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その7:麺かため、ダメ。ゼッタイ。

我ながら過激なタイトルをつけてしまったなぁ、という思いがないわけではないですが、作り手が美味しく作ってくれるラーメンをより美味しく食べるために必須中の必須な内容ですので、その思いは注入できたと思います。

先に述べておきますが、心の底から
ラーメンの麺はかために限る!
・普通も柔らかめも食べたことがあるが、やっぱりかためが一番好き
という方にまで、麺かためを今すぐにヤメなさい!という意図は一切ありません。

今回の記事は、
・麺のかたさについて特定の意見がない
・店員さんに訊かれるから、何となくかためとコールしている
・もはや、どうしてかためとコールしたのか覚えていない

という、漠然とした理由で麺かためを選んでいる方に、麺の茹で加減についての理解を深めて頂きたいという思いで書きました。


麺とスープとの一体感

ラーメンの美味しさを語る上で実に様々な指標がありますが、どんなラーメンにも適用できる指標の1つが「麺とスープとの一体感」ではないでしょうか。手垢のつきまくったメディアでは未だに「まずはスープから」という紋切り型のセリフが聞こえるようですが、スープが美味しいだけではラーメンとして不完全です。

大事なのは「毛細管現象」

麺とスープとの一体感を司る要素の1つとして、麺とスープとの間に起こる「毛細管現象」があります。小学生だか中学生だかの理科の授業で、表面張力の「見える化」として内径(筒状の内側の直系)が異なるいくつかの透明なパイプを用いて、パイプを水中に入れると内側の水面がパイプ外側の水面より高くなる、といった趣旨の実験があったかと思います。(図1参照)

図1 毛細管現象の実験(イラスト)

表面張力とは液体と気体の境い目(この場合は水面)において液体が自身の表面をできるだけ小さくしようと引っ張る力のことで、詳細な説明は専門書に譲りますが、同じ液体であれば表面(パイプであれば内径)が小さければ小さいほど強く現れます。

麺とスープとのすき間でも同様の現象が起こっており、上記の実験におけるパイプ内側の役割を、麺と麺とのすき間が担います。スープから箸で麺を引き上げれば多くのスープは流れ落ちてしまいますが、麺と麺とのすき間のスープのいくらかは持ち上がります。これが毛細管現象です。

麺と麺とのすき間を埋めたい

毛細管現象には液体の表面張力や固体側(上記の実験ではパイプ、ラーメンにおいては麺肌)の濡れやすさが関係しますが、これらは同じ麺とスープという条件下では変化がありません。同じ麺とスープでも変化する唯一の要素が毛細管の直径、すなわち麺と麺とのすき間に該当するわけです。

しっかりと適切な茹で方をした麺は、小麦粉中のデンプンが糊化(α化)することにより「もっちり」「ふっくら」という状態になります。そのままではかたくて食べにくい生麺が、潤いを得た状態というと理解しやすいと思います。

この状態の麺は重力に対して素直な形状となり、隣り合う麺同士のすき間が狭くなるため、毛細管現象が起こりやすい状況となるわけです。すなわち、スープを持ち上げやすい状態となっているのです。(図2参照)

図2 しっかり茹でた麺の例

これが麺かため、つまりは茹で方が不十分なため小麦粉中におけるデンプンの糊化があまり進んでいない状態では、茹でたにも関わらず生麺の時についた形状の「クセ」がいくらか残ってしまい、麺のフォルムにバラつきが生まれます。これを箸で持ち上げると、図3のような状態になります。

図3 茹で方が不十分な麺の例

図2と同数程度の麺を持ち上げているのに、麺と麺とのすき間が大きい上にランダムで、毛細管現象が非常に起こりにくい条件になっているのが見て取れると思います。このまま食べ進めても、スープが乗ってこない麺ばかりを啜ることになります。

「そんなの、後からレンゲでスープを飲めば同じことじゃないか」と考える方もいるかもしれません。しかし、スープに浸った麺を啜ることでしか得られない、味覚と嗅覚が連動するダイナミズムを体感するためには、麺がスープを持ち上げないことには始まらないのです。プロセスを問わず口中に麺とスープを運べば良いという結果論は、ラーメンの醍醐味そのものを無下にすることに他ならないのです。

もちろん現代のラーメンには、麺の茹で加減など関係なしに、問答無用で麺にまとわりつく超高濃度のスープも存在するため、それらのような例外も確かにあります。そういったトッキントッキンに尖ったデザインでもない限り、毛細管現象がまんべんなく起こるよう、スープに麺を寄り添わせるべくしっかり茹でる方が美味しくなるのです。

