がどんなところであるか、手かがりがたくさん詰まった本書。分厚いですが、とても読みやすい本です。資料的価値が高いので、少し高いですが、手元に置きたい本でした。
【記事を書いた人:くるくる】