オヤジとおふくろ

父との距離感|杉山愛

父との距離感|杉山愛

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、杉山愛(元プロテニスプレーヤー)です。 父との距離感私は、母よりも父に似ている。 母は発想や行動が柔軟なタイプで、新しいこともすぐにキャッチアップして自分のものにしてしまう人だ。常に前へ前へ行こうという、大きなエネルギーに満ち溢れている。一方の父は真面目にコツコツと頑張るタイプ。現在は引退しているが、父は歯科医だった。自身の歯科医院を開業後も専門知識の勉強を絶やさず、医師向けの講習を受けにいったりしていた。常に自分を磨い

9
私の応援団長|はな

私の応援団長|はな

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、はなさん(タレント・モデル)です。 私の応援団長5人姉妹の4番目に産まれた母。父親が中国人、母親が日本人のハーフで、子供の頃は「中華街の美人5人姉妹」と呼ばれていたそう。娘の私から見ても、おばも母もみんな美人でスタイル抜群。今年74歳になる母は週3回、近所のバレエ教室に通っています。トウシューズを履いてクルクルと回っている動画を見せてくれたり、実家に帰ると180度の開脚スタイルで迎えてくれる母は、いくつになっても元気で陽気

4
仕事と母と|柴崎友香

仕事と母と|柴崎友香

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、柴崎友香さん(作家)です。 仕事と母と今、BSで「あぐり」の再放送をしている。90歳を過ぎても美容師の仕事を続けていた吉行あぐりさんの姿をテレビで見るたび、あぐりさんみたいに何歳になっても美容師を続けるのが夢だと母は言っていた。 広島生まれの母は、中学卒業後からずっと美容院で働き、結婚を機に大阪に移ってからも仕事を続けた。わたしと2つ下の弟は、創設1年目の保育園に入った。ときどき、時間を過ぎても迎えの来ない子供が何人かい

7
2つの教え|ウスビ・サコ

2つの教え|ウスビ・サコ

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、ウスビ・サコさん(京都精華大学学長)です。 2つの教えアフリカのマリ共和国で生まれた私は、幼少期を首都・バマコで過ごした。税関職員の父、専業主婦の母、妹と弟と私という5人家族だったが、当時の実家には他にも大勢の人間がいた。父方の祖母、伯母、従兄弟のような近い親戚から、親戚の知り合いの知り合いというよく分からない人まで、20~30人ほどの人間が我が家で生活をしていたのだ。これはマリでは珍しいことではない。 家では父は寡黙

16
感謝しかない|石川直樹

感謝しかない|石川直樹

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、石川直樹さん(写真家)です。 感謝しかない ぼく自身は、地球上のあちこちに出かけているというのに、東京出身の母はつい最近まで飛行機に乗ったことがなかった。本州から出たことがないどころか、長野や福島あたりに家族旅行で出かけたのが、家から離れた最長距離だった。どうしてそんな母親から、こんな放蕩息子が生まれてしまったのか、と本気で思う。 ただ、おそらくぼくは、父よりも母の影響を多分に受けている。自分が幼い頃は盛んに折り紙やぬ

2
父との距離感|壇蜜

父との距離感|壇蜜

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、壇蜜さん(タレント・女優)です。 父との距離感 先日、亭主の清野さんと眼鏡を新調しに行った。眼鏡店で検査やフィッティングを行い、最終的に決めた眼鏡をかけて亭主にみせたら、彼はくすくすと笑った。どうしたのかと聞くと、「お父さんが見えるよ」と言った。つまり、眼鏡姿の私に我が父の面影を見たらしい。亭主と父は仲が良く、連絡も取り合うし飲みにも行く。酒の強い父にタジタジになりながらも、上手く関係を作っているようでありがたい。ちなみ

14
ただただ申し訳ない|釈徹宗

ただただ申し訳ない|釈徹宗

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、釈徹宗さん(僧侶)です。 私の母は平成30年の12月に今生の息を引き取りました。満81歳でした。60歳を過ぎたあたりから、次第に自らの死への準備を始めていましたね。当時はまだ終活などという言葉もありませんでしたが、自身の身仕舞いについてはよく考えていたようです。母が往生した日、久しぶりに母の部屋へ入ると、実にきちんと整理されており、納棺装束や遺影も準備されていました。 母が息を引き取る前夜のことです。肺の機能が落ちて入院

6
マウスを握った手|萩原健太

マウスを握った手|萩原健太

著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、萩原健太さん(音楽評論家)です。 父は判事だった。裁判官。「じゃ、お父さん、厳しかった?」とよく訊かれる。確かに。厳格というほどではないが、何事にも理詰めに、真面目に接する男ではあったけれど。ぼくたち家族に対しては、柔軟なユーモア感覚も持ち合わせた、話のわかるやさしい父親だった。好奇心も探究心も旺盛で、よく自室にこもっては様々な分野の興味深い事柄について勉強していた。ずいぶんと叱られもしたが、多くを教わりもした。グレアム・

9