お腹を壊したければ、ご自由にどうぞ

前章ではラーメンとしての美味しさを損なわないための内容でしたが、本章では生理現象の不具合を引き起こすリスクを回避・低減するための麺のあり方について述べていきます。

ラーメンの麺は基本的に、かん水を含有した「中華麺」であること、かん水が入ることで中華麺独特の強いコシが生まれることは、過去の記事「その4:茹で湯、どんな色?」で述べました。

中華麺ならではの美味しさ

では、かん水をわざわざ入れてまで生み出したい、中華麺ならではの美味しさとは何なのでしょうか?昨今では内麦(国産小麦粉)を用いる製麺所や自家製麺店も少なくなく、この場合は内麦ならではの味や香りという指標が挙げられるかと思います。

しかしそれはあくまでここ20年前後の話、もともと中華麺用の小麦粉といえば外麦(外国産小麦粉)が当たり前でしたし、令和4年の現在においても全中華麺で考えれば外麦を原料としているものが圧倒的多数です。

内麦・外麦のどちらにも共通する中華麺ならではの美味しさとなると、やはり食感ではないでしょうか。私自身もラーメンの投稿をSNSにアップする際、麺の感想として「強靭なコシ」「伸びやかなアシ」「もっちりとした噛み応え」「軽快な歯ざわり」といったフレーズを頻繁に用います。

とりわけ特徴的なのが、ラーメンの麺を語る時にのみ用いられるオノマトペ、つまり擬音語です。代表的なものを挙げると、
・モチモチ
・シコシコ
・ツルツル
(発展形でチュルチュル)
・ピロピロ
・ワシワシ
・フワフワ

といったところでしょうか。

中華麺らしさを司る「グルテン」

これら中華麺らしさを生み出すのが、小麦粉中のタンパク質が水と結合してできるグルテンです。グルテンを構成するタンパク質もいくつかあるのですが、とりわけ中華麺らしさの多寡に影響するのは、ゴムのように弾性に富んだ「グルテニン」と、ガムのように粘性に富んだ「グリアジン」です。この2要素のバランスにより、「歯を押し返すような強い弾力」を有したり、「どこまで引っ張っても切れない伸びやかさ」を得たりするのです。

先の段落で「タンパク質もいくつかある」と記しましたが、何種類で構成されているかを分析するため、その分画をおこなった「Osborne分画法」による結果を図4に示します。図と言いつつ表が入っている、矛盾した画像でスイマセン…。

図4 Osborne分画法

これについて詳しく述べた文献はたくさん存在するので当記事では深掘りしませんが、かいつまんで述べると「水には溶けるけど食塩水には溶けない」⇒「食塩水には溶けるけどアルコール溶液には溶けない」…といった具合で段階ごとに違う溶液を用いて、タンパク質ごとの溶解性の違いを利用してグルテンを分画した結果が上記の図(というか表)です。

グルテン中の水溶性タンパク質・アルブミン

ここで注目したいのは、水で溶けてしまう「アルブミン」というタンパク質です。実はこれ、先述した過去の記事「その4:茹で湯、どんな色?」でも触れており、麺の打ち粉などと一緒に茹で湯に流れ出る物質です。

この水溶性タンパク質であるアルブミンの主成分は、アミラーゼ阻害剤です。アミラーゼとは、デンプン(糖質)を分解して糖にする消化酵素のことで、ジアスターゼと呼ぶ文献もあります。消化を良くするため、ジアスターゼが豊富な大根おろしを○○に添える、なんて話でこの名称を聞いたことがある方も多いかと思います。

そのアミラーゼ(ジアスターゼ)は唾液や膵液に含まれており、身体が正常な状態ではこれらが糖質の分解をしてくれるため、それが血液に乗って全身に運ばれエネルギーになります。アルブミンを過剰に摂取すると、このアミラーゼの働きが阻害されるため、消化不良になり下痢を引き起こします。

したがって、茹で方が不十分なためアルブミンが多く残留した麺を食べると、高い確率でお腹を壊すことになるわけです。わざわざお腹を壊したくて食事をする人は、さすがにいないと思います。ラーメンを食べるとすぐにお腹を壊すという方は、麺のかたさについて改めてご一考いただけると、その一助となるかと思われます。

尚、ラーメンとつけ麺とを比較した場合、茹でた麺を湯切りしてそのまま盛り付けるラーメンに対し、冷水で〆る工程で麺表面のヌメりを取り除くつけ麺の方が、麺の体積あたりの残留アルブミン量は少なくなる可能性は高いです。胃腸がデリケートだと感じている方は、そういう観点でつけ麺を選択するという機会があっても良いのではないでしょうか。

(※タイトルや本文と写真のラーメン店とは一切関係ありません)


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